第3話
嗚呼、そうだったんだ。
俺は、昔から……
◇◆◇
あれから、何日が過ぎた?
ずっと鳴り続けていた携帯も、最近は回線が切れたんじゃないかと思うくらい何の応答もない。俺はあの日から、ずっと逃げている。
カズから。目を、背けている。
「……瑛太、何があったの?」
「……」
あの日から俺は自分の家にいるのも嫌で、彼女の家に上り込んでいた。もう一週間、会社にも行ってない。適当に理由を付けて溜め込んだ有給を使って休みを取った。
こんな状態じゃ仕事になんかならない。俺は、自分自身からも逃げて、背を向けて、殻に籠ってる。見たくない。何も、見たくない。
あの日の帰り際、自分のコートからアイツの煙草の匂いがして、思わず捨ててしまった。考えたくない。考えたくないのに、頭の中でアイツが囁くんだ。いつものように、優しい声で俺の名前を呼ぶんだ。
やめてくれ。俺は、お前のことなんて考えたくない。お前のこと、そんな風に思ってしまったら益々友達じゃいられなくなる。お互い好きにならない。それが条件だったんだ。だから、続いた行為。
でも、それがそもそもの間違いだった。どんなに心無い行為でも、そんなことすれば、揺らいでしまう。
だって、俺は、いつだってカズのことを考えていた。友人だから、親友だから。アイツが俺の一番の理解者だから。そう、思っていたから。
だから俺は、カズを拒んだりしなかった。お前の傍にいたかったから。
でも、こんなことを望んだんじゃない。ただ、友達でいたかった。そうすれば、ずっと一緒にいられると思っていたから。お前の隣に、ずっと立っていられると思ったんだ。
「……ねぇ、瑛太」
「……」
「正直に、言って?」
「……」
「瑛太、他に好きな人出来たでしょ」
違う。そう言いたいのに、声が出ない。喉の奥が張り付いてしまったみたいだ。何も、言葉が出てこない。
ずっと黙ったままでいると、京香が俺の背中に寄りかかってきた。背中合わせ、お互いの表情は全く見えない。君は今、どんな顔してる? 俺のこと、どう思ってる?
ダメだ。何も聞けない。何も言えない。
最低だ、俺。
「……この間、常盤君に会ったよ」
「……っ」
「あのさ、私ね? 高校生の時から何となく思っていたんだ。瑛太と常盤君の間には入り込む隙間なんてないんじゃないかって。だから告白した時も絶対に断られるって思ってた」
京香。
俺は、本当に君のことを。
「二人とも、同じ目で互いを見てるもの。それは今でも変わらない」
好きだったんだ。
「確かに瑛太は私のこと好きでいてくれてる。でも、瑛太の一番は、私じゃない。そうでしょ?」
―――でも、
「ゴメン」
俺は彼女の肩を掴み、喉の奥に張り付いた言葉を絞り出すように口にした。
ゴメン。ゴメン、京香。
俺は君を、京香のことを本当に好きだった。
でも、それ以上に俺は……
「アイツを……一臣を、愛してるんだ……」
そう、口にした瞬間。俺は後ろから肩を掴まれ、引っ張られた。
振り向いたそこに居たのは、息を切らした、一臣。
「な、んで……」
カズは黙ったまま俺の腕を掴み、玄関へと向かった。ドアを開けるとき、ただ一言、彼女にゴメンとだけ呟いて。
◇
「カズ……カズ! 待て、待ってくれ!」
カズはずっと黙ったまま足を止めない。前を向いたまま、俺の方を見ようとしない。
なんで、何も言わないんだ。どうして彼女の家を知ってるんだ。俺の言葉、聞いていたのか? だったら、何か言ってくれよ。
頼む、カズ。カズ、カズ。
「一臣!!」
「……っ」
カズは足を止め、ゆっくり息を吐いた。ここまで走ってきたんだろう。髪がボサボサになってるし、さっきから肩で息をしてる。
訊きたいことは沢山あるのに、言葉が出てこない。俺はお前の気持ちが知りたいだけなのに。
「……お前に」
「……?」
「お前に、あんなこと言ったの後悔してる」
「……ぇ」
「お前を好きにならないなんて、言わなきゃ良かった」
そう言いながら、カズが振り向く。俺の目を真っ直ぐ見て、ゆっくり、近付いてくる。
真剣な、だけど今にも泣きそうなそんな目が、どんどん近付いてくる。
頬にカズの手が添えられて、俺はもう目を逸らせなくなる。
息が、触れる。ほんの少し、煙草の匂いがするカズの吐息が、口の中に、入って、くる。
「好きだよ、瑛太」
初めて、触れた一臣の唇。熱くて、優しくて、俺の目から涙が零れて止まらなくなった。
ふざけるなよ、こんなこと。俺は、彼女を裏切ってしまった。ずっと俺を想ってくれた彼女を。
俺は、俺は……
「ざ、けんな……ふざけるな……俺は、こんなこと……!」
俺は一臣の胸を何度も叩き、そのまま縋るように服を掴んだ。
ああ、もう。背を向けていられない。後ろから波のように押し寄せる感情で潰されてしまいそうだ。
わかってた。俺は、ずっとお前のことばかり考えていた。お前のことしか考えてなかった。いつだって、どんなときだって。
でも、それはお前が親友だと思っていたからだ。あの時までは。お前に抱かれるまでは。あのとき、お前を拒まなかったときに答えは出ていたんだ。俺は、お前のこと友達だなんて思ってなかったんだ。
「…………好きだ」
愛していた。お前のこと。
一臣のこと、昔から、ずっと。
「好きだ。ずっと、ずっと……!」
「瑛太……」
愛おしそうな目で、カズが俺を見つめる。
もう一度、触れた唇。ずっと俺を包み込んでいたカズの煙草の匂いが身体の中に入ってくる。ほんの少し苦くて、噎せ返るほど甘い。
出逢った時から、きっとこうなることは必然だったんだ。
だって俺達はずっと、互いのことしか見てなかった。
「愛してる、瑛太。ずっと、ずっと言いたかった……」
「……カズ」
周りの目も気にせず俺を抱きしめるカズ。俺も、カズの背中に手を廻して、思いっきり息を吸い込んだ。
いつまでも、この匂いに抱かれていたい。
足りたい。これだけじゃ、足りない。
ずっと、ずっと。
足りないまま、俺はお前に餓えている。
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