case11.常盤一臣
第1話
俺には彼女がいて、アイツにも彼女がいた。
でも、それでも俺は……
お前が欲しいんだ。
お前だけが、ずっと欲しかったんだ。
◇◆◇
まだ陽も昇らない、明け方頃。
ベッドの軋む音に、俺は目が覚めた。
もう起きたのか、アイツはさっさと着替えを済まして帰り支度をしている。
「もう帰るのか?」
「……約束がある」
「彼女と?」
「……ああ」
「へぇ、男に抱かれた後で彼女を抱くんだ?」
「……お前だって人のこと言えないだろ」
そう言って、アイツは部屋を出ていった。
何となく空気が冷たくなったように感じる部屋で、俺は煙草に火を付けた。溜め息のように息を吐き出し、天井を仰いだ。
俺は
男同士なのにって、そう思う奴もいるだろう。きっと、アイツもそう思ってるはずだ。友達で、幼なじみっていうより腐れ縁って感じだった俺らがこんな関係になるなんて。俺に抱かれながら、アイツは何でこんなことにって思ってる。
こんな関係になったのは半年くらい前。俺と瑛太は小さい頃から何でも競い合うような仲で、運動でも勉強でも何でも一位二位を争っていた。気の合う好敵手。そんな間柄だった。
なのに、いや、だからこそ俺はアイツに惹かれた。当たり前のように、必然的に。だから俺は、僅かにアイツの心が揺らいだ瞬間を見逃さなかった。
順風満帆に見えた彼女との関係に不安を抱き始めたアイツの心の隙間に付け込んで声を掛けた。退屈な毎日に刺激を与えた。卑怯なやり方であいつを手に入れた。
瑛太も俺を受け入れた。アイツの中にも否定できない不安や迷い、そういったものがあったんだ。だから俺という刺激物を難なく呑みこんだ。定期的に、それを求めた。
まるで、麻薬みたいに。一度手を出したら後戻りが出来なくなるそれを、俺達は互いに求めあうようになった。
アイツはまだ俺に彼女がいるって思ってるようだけど、俺は瑛太に声を掛ける前に別れてる。
気付いたから。俺は瑛太を友達でも、好敵手でも何でもなく、本気でアイツを愛してることに。
彼女のことは勿論好きだった。でも、それ以上に瑛太を愛してしまった。それに気付いてしまった以上、もう彼女とは付き合えない。だから別れて、俺は瑛太に声を掛けたんだ。
「……アイツ、どんな顔して彼女と会ってんだろうな」
きっと、俺には見せないような顔してるんだろうな。俺とのことなんて何もなかったように、俺に抱かれた体で、彼女を抱くんだ。
煙草の煙を吐きながら、目を閉じる。昔は、ガキの頃はもっと純粋にアイツと友達でいられたのに。いつからこんな面倒臭い感情を持ってしまったんだろう。いや、初めからかもしれない。ただ気付かなかっただけで。
みっともない感情を抑え込めなくて、完全に欲を持った目でしかアイツを見れなかった。そういった意味で触れたいと思うようになったのは、どれくらい前からだっただろうか。
でも、そんな気持ちに気付きたくなくて、必死に蓋をして、好きな子を見つけて付き合って、この感情を押し隠すように彼女を抱いて。
今思うと最低なことしていたな。好きだったからこそ、そういうことをするべきではなかった。だから俺は、きっともう誰とも付き合わない。
瑛太を、愛してるから。
◇◆◇
さてと。今日は仕事も休みだし、適当に駅前でもぶらつくかな。服とか買いたいし。
煙草の火を消して、俺は部屋を出て駅前のショッピングモールに向かうことにした。あの部屋にいると瑛太を思い出してしまうし、複雑な感情が渦巻いて胸の当たりにモヤモヤしたものを溜め込んでしまう。
そうなると夜も寝れなくなるから嫌だ。ゲーセン寄っていくのもアリだな。
気晴らしに色々と店を回ってみたけど、今日はそういう気分じゃないな。なんていうか、全然気が晴れない。まぁ、瑛太を抱いた日は大体こうなんだけど。
多分、アイツへの罪悪感なんだろうな。俺はアイツの弱みに付け込んだようなものだし、合意の上とはいっても瑛太自身は心から望んでいる訳じゃない。それを思うと、少し虚しくなる。
「先輩……常盤先輩!」
暫く駅をうろついていたら、後ろから声を掛けられた。聞き覚えのある声に振り返ると、以前勤めていたバイト先の女の子、雨宮凜が駆け寄ってきていた。
いつ振りだろう。相変わらずの美少女振りに道行く男たちが振り返っていやがる。この容姿で彼氏いないっていうんだから驚きだよな。
そういえば、前にバイト先にこいつを迎えに来ていた男子はどうなったんだろう。凜さん凜さんって彼女を慕ってる感じだったけど。
「おお、凜。久しぶりだな」
「はい。先輩が辞めて以来だから一ヶ月くらいですかね」
「もうそんなか。元気にしてるか?」
「はい。先輩も相変わらず元気そうですね」
「まぁな。今からバイトか?」
「いえ、今日は入ってないです」
「じゃあ、お茶でもしてくか? 奢るぞ」
「本当ですか? ありがとうございます」
いいヒマ潰しにもなるし、誰かと話していた方が気も紛れる。俺は駅中にある喫茶店に入って、適当に注文をして凜の話聞いた。もうすぐ文化祭があるとか、バイト先での話とか。
学生は良いな、なんだかんだで楽しそうだ。俺も学生の頃は良かったな。勉強とか生徒会とか面倒だったけど、結果的には充実してた。瑛太とも、普通に友達でいられたし。
「なぁ、お前彼氏とかいないのかよ?」
「ええ? いませんよ、そんなの」
「凜なら黙ってても男が寄ってくるだろ。勿体ないな」
「買い被りすぎです。まぁ、モテることに関しては否定しませんけど」
「そういうとこも相変わらずだな……」
以前のバイト先がコンビニだったんだけど、そこでも凜はモテてたからな。コイツ目当てに通う客とか少なくなかったし。
「そういう先輩こそ、彼女とか作らないんですか?」
「俺? 俺はいま絶賛片想い中」
「へぇ、意外ですね。先輩、片想いとかするんですか」
「お前、俺をなんだと思ってるんだ」
「来る者拒まずなイメージでした」
「……俺は自分から惚れたやつとしか付き合わないの」
「ふぅん。私、恋愛とか興味ないんで、そういうのよく解んないんですよね」
それこそ意外だ。コイツの方が来る者拒まずって感じなのに。
人は見かけによらないな。こうして普通にしてるだけでも十分に男の目を引き付けてるっていうのに。一つ一つの仕草が色っぽいんだよな。分かっててやってるのか、無意識なのかは知らないけど。
「片想いって、どんな相手なんです?」
「ん? 幼なじみだよ、小学校の時からのな」
「長いですね」
「おお。もう19年くらいの付き合いになるかな」
「それでも恋愛感情って生まれるものなんですね」
「そうだな。なんていうか、俺としてはそれが当たり前みたいな感じだったけど……でも、アイツは違うんだよな。俺のことなんて、何とも思ってないんだよ」
「……それでも好きなんですか?」
「ああ、馬鹿みたいにな」
本当、馬鹿みたいだ。不毛、叶わない恋。アイツには恋人もいて、おまけに同性だ。世間的に良い印象はないし、そういうのを気味悪く思う奴が大半だろう。
ただ、好きになっただけなんだけどな。そういった意味でも不毛だよな、こういうのって。
「凜なら、どうする? 報われない恋をしたとき」
「私は……意地でも手に入れますかね。諦めるの好きじゃないんで」
「やっぱり俺とお前は似てるよな」
「そうですか?」
そうですよ。俺も諦めるのが嫌いだから、意地で手に入れたようなもんだ。
世間から叩かれたって構わない。瑛太が手に入るなら、それでいい。まぁ、今の関係に満足してる訳じゃないけれど。
「先輩、たまに悲しそうな顔しますよね」
「え?」
「そんな思いしてまで恋愛をするメリットってなんでしょう」
「……さぁな。でも、それが恋愛ってもんだろ。リアルの恋愛は少女マンガみたいにふわふわしてないからな」
「それは分かりますけど」
「もっと醜いし、みっともないし、本当バカみたいに気が狂うようなこともあるけどさ。恋愛の良し悪しはメリットデメリットで選ぶものじゃないから。まぁ、それ全部ひっくるめて恋愛の良い所なんじゃないか?」
「みっともないのが?」
「ああ。綺麗な恋愛なんてないよ。きっとね」
凜はよく解りませんって顔でコーヒーを口にした。
綺麗事だけ済むような恋愛なんて、きっとないんだ。嫉妬もするし、不安で相手を疑うようなこともあるし、好きだからこそ欲情もする。
だからって、それがイコール汚いものって訳じゃない。悪いことでもない。
でも、だったら俺のこの気持ちはどうなんだろう。相手の気持ちを利用して、瑛太を抱いている俺は、悪い奴なんだろうか。
本当に、よく解らないな。人を好きになるって。なんで瑛太が好きなんだって聞かれても、好きだからとしか言いようがない。
本当に、本当に面倒臭い感情だよ。
こんなに面倒なのに、それでもお前が欲しいなんて。
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