第2話




 君の前で情けない姿は見せたくない。


 でも、余裕もないんだよ。




 君が好きだから。





 ◇◆◇



 瀬奈ちゃんは、昔から可愛らしい子だった。

 明るくて、天真爛漫で、頑張り屋さんで。小1のとき、湊の家に遊びに行った際に彼女と知り合った訳だけど、その印象は今でも変わらない。

 そのときは俺にも妹が出来たみたいな感覚で、瀬奈ちゃんも俺のことを兄みたいに慕ってくれてた。


 彼女がいつから俺のこと意識してくれていたのかは分からないけど、俺が瀬奈ちゃんのこと意識するようになったのは彼女が小学4年のときだ。

 そのとき、彼女の両親が亡くなった。葬式が終わって暫くした後も湊は元気なくて、弟の利津も落ち込んだままだった。

 そんな中、瀬奈ちゃんだけは気丈に振る舞っていたんだ。仕事で忙しい姉を支え、家事なんかを率先して手伝っていた。

 おかげで兄弟たちも元気を取り戻した。今でも彼女は一家を支える大事な柱みたいなものだ。


 でも、幼い子がいきなり両親を失くして平気な訳がない。

 無理して明るく見せていたんだ。

 瀬奈ちゃんが学校の裏庭で一人泣いてるのを見つけたとき、俺は彼女のことを守ってあげたいなって思った。その小さな肩を支えてあげたいって思った。

 一人で泣く彼女の頭を撫で出てやったら、わんわん泣いちゃってさ。

 それから俺は、瀬奈ちゃんが愛おしいと思うようになったんだ。

 だから、彼女から告白されたときは嬉しかった。彼女も俺のこと好きだったんだって、バカみたいに舞い上がったよ。

 それを彼女の兄に伝えたら、複雑そうな顔をして「手は出すなよ」と釘を刺されてしまった訳です。

 俺、あのときは何とも思わなかったけど、今は物凄く後悔してる。


 黙っていれば良かったって、スゲー思う。

 俺、浮かれすぎてたんだな。




「はぁ……」

「ど、どうかしたんですか?」


 溜め息を吐くと、隣に座っていた中学んときの後輩、井上唯いのうえゆいが心配そうに声を掛けてきた。

 こんな名前だが、コイツはれっきとした男だ。まぁ、見た目はちょっと、いやかなり女の子っぽいけど。

 よく女子たちに可愛がられて、女装とかさせられてたっけ。それがまぁ可愛いのなんのって。てか、このまま女子の制服着せても違和感ないくらいに、唯は女顔だ。

 ちなみに、今は中学のときに入ってた部活、空手部の後輩に呼ばれてファーストフード店で飯食っている最中だ。今度大会があるから、俺に来てください、だと。そんなことメールで済ませればいいのにって言ったら、部長に会いたいんですだってさ。

 そんなこと言われたら行かない訳にはいかんだろ。可愛い後輩たちめ。どうせ俺に奢らせたいだけのくせに。


「先輩、聞いてくださいよ。唯、さっき駅前で男にナンパされてたんですよ!」

「おお。さすが俺の可愛い後輩だ。夜道には気を付けてくれよ?」

「だ、大丈夫ですよ! 僕、男なんですから!」


 まぁ、もし本当に襲われても問題はないだろうな。コイツ、大会で何度も優勝してる訳だし。可愛い顔して恐ろしい奴だよ、本当に。


「唯、今度の大会では大将なんだって?」

「え、はい。僕なんかで務まるか分かりませんけど……」

「大丈夫だって。自信持てよ」

「先輩……ありがとうございます!」


 俺の悪い癖だな。全然余裕なんかないのに、こうして良い顔しちゃうところ。

 本当は今すぐにでも家帰って部屋に引きこもりたい気分だ。でも可愛い後輩の頼みは断れないし、卒業したとはいえ、元部長な訳だしな。

 瀬奈ちゃんの前でも変に大人ぶっちゃってさ。



 あーあ。




 余裕ねーな、俺。





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