第3話
やっぱり俺、凜さんのこと愛してます。
世界中で、一番貴女を愛しています。
◇◆◇
とうとう来てしまった、文化祭当日。
今朝は駅でいくら待っても凜さんは来なかった。多分、先に学校に行っちゃったんだろう。今までこんなことなかったけど、仕方ないか。俺は、凜さんから逃げたんだ。
去っていく彼女を追うことも出来なくて、教室に戻ったら凜さんはもう帰ってしまっていた。
俺は溜め息を吐きながら、電車に乗り、学校へと向かった。
「……あれ?」
教室に入ると、凜さんはいなかった。下駄箱に靴もなかったし、まだ来てないのか?
携帯を確認してみたけど連絡はない。どうしたんだろう。夜丘にも聞いてみたけど、やっぱり連絡はないそうだ。何かあったのか?
俺は心配になって、凜さんに電話してみた。
呼び出し音が鳴り続け、何度も留守電に繋がってしまう。電話を切って、もう一度掛けなおしてみた。
お願い、凜さん。出てください……!
『……なによ』
「凜さん! あ、あの……」
『うるさい……』
「すみません……凜さん、もしかして風邪ですか?」
電話越しの声はいつもみたいは覇気がない。
凜さん、もしかして雨の中傘も差さずに帰ったのか?
「大丈夫ですか? 病院には……」
『平気よ……寝てれば治るわ。それに、今日は家に誰もいないのよ』
「ええ!? 誰もいないんですか?」
『……よかったわね』
「え?」
『今日のことよ』
「……あ」
確かに、凜さんが来れないとなれば俺は嫌な思いをしなくて済む。
それは嬉しいけど、でも、それじゃあ約束は?
俺にとって、それがどんなものであっても貴女の命令は絶対なんだ。
『とにかく、今日は行けそうにないわ。真奈に謝っておいて……』
「分かりました。あの、お大事に……」
『ええ……そうだ、虎太郎』
「はい?」
『……今すぐ来なさい』
「え……」
『私の命令は?』
「絶対です。今すぐ行きます」
電話を切って、俺は夜丘に事情を説明した。主役が来れなくなってしまい、かなり困った表情を浮かべていたけど風邪なら仕方ない。先生には話しておくから、早く凜さんの所に行ってあげなって言ってくれた。
文化祭をほったらかして申し訳ないけど、凜さんがいないのなら俺がここが居る理由はない。
俺はカバンを持って、急いで学校を後にした。
◇◆◇
凜さんの家は、俺らが通っていた中学の近く。当時、よく凜さんの家まで送り迎えをしていた。
彼女の家に行く途中に近所の薬局で薬や飲み物なんかを買っていった。凜さんの家に行くのは中学の時以来。誰もいないって言っていたけど、ご両親は仕事なのかな。
凜さんの家は共働きで、いつも帰りが遅いんだって言っていたけれど。
家に着いた俺はインターフォンを押して暫く待った。だけど反応はない。起きてこれないのだろうか。少し躊躇いはしたが、ドアノブを捻ってみた。鍵は掛かってない。もしかして開けておいてくれたのかな。
恐る恐る中に入って、俺は凜さんを探した。部屋だろうか? 一応リビングも確認しておこう。そう思って見渡してみると、テレビの前に置かれたソファーに人影があった。
「……凜さん!?」
駆け寄ってみると、やっぱり凜さんだった。
かなり熱が高いみたいで、着てるシャツは汗で肌に張り付いている。顔も真っ赤だし、息も荒い。
「……凜さん、凜さん?」
俺はそっと彼女の肩を揺すった。俺の声に気付いた凜さんは、ゆっくり目を開けて、弱々しく笑ってみせた。
「遅いわよ……」
「すみません……具合はどうですか?」
「良いように見える?」
「いいえ。あの、一応薬とか色々買ってきましたよ」
「お利口ね……それより、部屋まで……連れていって、くれない?」
凜さんが俺に手を伸ばしてきた。俺は彼女の体を横に抱き上げて二階にある凜さんの部屋に連れていった。
凜さんの身体はかなり熱くて、制服の上からでも彼女の熱が伝わってくる。
ごめんなさい。俺が、昨日貴女から逃げたりしなければこんなことにはならなかったかもしれないのに。貴女を一人で帰したりしなかったのに。
部屋に入って、ベッドに凜さんを寝かせた。ベッドに横に慣れて安心したのか、凜さんの顔が少し和らいだ。ホッとして布団を被せようとしたら、その手を制された。
「……着替え」
「はい?」
「き・が・え……手伝いなさい……」
「え、ええ!?」
さすがにそれはダメじゃないですか? いくらこんな状況だからって、男が女の人の着替えを手伝うとか良くないですよ。
そう思って、俺が返答に困っていると凜さんはいつもの台詞を口にした。俺を支配する、彼女の言葉を。
「虎太郎、私の命令は……?」
「……絶対です」
◇◆◇
平常心。平常心。平常心。
俺はシャツを脱いだ凜さんの背中を、蒸したタオルで拭いた。なるべく意識しないように、目線を反らしながら、心で平常心と唱えながら丁寧に、汗ばんだ彼女の体を拭いていく。
華奢な身体。いつもより、ずっと弱々しく見える彼女。それでも、凜さんは挑発するような眼で俺を見てる。試してる。俺が、この状況にどれだけ耐えられるかを。
「……ほら、ちゃんと拭きなさいよ」
凜さんが正面を向いた。妖艶な笑みで、俺を見ながら。
ズルい。ズルいですよ。そんな真っ赤な顔して、熱のせいでロクに力も入らないくせに。それなのに貴女はそうやって俺の主導権を握ったまま離さない。
俺は、貴方の言葉に逆らうことなんて出来やしないんだ。
「虎太郎……?」
「……はい、凜さん」
俺は、言われた通りに彼女の体を拭いた。
首筋、腕や脇、胸元、腹、脚。隅々、隈なく、彼女の視線を感じながら、拭いていった。そして替えのシャツとスウェットを着せて終わり。
着替えを終えた俺は昂った感情を抑え込むために何度も息を吐いた。目に毒どころの話じゃない。これは健全な男子高校生には猛毒に過ぎない。鼻血を出さなかったことを褒めてほしいくらいだ。
「凜さん、なにか欲しいものないですか? 食欲とか……」
「ないわ……」
「でも、何か食べないと薬、飲めないですよ」
「……今はいい。それより、虎太郎」
「はい?」
そう言うのと同時に、俺の身体が傾いて凜さんの上に覆い被さるような形になった。
何が起きてこうなったのか。俺の制服を凜さんが思いきり引き寄せたせいだ。凜さんの顔の横に置かれた腕でどうにか自分の身体を支えてる状態。互いの距離はほんの数センチ。凜さんの吐息が、俺の顔を擽ってる。
「何故、昨日は私から逃げたのかしら?」
凜さんが囁くような声で言った。そうか、声出すのがツラいからこうしたのか。もっと別の方法を取ってほしかったけど仕方ない。
そう、仕方ない。もう逃げ場はない。逃げたくもない。ハッキリ言います。
「……俺、自信なくて……」
「自信?」
「俺は、凜さんが好きです。でも、凜さんはそうじゃないし……それに、凜さんはみんなに好かれてるし、自分に自信も持ってる。そんな貴女の隣に、俺がいていいのかなとか……俺、貴女とどうなりたいんだろうとか……考え出したら、訳わかんなくなって……」
「……それで、逃げたの?」
「ごめんなさい」
「……私、前に言ったわね。あんたのこと、嫌いじゃないって。でも、そうやって逃げてしまうあんたは好きじゃない。私は、真っ直ぐ私に向かってくるあんたが好きよ」
「……凜さん」
「私は好きなのは、私のことが好きで好きで仕方ない虎太郎。そうやってあんたが私を好きでいてくれるから、私は自分に自信を持てる。あんたが、私に自信をくれているのよ」
俺が、貴女の自信になっている? 俺のこの気持ちが、想いが、凜さんの揺るがない自信を支えている。信じられない。だって、俺なんかがいなくても貴女は十分に強い人じゃないですか。
「信じられない?」
「……はい」
「一度しか言わないからよく聞きなさい」
凜さんが、俺の頬を両手で包み込んだ。
どうしよう、俺、いま泣きそうなんですけど。
「いい? あんたが、私の強がりを強さにしてるの。私は無条件に強い女じゃなのよ。寂しいとか悲しいとか、そういうものだって感じるわ。でも、あんたが傍にいてくれたから、私は強気でいられる。こうして、あんたの飼い主も出来る。あんたが私を好きでいてくれるからよ。わかった?」
「……っ、はい……凜さん」
「ふふ、泣き虫なところも変わってないのね」
俺は、泣いてしまった。その涙を、凜さんが拭ってくれて、頭を撫でてくれた。
バカな犬でごめんなさい。俺、もっと貴女に相応しい男になります。もっともっと強くなって、貴女を支えられる男になるから。
そしたら、俺を、男として見てくれますか?
ほんの少しでもいい。愛して、くれますか?
「凜さん……俺、凜さんが好きです……」
「知ってるわよ」
「ずっとずっと、愛してますから……」
「当然でしょう」
「はい、凜さん」
それから三日。凜さんの風邪は治って、いつも通りの生活が戻ってきた。文化祭は残念な結果に終わってしまったが、俺は凜さんと仲直り出来たので良かった。
相変わらず凜さんに声を掛けてくる男子は減らないけれど、俺はもう逃げたりはしない。
俺が彼女の犬から番犬と呼ばれるようになるのはもう暫くしてから。
そして、いつか。
貴女の男になります。
絶対です。
ワンワン。
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