第2話


 俺にだって限界があるんですよ、凜さん。

 わかってください。


 俺、貴女が思ってる以上に貴女のことが好きなんです。



 ◇◆◇



 文化祭前日。その日は朝から土砂降りの雨で、何だか俺の心を映してくれてるみたいだ。

 だって、どうしてもテンション上がんないよ。明日は文化祭で、俺は厨房担当。男に囲まれるであろう凜さんを見てることしかできないんだ。

 しかも、肝心の衣装。あれ、ダメじゃないか? さっきクラスの女子が作ってきたっていう衣装を凜さんが着たんだけど、それがまたどこのお店ですかって感じの本当にギリギリのデザイン。足は見せるわ胸元は開いてるわ。あんなの反則だ。凜さんはスタイル良いから完全に着こなしてしまうし。

 あれを、明日は色んな男が身に来るのか。台風でも来ないかな。それで中止にでもなればいいのに。

 まぁ、残念なことに明日の天気は晴れ。降水確率は10%。もう絶好の文化祭日和で俺の気持ちは絶不調。


「あら、随分と良い顔してるじゃないの? ねぇ、虎太郎」


 隅っこで作業していた俺の元に制服に着替えた凜さんが来た。分かってるくせに、俺の気持ち。分かってて貴女はそういうことを言うんですね。

 でも、そういうところも好きになった俺に逃げ道なんてない。この人はこういう人なんだ。だから俺は、明日は覚悟して臨まなくてはいけないんだ。


「ふふ、ご機嫌斜めね?」

「すいません……でも、俺……」

「約束、しっかり守りなさいよ?」


 いつもの笑みを浮かべて、凜さんは友達のところに戻ってしまった。

 凜さん、いつも通りだ。この間のあれは何だったんだろう。凜さん、俺とキスしたこと何とも思ってないのかな。飼い犬とじゃれたくらいの感覚なのかな。

 俺、あの日のこと忘れられなくて、思い出す度に夜は眠れないんですよ。

 目を閉じれば、まだ思い出せる。肌に触れた、凜さんの唇の感触や温もりを。ていうか、忘れるなんてできない。俺の身体に、染み付いてます。貴女の感触は、全て。温もりだけじゃない、僅かな痛みだって忘れない。

 それくらい、俺は貴女が好きなんです。貴女しか、愛せません。


「……はぁ」


 でも、凜さんは俺のことなんて好きじゃない。きっと、それはこれからも変わらない。

 確かに俺は凜さんに自分のこと好きになってほしいとは思ってる。でも、それと同じくらい今のままでも良いと思ってる。そうすれば、きっとずっと凜さんと一緒にいられるからだ。

 このままの関係なら、貴方のそばにずっといられるんだ。


「おい、コタ。ガムテープってどこ?」

「……」

「コタ、虎太郎くーん?」

「え、ああ……理生。悪い、聞いてなかった」

「ったく、お前って本当に雨宮のことしか見てないのな」


 クラスメイトの直木理生。最近、ずっと片想いしていた春待さんと付き合うようになったらしい。羨ましい奴だよ、本当に。春待さんって密かに人気あったんだぞ。物静かで目立たない子だけど普通に可愛いし、人の話を真面目に聞いてくれるし、良い子だからな。


「で、なに?」

「ガムテープ。お前持ってない?」

「俺は知らないけど……ああ、さっき切れたから買い足しに行くって言ってたな」

「マジかよ。んで、お前は何でボケーっとしてんだ? 雨宮の衣装か?」

「……それもある」

「それもって、他にも何かあんのかよ」

「…………俺、凜さんとどうなりたいんだろうなーって」

「どうって……付き合いたいとかじゃねーの?」


 理生が首を傾げながら言った。付き合いたいけど、そうならなくてもいい。どっちが俺の本当の気持ちなんだろう。全然わかんない。

 もし、付き合えたとして。そうなって凜さんが今の凜さんじゃなくなるのが嫌なのかもしれない。勝手な話だけど。


「お前、それは理想を押し付けてるだけだろ」

「……だよな」

「つまり、あれか? コタはドエスでいつも自分をイジめてくれる雨宮が好きと?」

「……それもあるけど」

「じゃあ他は?」

「……気丈なところとか、自分をしっかり持ってるところに憧れる。何だかんだで優しいし……」

「俺は優しさを感じたことなんてないな……この間なんかちょっとぶつかっただけで足踏まれたんだぞ」

「お前が邪魔だったんだろ」

「……」


 確かに、凜さんは俺の理想だ。強くて、綺麗で、自我がしっかりしてる。何事にも迷いがないと言うか。彼女はただ強いだけじゃない。自分の欠点とか、弱さをしっかり認めている。

 凜さんの強気な態度は、自信なんだ。欠点も弱さも全部、彼女の自信になってる。そういうところが、俺は好きだ。それは、一生変わらない。


「コタってさ、中学からずっと雨宮の犬やってんだろ?」

「その言い方なんか嫌だな」

「間違ってないだろ。高校入った時、かなり話題になったからな。虎が女王の犬にされてるって」

「うるせーよ」


 そんなの中学のときからずっと言われてきたっての。

 それに、中学のときの俺は今より小さかったからな。虎のくせにってからかわれた。だから凜さんに惹かれたんだけど。


「さーてと、サボってると夜丘あたりに文句言われそうだし……続きやるかな」

「そうだな……」

「あんまり落ち込むなよ?」

「おう」


 そうは言っても落ち込むものは落ち込むんだよ。さっきから全然ヤル気でない。何回ため息ついたか分からない。

 俺は教室を出て、自販機で何か飲み物でも買うことにした。気を紛らわさないと作業に身が入らない。そう持って廊下に出てみると、凜さんが他のクラスの男子に囲まれていた。

 明日、一緒に見て回ろうとか、絶対に喫茶店遊びに行くからとか。

 なんでこうもイライラさせられなきゃいけないんだ。

 凜さん、俺にはもう無理ですよ。



 ◇◆◇



 俺は、そのまま校舎を出て中庭に出た。

 逃げ出したんだ、情けない。でも、あのままあそこに居たって何も出来やしない。俺は、所詮あの人の飼い犬なんだ。それ以上も以下もない。あそこで怒る理由も、資格もない。

 俺のものだ、なんて言えない。だって凜さんは俺の物じゃない。あの人を縛ることなんて、俺には出来ないんだ。ああ本当に、情けない。

 中庭にある自販機置き場の屋根の下で、俺は蹲りながら溜め息を吐いた。

 泣きたい。こんなんじゃ犬失格ですかね、凜さん。


「何してるのよ」

「……っ!?」


 反射的に顔を上げると、凜さんがいた。俺のこと、追いかけてきたのか?

 でも、なんで?


「虎太郎、あんた私のこと見た瞬間に逃げたでしょう」

「……そ、それは……」

「そんなに嫌だった? 私が他の男にちやほやされてるのが」

「……す、すいません……」

「謝れなんて言ってないわ。私は嫌だったのかって聞いたのよ?」

「……嫌、でした……」

「どうして?」

「凜さんが好きだからです。だから、俺……見ていられなくて……」

「そんなんで明日、平気なの?」

「……約束、ですから……」


 凜さんはジッと俺を見たまま動かない。

 ごめんなさい、凜さん。本当は凄く嫌です。明日なんて来なければ良いって本気で思ってます。俺以外の男に囲まれた凜さんなんて見たくないです。このまま、貴女と二人でいたいです。

 でも、そんなこと出来る訳がないから。だから、俺は逃げ出したくなるんです。


「虎太郎のそういうところ……昔と変わらないわね」

「……」

「チビで鈍臭くて、苛められていたときのあんたはいつも逃げてばかりだった」

「……はい」

「今度は、私からも逃げる気?」


 悔しい。貴女にそこまで言わせてしまう自分が情けない。

 俺は、凜さんから逃げたくはない。でも、実際に逃げてしまった。言い訳なんてないし、出来ない。

 大雨が降る中、凜さんはゆっくりと屋根の下から出ていった。

 俺は、彼女を追いかけることが出来なかった。


 最低だ、俺。


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