第3話



 黙って私のいうことだけを聞いてなさい。


 貴方は私のもの。

 それが、全てでしょう?


 ◇◆◇



 帰り道。いつも通り虎太郎にカバンを持たせて駅まで歩いていく。道中、虎太郎の顔は真っ赤なまま。ちょっと目が合っただけで恥ずかしそうに視線を反らしちゃってさ。そういうところ、可愛いとは思うけど面白くはないわね。あんたは私のことだけ見ていればそれでいいのよ。

 昔からそうだったんだから。虎太郎はずっとずっと、飽きもせずに私だけを見てた。今でも変わらず、異常なんじゃないかって思えちゃうくらいあんたは私を見てる。好きだから、見てるのよね。

 正直、私は今まで誰かに恋愛感情とか抱いたことがない。虎太郎のこと、好きだとは思うけど恋愛ではない。あくまでライクであってラブじゃない。そうね、友達以上恋人未満って言葉が一番合ってるかしら。

 でも、虎太郎は違う。私に対して確かな感情を抱いてる。恋愛感情を。性的な感情を持ってる。

 虎太郎と恋人同士、ね。ちょっと想像できないけど、他の奴よりかはイメージできる。でもそうなりたいとは今の段階では思えそうにはない。だって虎太郎は、そういうんじゃないのよ。単に私が彼に依存したくないだけなのかもしれないけど。でも、今の状態でも十分私は依存しているようなものよね。ちょっと放置するのもいいかしら。


「虎太郎」

「はい、凜さん」

「あんた、私のことが好きだって言ったわよね」

「え、あ……はい……」


 また顔を真っ赤にしちゃって。高校生にもなって中学生みたいな反応しないでちょうだい。イジめるわよ。


「私、あんたのこと恋愛対象として見たことないわよ。きっと、これからも変わらないかもしれない」

「はい……解ってます」

「あら、何を解ってるのかしら?」

「凜さん、俺のこと好きじゃないだろうなってこと。ずっと一緒にいたから、解ってます。それでも俺は、こうして一緒にいれるだけで十分ですから」

「あんなにイジめられてるのに?」

「はい。凜さんになら何されても平気です。てゆうか、凜さんにされることなら何でも嬉しいです」

「変態」

「はい」


 相変わらず素直だこと。そういうところは嫌いじゃないわよ。そういう素直さが、むしろ好き。だからこそイジめがいがあるってものよね。

 愛すべきバカって虎太郎みたいな奴のことを言うのかしらね。そういえば、虎太郎ってばイジめられて喜ぶような変態だけど見た目は格好良い方だからモテるのよね。告白とかされててもおかしくないんだけど、その辺はどうなのかしら? まぁ、虎太郎は私のものだから誰かと付き合うなんて許しませんけど。



「あ」


 駅前に着くと、私は見知った人の後ろ姿を見つけた。

 どうしようかしら、もたもたしてたら見失っちゃう。


「虎太郎、今日はここまででいいわ。じゃあね」

「え、凜さん!?」


 私は虎太郎からカバンを奪うように取って、人混みの中に入っていった。

 この人混みの中でも目立つ金髪を見つけ、駆け足で追いかける。


「先輩……常盤先輩!」


 私が呼びかけると、先輩が振り返り立ち止まってくれた。やっぱり、先輩だった。

 私のバイト先で先月まで一緒に働いていた常盤一臣ときわかずおみ先輩。金髪に長身っていう目立つ見た目で、バイト先のコンビニではかなりモテていた。彼女がいたって話は聞いたことないんだけど。


「おお、凜。久しぶりだな」

「はい。先輩が辞めて以来だから一ヶ月くらいですかね」

「もうそんなか。元気にしてるか?」

「はい。先輩も相変わらず元気そうですね」

「まぁな。今からバイトか?」

「いえ、今日は入ってないです」

「じゃあ、お茶でもしてくか? 奢るぞ」

「本当ですか? ありがとうございます」


 私たちは駅中にあるカフェに入ってお茶することにした。

 常盤先輩ってば、やっぱり目立つなぁ。こうやって話してるだけで横を通っていく女性たちが振り返っていく。モデル顔負けのビジュアルに金髪じゃあ無理もないわよね。ちょっと優越感。

 虎太郎もカッコいい方だし、駅前で黙って立ってれば逆ナンくらいされるんだろうけどね。でもヘタレだからきっと狼狽えちゃってダメ。先輩みたいにスマートにいかないとね。

 それから私たちは他愛もない話や学校のこと、先輩の勤め先の話なんかをした。先輩は聞き上手だし話し上手だから、話してて楽しかった。何となく先輩には付き合ってる人がいるような口ぶりがあったと思えたんだけど、それに関しては私が追及するのもなんだと思ったから止めておいた。


 どれくらい話したかな。一時間ちょっとくらい? 気付けば外も暗くなってきたので先輩が家まで送ってってくれた。あれかしら、彼氏がいたらこんな感じなのかなーなんて思っちゃったわ。でも先輩は先輩。やっぱり恋愛対象にはならないわね。楽しいしカッコいいけど、ドキドキしたりしないもの。

 じゃあ、恋愛って何なのかしら。何だか、よく解らなくなっちゃった。



 ◇◆◇



 次の日。駅まで迎えに来た虎太郎にカバンを持たせて、私たちはいつものように学校へと向かった。

 なんか、変ね。虎太郎、いつもより表情が固い。何かあったのかしら。もしかして、昨日のこと? 私が先輩を追いかけていったの見てたのかしら。だとしたら嫉妬ってこと? あら生意気。でもちょっと面白い展開だわ。その何とも言えない顔、ちょっとそそるわ。

 そういえば、私が中学の時にクラスメイトの子に告白された時もそんな顔していたわね。怒ってるような悲しそうな、複雑な顔。その顔には本当に背中がゾクッとして、変な高揚感を得たのを覚えてる。

 泣かせたくなるのよね、虎太郎の顔って。大人びてからはもっとそんな気持ちが強くなっていったわ。もっともっと、私のことで頭がいっぱいになって破裂でもすればいいのに。もっともっと、私を愛せばいいのに。

 ふふ、なんてね。

 学校に着き、教室に入ると真奈たちが黒板の前に集まって盛り上がっていた。

 何かしら? そう思ってみんなのところに近付いてみた。そうしたら、私に気付いた笑顔で真奈が手招いた。そんなことしなくても行くわよ。


「おはよう、何かあったの?」

「文化祭の出し物、決まったわよ」

「あら。何になったの?」

「メイド喫茶よ」

「メイド喫茶? なんか今更な感じするけど……」

「勿論、ただのメイド喫茶じゃないわよ。あんたが主役!」

「は?」

「この学校で一番の人気を誇る我が校の姫を使わずして何をするっていうのよ。題して、お姫様攻略喫茶」


 何それ。何でそんなことになってんのよ。

 真奈の話を聞くと、どうやら基本的には普通の喫茶店らしい。だけど、特別メニュー的なものを作って、それを運ぶのが私の役目らしい。まぁ、ただ単に運ぶんじゃ意味がないとのことなんで虎太郎にするみたいに女王様っぽく客で遊べって。それ、お店間違えてない?


「なんで私がそんな面倒なこと……」

「絶対に人気出るわよ? 実行委員に企画案出しに行ったら、絶対に行きますって言われたし」

「はぁ?」

「あんた、自分の人気わかってないんじゃない?」


 ちょっと待ちなさいよ。実行委員に企画出したってことは、もうそれ決定なの? 私の許可なく?

 でも、決まったことなら文句も言えないわね。他の企画案もないし。客で遊んでいいっていうなら、とことん弄んでやろうじゃないの。どうなっても私は責任を負わないわよ。

 そう言ったら、特別メニュー頼む時点で客はそういうこと期待してるんだって。言われてみればそうね。


「り、凜さん……」

「なに?」


 さっきまで黙っていた虎太郎が口を開いた。なに、さっきよりも面白くなさそうな顔してるわね。


「今の、やるの? 凜さん……その、喫茶店で……」

「何? 何か不満?」

「……いえ」


 何、もしかして私が他の男に構うのが嫌だとでも? 虎太郎にも独占欲があったのね。そういう態度取られたら、ますますやる気が出てきたわ。あんたの嫌がる顔が見れるなら、やってやらないこともないわね。

 お姫様攻略喫茶。まぁ、くそダサい名前は変えてほしいんですけれど。



 ◇◆◇



 放課後になり、教室には私と虎太郎だけになった。

 何となく残ってみただけで特に理由はないんだけど、ちょっとお話でもしようかと思ってね。さっきの態度のこととか。


「凜さん、帰らないんですか?」

「帰るわよ。それより、虎太郎」

「はい」

「今日、ずっと不機嫌だったじゃない。どうして?」

「え……」

「今朝からずっとじゃない。私、何かしたかしら?」


 そう言うと、虎太郎はシュンとした表情を浮かべた。またそんな犬みたいな顔しちゃって。


「で、なんでなの?」

「それは……」

「虎太郎。私の言うことは」

「絶対です」

「だったら言いなさい。なんで不機嫌なのか、その理由」


 大体予想は出来てるけどね。それでも本人に言わせたい。じゃないと面白くないじゃない。本人が言いにくいことを敢えて言わせる。当然よね。


「……その、凜さんが」

「私が?」

「……ほ、他の人にも俺と同じようにするのが、なんか嫌で……」

「私、あんたのものじゃないんですけど?」

「解ってます。俺がこんなこと思うのは間違ってるって。でも、嫌だと思ったんです。凜さんの言葉は、俺だけに向けていてほしいから……昨日も、男の人を追いかけていったみたいだし……その、もしかしたら彼氏なのかなとか……」


 やっぱりね。昨日のことは先輩に悪いから否定するけど、文化祭の件はちゃんと受け入れるわよ。今更やりませんなんて言えないし。みんなが盛り上がってるところに水を差すのも嫌だからね。

 私、自分に不利益になるようなイジり方はしないのよ。


「虎太郎。あんた、そんなに私が好き? 誰にも取られたくないくらい?」

「……はい」

「言っておくけど、昨日会ったのはバイト先の先輩よ。それ以上も以下もない。そこは先輩に悪いからちゃんと否定しておくわ」

「そう、だったんですか」

「でも、喫茶店の件は引き受けるわ。文句があるなら、みんなが納得するような案を出しなさい」

「……は、はい。すみません」

「ったく。そんなことで気分を害すなんてダメね。ずっと機嫌の悪そうな顔で後ろ付いてこられたら迷惑よ」

「……すみません……」

「悪いと思うなら、しっかり私のご機嫌でも取ってもらおうかしら」


 私は机の上に座り、右足を虎太郎の前に差し出した。言わなくても解るわよね?

 虎太郎は黙って床に膝をつき、私の脚を持ってゆっくりと顔を近付けた。そして、彼の唇が私の脛に触れた。そしてそのまま足の甲へと唇を這わせていく。なるほどね。やっぱりあんたは、そういう奴なんだ。

 知ってる? キスする場所にそれぞれ意味があるのよ。

 唇なら愛情、額なら友愛、耳なら誘惑。

 そして、脛は服従。足の甲なら、隷属。ふふ、あんたって根っからのドエムなのね?


「文句も言わずに跪いて足にキスできるなんて、本当に変態ね? 虎太郎」

「凜さんが、それを望むなら」


 お決まりの決まり文句ね。でも、嫌いじゃないわ。

 足の先で虎太郎の顎を持ち上げると、真っ直ぐに私を見つめてきた。そう、それでいいのよ。あんたは私だけを見ていればいい。


「舐めて」


 そう言えば、虎太郎は何の迷いもなく私の脚に口付けた。

 黒のストッキングの上から、虎太郎の唇の感触を感じる。爪先を生温かい舌が這う。何だろう、この下半身の疼き。ドキドキして、背筋がゾクゾクして、異様な興奮に全身が包まれていく。

 それは虎太郎も一緒のようね。昨日と同じ顔をしてる。犬みたいに人の脚舐めて興奮してるなんてね。あんたの唾液でストッキングが肌に張り付いて変な感じだわ。

 虎太郎の口から足を離し、私はストッキングを脱いだ。腰元からゆっくり、見せびらかすように。

 太腿まで脱いで素足が見えると、虎太郎の喉からゴクっと息を呑む音が聞こえた。さすがにサービスが行き過ぎたかしら? でも、そこで我慢しなさい。黙って見てなさい。

 途中まで手で下したストッキングを、あとは爪先で引っ張るようにして脱いだ。

 虎太郎の目の前で。


「取って?」


 足の先に引っ掛けただけのそれを、虎太郎に脱がさせる。虎太郎の手が私の脚に直接触れて、優しく硝子を扱うような繊細な手付きでストッキングを爪先から外した。

 そして、素足となった状態で虎太郎の口元に爪先を持っていく。今度は直接、虎太郎の熱を肌に感じる。唇や舌の生々しい感触が足の上を這って、くすぐったいような不思議な感じに身体が震える。

 指の間に、足の甲に。触れる舌の感触と虎太郎の吐息が掛かって、そこからぬるま湯に浸かったみたいなじんわりとした暖かさが全身に広がっていく。虎太郎の荒くなっていく息も、熱い手の感触も、全てが私の興奮を煽る材料。

 あんたの本当に唇、柔らかいわね。その体格からは想像も出来ないわ。

 ねぇ、どれだけ柔らかいのかしら?


「虎太郎」

「はい、……っ」


 顔を上げた虎太郎の顔を掴んで、私はその唇に、唇で触れた。

 柔らかくて、熱い、あんたの唇に。



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