第3話
ああ、そっか。
この子には、私がいないとダメなんだ。
もう、ダメなんだ。
◆◇◆
純と一緒に帰ったその日の夜、円香からメールが来てた。
なんで先に帰っちゃったのって。
申し訳ない気分になったけど、友達と帰る約束してたからって一言だけ書いて返事した。その後、円香からの返信はない。
大丈夫、かな。嫌われたりしてないかな。確かにベッタリされて困ってはいたけど、嫌われたい訳じゃないんだよね。
明日、円香になんて言えばいいかな。
翌日、私は純と学校に向かった。
実は同じマンションに住んでいるのよね。だから私の方が先に準備できたから、純のことを迎えに行って、一緒に登校した。
色々と話をしながら学校まで行ったんだけど、頭の中は円香のことでいっぱいだった。
こんな気分になるんだったら、ちゃんと円香と話してからにすれば良かった。
「……はぁ」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
「さっきから溜め息ばっかりじゃん。もしかして穂住さんのこと?」
「……わかる?」
「わかるよ。長い付き合いだしね」
そう言って、純は私の頭を撫でてくれた。
やっぱり純は優しいな。もし純が男だったら、きっと告白しちゃってたかも。だってカッコよくて優しいんだよ。もう理想でしょ。
それにしても、円香はもう学校来てるかな。声くらいは掛けた方が良いよね。
自分から距離置こうとしたくせに、なんだかんだで私の方が円香のこと気にしちゃってるみたい。だから余計に罪悪感あるのかもなぁ。あとで謝ろう。それで、純とも仲良くなってもらえるようにしようかな。そしたら三人で登下校とか、休みに遊びに行ったりとか出来るし。
「あれ?」
純の声に、私は前を向いた。
目の前はもう校門。そこに、円香がいた。もしかして私のこと待ってたのかな。手に持った傘をギュッと胸に抱いて俯いてる。
あ、そういえば今日は午後から雨だった。持ってくるの忘れちゃったな。
「円香」
傍に駆け寄り、円香の肩に手を置いた。
顔を上げた円香の目は真っ赤で、物凄く悲しげな表情を浮かべてる。
もしかして、私が置いていったせい? そんなに泣くほどのこと? でも円香、他に友達いないみたいだから不安にさせたのかもしれない。
「円香、ゴメンね。昨日は先に帰っちゃって」
「……」
「円香?」
「わたしのこと、なんで一人にするの? 友達、じゃないの? なんで、なんでなんでなんで……」
円香の目は私のことを見ていない。
なんか焦点が合ってないみたい。どうしたの? 何があったの?
「ねぇ円香、教室行こう? ね?」
「……た、が……」
「円香……?」
円香が、私の後ろにいる純を見据えた。
怖い。よく分かんないけど、なんか怖い。フラフラとした足取りで円香は純に一歩一歩近付く。
純もいつもと様子の違う円香に戸惑ってるみたい。円香が近付き度に、純も後ろに下がってる。
「……あんたが、いなければ」
「は?」
「まりなは、まりなは……わたし、が……あ、あああ!!」
円香が手に持っていた赤い傘を振り上げた。
それは真っ直ぐ、重力に引き寄せられるように落ちて、落ちて、純の顔に、落ちた。
「あああああああ!!」
地面に落ちた、赤い色。
円香が傘で、純の顔を、殴ったんだ。
「純! や、やだ……どうしよう……血が……純、純!!」
「う、ううっ……」
「しっかりして、直ぐに誰か先生を……」
純は目元を抑えて、地面に蹲ってる。私は慌てて純の元に駆け寄った。どうしよう、血が止まらない。
怪我をしたのは額のところみたい。でも瞼の近くも切れちゃってる。どうしよう、目が見えなくなったら。大丈夫なのかな。
なんで、こんなことになっちゃったんだろう。
気付けばポツポツと雨が降ってきた。地面に零れた血が、雨で滲んでいく。
「円香、なんでこんなこと……!」
「……わたしは、悪くない……」
「何言って……」
「……私、は……麻里奈、が……麻里奈、が、傍にいてくれれば……そしたらこんなこと、に……あ、あはは……ああ、あ、あああ!!」
「円香……」
円香が先っぽに血の付いた傘を持ったまま、濡れた地面に座り込んだ。
グチャグチャに泣きじゃくった顔で、私の胸に抱き着いてわんわん泣いてる。
ああ。
もう、ダメなんだ。
この子には、私しかいないんだ。私が傍にいないといけないんだ。
私が、悪いんだ。この子を一人にしたから。
私はそっと円香を抱きしめた。
「大丈夫だよ、円香。もう一人にしないから。私が傍にいるから」
「麻里奈、麻里奈……まりなあああ!!」
私たちの周りには人だかりが出来てる。
騒ぎに駆け付けた先生たちが純を病院に連れていったり、円香のことを指導室に連れていこうとしたり。
私たちは離れようとはしなかった。私が離れたら、円香がダメになっちゃう。だからずっと傍にいた。
もう、ダメ。
離れたら、ダメなんだ。
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