第2話
あの日から、彼は余所余所しくなった。
やっぱりあれは告白だったのだろうか。そして、彼は覚えていた訳で。
そういうあからさまな態度取られると、ちょっと気になっちゃうじゃない。
◆◇◆
まだ殆どの生徒が登校してこない早朝の時間。私はいつも通り図書室にいた。
佳山君が保健室で倒れてから、一週間。彼はあの日から三日休み、また学校に通うようになってからは明らかに私を避けるようになった。
図書室にも来なくなった。どうやら佳山君のあの言葉は紛れもなく私への告白だった訳でして、彼は返事を聞くのを徹底して拒んでるみたい。
断られる。そう思っているんだろうな。確かに私は佳山君のことを恋愛対象として見てないし、告白されたからっていきなり意識は出来ない。
よくある恋愛物なんかでは告白されて直ぐ付き合ったりしてるけど、そういうのには共感できない。よく知りもしない人と付き合うなんて私からしたら有り得ない。どっかの小説か何かで告白されたら付き合うのは当然みたいなこと書かれていたけど、それは間違ってると私は思ってる。好意を寄せる相手に対して軽はずみな気持ちだけで付き合うなんて不誠実だ。
友達はこういう考え方を真面目すぎるって言ってたけど、私は軽い気持ちで恋愛なんてしたくない。人から好かれるって、誰かを好きになるって、そんな軽々しく扱っていいものではないでしょう?
だから、佳山君ともちゃんと向き合って返事をしたいんだけど、如何せん彼があの様子では話も出来やしない。困ったものだわ。
そうだ。彼の友達の芦原君に協力してもらえないかな。彼ともちゃんと話はしたことないけど、このモヤモヤした気持ちを抱えたままにはしたくないし。そうしよう。
そう思って、私が図書室を出ようとカウンターから立つと、ドアがガラッと大きめの音を立てて開いた。
「あれ、誰もいねーじゃん」
「え、小早川先輩!?」
「おお、井塚ちゃん。久しぶり!」
彼は
私とは部活も委員会も違って、全く接点のない彼だけど、先輩もよく図書室に顔を出すことが多くて何となく親しくなった。同じ理由で図書室に頻繁に通っていた佳山君も先輩と仲が良い。
でも、卒業した先輩は何で朝早くから中学に来てるんだろう。
「先輩、どうしたんですか?」
「うん? いや、ちょっとね。野暮用ってやつ?」
「はぁ……でもなんで図書室に……」
「だから、それが野暮用。確認したら帰るから、気にしないでいいよ」
そう言って先輩は奥の方へと行ってしまった。読みたい本でもあったのかな。でも、高校にだって図書室くらいあるだろうに。ここじゃなくちゃいけない理由があったのかな。
私が図書室を出ようとすると、奥の方から先輩の声が聞こえた。
「井塚ちゃーん。悠季は元気ー?」
「……この間、風邪でお休みしてましたけど今は元気になったみたいですよ」
私が答えると、先輩が本棚からひょこっと顔を出した。
その顔はどう言葉にすれば正しく表現できるのか分からないが、とりあえず腹立つくらいニヤニヤしてる。
「二人はもう付き合ってんの?」
「は?」
「あれ、まだ?」
「まだも何も……」
「えー、あいつ、まだ告ってないのかよー」
呆れた顔して、先輩が私の方に来た。
え、先輩は知ってるの? 佳山君が私を好きだってこと。私、ついこの間知ったばかりなのに。
「せ、先輩は何でそう思うんですか?」
「だって、見てて解るじゃん。悠季のヤツ、態度があからさまだもん。で、井塚ちゃんの方はどうなの?」
「……この間、告白されたんですけど……返事はまだしてないです。彼、風邪で休む前だったし、その後も避けるようになったし……」
「あーあ、相変わらずのヘタレだなー。それで、井塚ちゃんは悠季のことどう思ってるの?」
「どうって……それまでちゃんと話もしたことなかったのに、いきなり付き合うとかは……」
「まぁそうだよな。じゃあ断るんだね?」
「はい。そのつもりですけど……それから普通の友達として付き合うことは出来るでしょうか?」
「……それは、ちょっと酷じゃないかな?」
「……ですよね。振った私がそんなこと言うのはダメですよね」
「でも、井塚ちゃんがそう思うなら正直に伝えてみたらどうかな? それをどう受け止めるかは悠季次第だよ」
そっか、そうよね。友達になりたいと思うし、佳山君と小説とかマンガの話をしたいなって気持ちはある。もっと早く彼と話をしてみればよかったかな。今更後悔しても遅いんだけど。
私が少し俯いて黙っていると、先輩がポンと頭に手を置いた。そういう子供っぽい扱いは好きじゃないけど、先輩のそういう気遣いは嫌いじゃない。お兄ちゃんがいたら、多分こんな感じなんだろうな。
「先輩、付き合うってどんなですか?」
「んー? どんなかな。俺も最近ようやく本命を落としたところだからね」
「そうなんですか? 先輩、彼女いるって聞きましたよ」
「デマだよ。俺、中学の時から熱烈片想いしてたから」
「……あの」
「はいはい?」
「人を好きになるってどんなですか?」
「んん? どんなかな? 俺もわかんないや」
「え?」
「だって、そんな簡単に言葉に出来るような気持ちじゃないから、人は悩むんでしょう?」
そういう、ものなのか。小説に書かれてる表現とは違うのかな。ううん、そんなこともないか。よく言葉に出来ないって書かれてるし。それが、そういうことなのかな。
でも、私にはやっぱり解らないや。異性に対してそういう風に思ったことないし。
「……話、聞いてくれてありがとうございました。少し楽になったような気がします」
「どういたしまして。それより、問題は悠季だな。ね、俺がアイツを呼んできてやろうか?」
「え? でも先輩、高校は?」
「休みだよ。だから来たの。それより、悠季って何組?」
「に、二年三組です。私、同じクラスなので……」
「そうなんだ。それなのに避けてるの? やだー、悠季くんってば感じ悪ーい」
先輩は口元に手を添えて、からかうような口調でそう言った。
「じゃあ、放課後に教室残るように言っておくから。井塚ちゃんも放課後残っててね。俺に出来るのはそこまでですよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
先輩はポンポンと私の頭を軽く叩いて図書室を出ていった。
卒業しても先輩は先輩なんだな。頼りになるし、ああいうこと嫌味なくできちゃうのがカッコいい。
「……放課後、か」
先輩はいつ佳山君に話をするのかは解らないけど、とにかく放課後に佳山君と話をしないと。ちゃんと自分の気持ちを伝えないと。私の、正直な気持ち。
後悔しないように。
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