case9.雨宮凛

第1話


 私は、小さい頃から姫だった。

 そして今は、あいつの女王。


 それは、いつまでも変わらない。

 私の命令は、絶対なのよ。



 ◇◆◇



 夏休みが明けて一週間。とある高校の教室での昼休み。私は机の上に座り、足を組んで人を待っていた。

 遅い。いつまで私を待たせる気なのかしら。この私を一分でも待たせるなんて、お仕置きが必要ね。


「凜さん! お待たせしました!」

「遅い!!」


 勢いよく教室に入ってきた男を私は思いきり足蹴にした。その瞬間、周囲で「おお!」と言う声が聞こえた。まぁ、いつものことですけどね。

 そんなことより、今は私の空腹の方が大事よ。私は今、とてもお腹が空いているの。


「虎太郎、私のお昼は」

「は、はい……買ってきました、凜さんの好きなプリントースト」

「よろしい」


 私の名前雨宮凜あまみやりん。そして、こいつが犬飼虎太郎いぬかいこたろう。中学の時からの私のパシリ。というかイヌね。

 昔から私にくっ付いてくるバカな奴。まぁ、良いんだけどね。便利だし、こいつは色んな意味で私の犬なんだから。

 中学の時は子犬って感じだったんだけどね、今では大型犬。中学の後半くらいから一気に身長が伸びて、中二の夏休み明けだったかしら。久しぶりに会ったら180cmとかになっててビックリしたわ。それでもこいつの私に対する忠誠心は変わらなかったけど。


「虎太郎、お手」

「はい、凜さん」


 虎太郎は大きな体を屈め、私の前に跪いて手を重ねた。

 大きな手、大きな体。それが私の前に屈しているなんて、なんて快感なのかしら。この支配感が堪らなく好き。今では190を越えた長身が、私の前で小さくなっているのよ。何でも言うことを利いて、何されても文句を言わない。他の男じゃこうはいかない。言うことを利く男なら沢山いるわよ。でも、私の心を満たす奴は虎太郎だけ。虎太郎だから、私はイジめたくなっちゃうのよ。

 わかる? 好きな子ほどイジめたくなる、この心境。


「ほら、虎太郎。ご褒美」


 私は虎太郎に飴を手渡した。これが中学の時からのご褒美。虎太郎はそれを笑顔で受け取ってくれる。これが私たちの関係。女王と犬とか、美女と野獣とか色々呼ばれてるみたい。

 正直なところ、何で虎太郎がこんなに私に懐いてるのかは解らない。普通に考えて、わつぃに好意があるからなんだろうけど、その行為が愛なのかどうかは微妙なところ。単にそういう性癖なのかもしれないし?


「コタ、髪やって」

「はい、凜さん」


 カバンから出したポーチを渡して、虎太郎に髪を整えてもらう。昔は下手くそだったけど、今ではお手の物。優しい手付きで髪を撫でるように梳かしてくれる。初めは三つ編みはおろか、普通に結うことすら出来なかったのにね。

 この光景、高校に入学した当初はみんなビックリしていたわ。まぁ当然よね。初日から私は虎太郎にカバン持たせてたり色々してたもの。今では見世物にされてる気がしなくもないけどね。


「凜さん。もうすぐ文化祭だね」

「ああ、そういえばそうね」


 そうか、もうすぐ文化祭か。何するのかしら。去年はお化け屋敷をやったのよね。それなりに盛り上がりはしたけど、今年はもっと楽しめることをしたいわ。

 他校の人や一般の人が大勢来るんだし、つまらないものは出来ないものね。それに、出し物でMVPに選ばれたら学食の食券が一年分貰えるし。

 確か去年はギリで負けたのよね。あれはちょっと悔しかったな。落ち込んでたら虎太郎が慰めてくれたんだけど、今年こそは絶対に優勝したいわ。

 そう心の中で意気込んでいると、クラスメイトの夜丘真奈が声を掛けてきた。


「相変わらずね、凜」

「あら、真奈。何のことかしら」

「はいはい。姫にとってはいつものことね。それより、もうすぐ文化祭でしょ? 何か案はない?」

「今のところはないわね」

「じゃあ、こっちからお願いしてもいい?」

「何? 何か案があるの?」

「まぁね。まだ企画段階だから何とも言えないけど」

「あらそう。じゃあ、決まったら教えて」

「うん」


 真奈はそう言って澪のところに行った。そういえば、最近あの子って直木と付き合うようになったみたいね。やっぱり女は男で変わるのかしら。澪、明らかに女の顔をするようになったもの。

 私も、誰かと付き合うようになったら何か変わるのかしら。


「はい、出来ました」

「ん」


 虎太郎に鏡を渡され、髪形を確認する。うん、綺麗に出来たわね。

 私はポーチに鏡とブラシを仕舞って、カバンに戻した。さてと、ご飯食べたら眠くなったわ。次の時間はサボろうかしら。


「虎太郎。私の分までノート取っていて」

「またサボるの?」

「あら、文句ある?」

「ないです。あとで起こしに行きますね」

「当然でしょう?」


 私は虎太郎の頭にポンと手を置いて教室を出た。今日は天気も良いし、屋上で昼寝でもしようかな。

 足早に階段を上がり、屋上へと向かった。もうすぐ授業が始まるからか、屋上には誰もいない。好都合だわ。私は給水タンクの下に腰を下ろして、一息ついた。

 いつも虎太郎が付いて来るから、学校にいるときはあまり一人になることがない。別に嫌って訳じゃないけど、たまには一人になりたくもなる。

 それにしても、今日はやたら眠い。天気がいいから? それともお腹がいっぱいだからかしら?

 壁に寄りかかり、暖かな日差しを浴びてるうちに私はゆっくりと微睡んでいった。



 あー眠い、眠い……




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