case13.篁棗
第1話
だから嫌だったんだ。
アイツと姉さんが付き合うの。
だから反対したんだ。
姉さんは、俺のもんなんだ。
◇◆◇
「はぁ!? 別れたぁ!?」
「ちょっ、声大きい!」
姉さんが自分の口元に指を当てて、静かにするように言った。
いやいや、それどころじゃないだろ。買い物中のオバサンたちがこっち振り向いたけど、そんなの気にしない。そんなことより、姉さんが彼氏と別れたってことの方が最重要事項だ。
高校のときからだから、八年くらいだろ。親から結婚も考えた方が良いんじゃないかって言われていたじゃないか。まぁ、そっちの方が俺としては嬉しいんだけど。
でも、そのせいで姉さんが悲しむのは嫌だ。電話したときに元気なかったから一緒に飯食おうって提案したんだけど、まさかそんなことになっているとは。
「でもなんで急に?」
「……うーん、長く一緒にいすぎたのかな。彼の気持ちが分かっちゃったから、もう付き合えないってなったの」
「なんで」
「なんでって、とにかくそういうことなの。この話はおしまい! ほら、さっさとレジ並ぶ!」
俺は姉さんに背中を押されてレジに並んだ。
俺の名前は
だって俺は、姉さんのこと好きだから。勿論、家族としてじゃない。女として、性的な意味で俺は姉さんを愛してる。
まぁ、そんなこと姉さんが気付く訳もないし周りは重度のシスコンだと思うだけだし、親は仲良くて良いわねって微笑ましく言うくらい。
そんなものだろうな。家族に対して恋愛感情を抱くなんて普通はないことだ。でも仕方ない。好きになったんだから。惚れてしまったんだ。
だから姉さんに近付く奴は許さなかった。本当は追川さんと付き合うのも嫌だった。反対した。認めたりしなかった。でも追川さんは普通に良い人だったから、仕方ないかなって思ってた。
だけどさ、アイツの目は姉さんに惚れてる目じゃなかった。いや、好きだったとは思うけどさ。でも、なんか違ったんだよな。上手く言葉には出来ないけれど、もっと大事な奴が他にいる。そう思った。誰だっけ。名前忘れたけど、高校のときの生徒会。そんとき一緒にいた人。その人と一緒のときの方が楽しそうというか、お互いに同じ目してた。
俺が姉さんを見るときと同じ目だ。だから反対したけど、姉さんは追川さんのこと本気で好きだったから半ば諦めていたのに。いっそ結婚でもして子供産んでくれれば諦めがついたのに別れるとか。有り得ないだろ、マジで。
「姉さんは良かったのかよ」
「何が?」
「だから追川さんのことだよ。親には何て言うんだ」
「普通に別れましたって。彼には彼の事情があるんだから仕方ないでしょ。彼女もいたことがないあんたには解らないことかもだけどね」
「うっせーな」
姉さんに惚れてるんだから他に女なんか作るかよ。つか興味ないし、姉さん以外の女なんか。
「今日はどうすんの。泊まるの?」
「ううん、終電までには帰るよ。明日は早く出ないとだから」
「俺んちからの方が近いじゃん」
「バカね、何も支度してきてないんだから帰らないと仕事行けないじゃない」
「だったら最初から持って来いよ」
「泊まるつもりなかったもの」
「んだよ……」
「何、寂しいの?」
「んなわけないだろ」
「ふふ、お姉ちゃんのこと心配してくれてるんだよね。ありがとう、なつ君」
ったく。そうやって可愛い顔するなよ。襲うぞ、馬鹿。これでも必死に堪えてるんだ。泊まってけとは言ったけど、実際に泊まられたら俺が寝れなくなる。前傾姿勢のまま一晩を明かすことになる。
泊まってくれた方が嬉しいことに変わりないけれど。せっかくだから一緒に住もうかなんて話もあったんだけどな。でもさすがに俺の理性が持たない。だから俺は姉さんの住むマンションの近く。と言っても一駅離れたところにあるアパートを借りることにした。そこからなら俺が通う大学も近いし、姉さんの職場も近い。
ちなみに姉さんは介護士だ。で、俺は理学療法士を目指してる。完全に姉さんの影響だ。
それにしても、姉さんは本当に良いのか? だって、姉さんはかなり追川さんのこと好きだった。ムカつくくらい。
確かに追川さんは男の俺から見てもカッコいい人だったよ。だから余計にムカつくんだけど。今じゃ大手企業で働く立派な会社員。バリバリのエリートだ。
だから親も安心して姉を任せていた。それなのに、なんで今になって。だったらもっと早く別れれば良かったのに。姉には悪いけど、俺はそう思わずにはいられない。
なんだよ。今度会ったらぶん殴ってやる。あの鉄仮面、絶対許さねーからな。
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