case12.追川瑛太

第1話



 俺は、彼女が好きだ。

 それなのに、どうして俺は。


 アイツに、一臣に抱かれているんだろう。



 ◇◆◇




「……はぁ」


 ガタンゴトンと揺れる電車の中、俺はアイツに送ったメールを見ながら溜め息を吐いた。

 なんで俺は、こうしていつもアイツに会おうとするんだろうか。普通に、友達として会う分には良い。でも俺達は違う。前はこうじゃなかった。本当に、どこにでもいるような親友同士だった。

 でも、半年くらい前にカズから言われた言葉。あれが、俺の中の何かを狂わせた。


「退屈そうだな」

「……え」

「ヒマなら相手してやろうか?」


 そう言って差し出された手を、俺は振り払うことも出来た。でも、それをしなかった。

 なんで?

 わからない。変に優しげな目で俺を見るアイツを拒むことが出来なかった。彼女が、京香がいるのに。俺はアイツに抱かれた。

 この時だけ。一時の気の迷いだ。俺はそう思ってた。でも違った。俺は、再びアイツの誘いを受け入れていた。それからも、何度も。自分からアイツの部屋に行くことも多くなった。軽く話をして、酒飲んで、そのまま抱かれて。

 どう考えても、こんなのは間違ってる。そんなこと解っているのに、止められない。気付けば俺は、アイツにメールを送ってるんだ。

 おかしい。俺はおかしいんだ。だって、彼女に対してだってこんな風に思うことはない。こんな風に、性欲を剥き出したことなんて、ない。

 別に好きじゃないからとか、そういんじゃない。勿論好きだし、そういう雰囲気になれば彼女を抱くこともある。

 だけど、こんなじゃない。彼女といるときはもっと優しくて、暖かくて、穏やかな雰囲気に癒される。

 でもアイツといると、もっと激しく熱くて、何物にも例えようのない激情に襲われる。淡白だと思っていた俺の中にあった性欲がお前にだけ引き出される。


 どうして?

 俺が好きなのは彼女なのに。こんなにもアイツに心を乱されるなんて。

 でもそれは、昔からそうだった。小学校のときからカズは女にばかり良い顔してて、何事にも適当な奴だった。それなのに、急に勉強も運動も俺と張り合うようになって、勝ったり負けたりを繰り返していた。

 あんな奴に負けたくなかった。初めはそんな風に思っていた。

 気付いたら、一番の理解者になっていた。共に自信を高め合って、中学では一緒に生徒会に入った。だけど、気付いたらカズは変わってしまった。女にだらしがなくなった。それでも成績は上位を維持したままだったし俺への接し方が変わったとかではなかった。

 でも変わってしまった。ずっと一緒にいたから分かる。分かるんだよ、カズ。今までと違って、お前のことが分からなくなってしまったことが、手に取るように分かる。

 いつからお前は、俺に背を向けるようになった? 今までずっと隣で、正面向いて付き合ってきたのに。

 なぁ、いつから俺らの間にこんな距離が出来たんだ? お前はいつから、俺と向き合うことを止めた? カズ、何がお前を変えたんだよ。

 あのとき、お前の手を取ったのはもう一度正面切って話が出来ると思ったからなのかもしれない。離れた距離が埋まるような気がしたのかもしれない。

 でも、違った。

 これは不安を不安で埋める行為。

 もう、止めないといけないのに。

 どうして、引き返せないんだ。彼女を、これ以上裏切りたくないのに。


 カズ、お前のせいだぞ。



 ◇◆◇


「よう」

「……ああ」


 カズの家に着き、俺は適当に腰を下ろす。

 相変わらずコイツの部屋は僅かに煙草の匂いがする。最近は本数が増えたように思うけど大丈夫なんだろうか。


「ほら」

「あ、ああ」


 カズが冷蔵庫から出したペットボトルを投げた。慌ててそれを受け取ると、アイツは酒の缶を持ってこっちに戻ってきた。

 コイツ、毎回俺の為に何かしら買っておいてくれるな。甘い飲み物とか苦手なくせに、わざわざ買っておいてくれるなんて。こういうところに女が惚れるのか?


「……カズ」

「ん?」

「酒、美味い?」

「なんだよ、珍しいな」

「別に、気になっただけ。会社の飲み会とかで飲まされそうになるから、飲めた方が良いのかなって」

「まぁ確かに嗜む程度には飲めた方が良いんじゃないか?」

「そうか……」

「飲むか?」

「え?」


 そう言って、飲みかけの缶を差し出してきた。その缶チューハイを受け取り、ちょっとだけ口に含む。


「…………」

「その程度もダメかよ」

「なんだろう。アルコールの味……なのかな。それがダメ」

「これがダメならビールや焼酎はもっとダメだな」


 不味い。口の中が変な感じ。よくこんなの平気で飲めるよな。酒とか煙草とか、何でコイツは当たり前のように飲んだり吸ったり出来るんだ。なんか悔しい。一人だけ大人ぶりやがって。


「別に酒が飲めるから大人って訳じゃない」

「はいはい。お子ちゃまは炭酸でも飲んでろよ」


 ムカつく。何だよ、なんでいつも余裕ぶってんだよ。

 俺、今結構ドキドキしてるのに。


「……」


 あれ?

 なんで、ドキドキしてるんだろう。

 コイツに抱かれるから?

 いや、これはそういうんじゃない。ただの暇潰し。ただ欲を吐き出すためだけの行為。

 気持ちなんて、カケラもない。

 俺もコイツも、絶対に互いを好きになることなんてない。

 だから、だから……


「瑛太」


 後ろに押し倒されて、俺のスーツが容易に脱がされていく。

 囁いた声が、耳の奥にこびり付いて離れない。なんで、そんなに優しい声出すんだよ。どうして優しく触れるんだよ。

 冷たいフローリングの感触が背中に当たって、俺の身体が熱くなってることに気付かされる。冷たさが心地良い。身体の奥が異常なまでに熱くて、何かが滾ってるみたいだ。

 鼻先にアイツの煙草の匂いが掠める。

 どうしよう。この匂いに、狂いそうだ。


 なぁ、カズ。俺、もうわかんないよ。

 お前のこと、何も分かんないよ。


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