case10.犬飼虎太郎

第1話


 ああ、そうやって貴女は俺を虜にする。


 解っててやってるんですか?

 本当に貴女って、罪作りは人ですね。


 ああ、本当に。

 愛してやまないよ……



 ◇◆◇



 誰もいない教室で俺は今、凜さんとキスしてる。

 無理やり顔を上に向かされてるせいで首がちょっと痛いけど、それ以上に彼女の唇の柔らかさに頭がおかしくなりそうだ。

 どうして凜さんが俺にキスなんかしてきたのかは解らない。彼女は俺を恋愛対象として見ていないって言ったのに、なんでキスなんて。

 でも、そんなこと今はどうでもいい。凜さんの温もりを、感じていたい。

 俺の唇を、凜さんが食らおうとするみたいに啄んで、吐き出す息まで呑みこまれていく。


「……っ、はぁ……」

「……こたろー」


 はい、って返事をしようとしたら凜さんが俺を後ろに押し倒してきた。隣の机に頭をぶつけたりしたけど、痛みよりも先に凜さんの熱を感じて痛覚を鈍らせた。

 凜さんは俺の上に乗っかって、俺の口を貪って、何度も何度も噛みつくようなキスをする。たまに本気で噛まれてるけど。

 でも、本当に何で? どうして凜さんはこんなことをするんだろう。薄れゆく理性をどうにか繋ぎ止めて、俺は考える。何かがスイッチになった? 俺が彼女の脚を舐めていたから? でも、いつもの凜さんならそのまま興奮した俺を放置して帰りそうなのに。

 凜さん、貴女が何を考えてるのか。俺には解りません。でも、そんな貴女が好きです。

 だからもっと、俺を惑わせて。もっと、俺を狂わせて。貴女の熱で、俺の頭ん中全部グッチャグチャに融かしてよ。


「……虎太郎、もっと口開けて……舌、出して」

「は、い……りんさん……」


 凜さん、息が荒い。息も熱くて、俺の口ん中火傷しそう。

 言われたとおりにすると、凜さんは更に俺の口ん中を貪った。舌に吸い付かれて、口の中で唾液が混ざり合って、飲み切れない。

 何度も唇の角度を変えられて、歯列とかまで舐めまわされる。変な感じがするけど、俺の体は興奮の一途を着実に辿ってって、今にも爆発しそう。自制心なくしたら凜さんを襲っちゃいそうで、必死にギリギリのところで我慢してる。この状態、褒めてほしいです。俺、待てが出来てます。


「……柔らかい」

「え?」

「あんた、口は柔らかいのね」

「……そう、ですか?」

「ええ。ちょっと、癖になりそうだわ」


 俺なんかより凜さんの方が柔らかいですよ、色々と。

 さっきから胸とか思いきり当たってるし、唇だって俺なんかより全然柔らかいし、顔に触れる髪の毛の感触とかだって、くすぐったいけど気持ちいい。ヤバいですよ、俺。色々限界ですよ。

 本当に凜さんはズルい。貴女の全てが俺を喜ばす。冷たい言葉も、意地の悪い言葉も、触れる手も、何もかも。貴方の全てが愛おしくて、貴女の全てが欲しいのに、貴女は決して俺のものにはならない。

 いや、それでいいのかもしれない。手に入らないものだからこそ、恋しくなる。手を伸ばして、求めたくなる。貴方は俺の憧れだから。

 愛おしいよ、恋しいよ。欲に塗れた俺の想いを、貴女は許してくれるでしょうか?


「……」

「……?」


 凜さんが動きを止めた。どうしたんだろう。何か考えてるような表情をしてる。

 凜さんは俺の顔から視線を下に反らし、胸元を見た。俺の胸見ても何もないですよ。そう思っていたら、彼女が俺のネクタイを外した。

 え、なに?

 今度は何をするんですか?

 彼女は俺のネクタイを取ると、それで俺に目隠しをした。本当にこの展開は何なんだ。どういうことか訊こうと思ったら、凜さんが俺から離れていった。待って、このまま放置ですか?


「り、凜さん?」

「そのまま、動いたらダメよ」


 あ、よかった。すぐ近くにいた。

 そのことにホッとしたら、不意に耳元に息を吹きかけられて体が思いっきりビクッと飛び跳ねた。


「り、凜さん!?」

「ふふ、視界を奪われると神経が過敏になるって本当ね」

「っ、り……凜さ、ちょっ……!」


 暗闇の中、彼女の手が俺のシャツのボタンを外していく感覚に身震いする。手の動きとか、服の擦れる音とかが俺の神経を異様なくらいくすぐってくる。これは、かなりヤバい。

 ボタン全部外され、胸がはだける。そこに、凜さんの手が触れた。首筋から、鎖骨、そして胸元へと。指先でくすぐるように撫でられて、俺の理性とかもうメチャクチャです。頭が沸騰しそうです。


「感じるんだ? 男のくせに、胸触られて」

「り、さ……凜さんが、触れるから、です……」

「私のせいにしちゃうの? 悪い子ね」

「す、すみません……」


 そう言いながら、凜さんの指が俺の胸を撫でまわす。そして、熱い息が触れたかと思ったら、今度はもっと熱いものが触れた。

 凜さんの唇だ。舌先が肌に触れて、滑らせるように何度も俺の胸を舐めてくる。時折、首筋に吸い付かれて、微かな痛みとくすぐったさに身が捩れる。

 俺、完全に今、受け身だよね。男としては情けない状態なんだろうけど、好きな人にこんなことされて喜ばない男はいないと思うんだよね。ただ、変な声が出て恥ずかしい。


「……っ、ぁ……はぁ」


 凜さんのクスクスと小さく笑う声が聞こえてくる。その声にもドキドキしてしまう。息遣いとか、そんな些細な音までもが俺の聴覚を刺激して欲情を煽ってしまうんだ。

 目の前が見えなくても凜さんがそこに居るのが解って、どんな顔してるんだろうって想像しただけで興奮する。貴女は今、どんな顔で笑ってますか?

 いつもみたいな、妖艶な笑みを浮かべているんでしょうね。そして、こんな俺の情けない姿を見て、馬鹿だなって思ってるんでしょうね。

 俺、馬鹿ですよ。大馬鹿です。だって、尋常じゃないくらい貴女に惚れてるんですから。同い年の女の子に頭が上がらないくらいにね。

 でも、結構前に凜さん言ってくれましたよね。こんなバカみたいな俺のこと嫌いじゃないって。

 俺、その言葉嬉しかったんです。凜さんのことが好きな俺のこと、嫌いじゃないって。だから俺、凜さんが好きです。

 愛してます。


「虎太郎」

「はい……?」

「文化祭の時、私から目を離してはダメよ」

「え……?」

「もし私が他の男にナンパとかされても黙って見ていなさい」

「……そ、れは……」

「虎太郎。私の言うことは?」

「絶対、です……」


 ああ、本当にズルい。どれだけ俺に「待て」をさせるんですか。

 解ってます。所詮俺は、貴女の犬なんです。

 貴方に骨の髄まで飼い慣らされた、忠犬です。


 わん。


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