case8.井塚舞

第1話



 最初の印象は変な人。

 本が好きそうには見えないのに、毎日図書室に通ってる変な人。

 それから本を借りるとき、いつも私から目を逸らす。

 私が嫌いなのか、単にシャイなのか。


 本当に、変な人。



 ◆◇◆



「佳山君、佳山君! 大丈夫!?」


 朝の図書室。いつも通り図書委員の仕事を済ませてからカウンターで本を読んでいたら突然やってきた彼。そして、唐突に倒れてしまった。

 真っ赤な顔で、息も荒い。これ、完全に風邪じゃない。よくこの状態で学校まで来れたものだわ。とにかく、私一人では彼を運べない。誰か先生を呼んでこないと。

 それに、倒れる前に佳山君が言った言葉。あれはどう受け取ればいいのかな。

 好きって、私のことでいいのかな。でも勘違いだったらイヤだし、佳山君。意識が朦朧としてたっぽいからなぁ。

 とりあえず、佳山君を保健室に連れていかないと。私は先生を呼びに行って、佳山君が倒れたことを伝えた。それからのことは先生に任せ、私は教室へと戻った。本当は保健室まで付いて行きたかったんだけど、先生が教室に戻れって言うものだから仕方なく言うとおりにした。

 大丈夫かな。かなり具合悪そうだったし、心配だな。休み時間になったら顔見に行こう。


 一時間目が終わって、私は保健室へと向かった。ドアをノックしてから中に入ると、保健の壱村いちむら先生がデスクで何か仕事をしていたけれど、私に気付いてその手を止められた。

 話を聞くと、やっぱり夏風邪だったみたい。ご両親に連絡して、今から病院に行くそうだ。熱も相当高かったみたい。昨日会ったときはそんな風に見えなかったけど。


「先生。佳山君、大丈夫ですか?」

「ああ。熱は高いけど、病院行って薬を処方してもらえばすぐ良くんじゃねーか? 若いんだからな」


 壱村先生は美人な女の先生。ちょっと口が悪いのが玉に瑕だけど、そういうところが親しまれて生徒たちから人気がある、良い先生だ。

 先生とちょっと話をしていると、校内に放送が掛かった。その内容は壱村先生に職員室まで来るようにとのことだった。多分、佳山君の両親が来たのだろう。少しの間、彼のことを見ていてと私に頼み、先生は保健室から出ていった。

 私は、ベッドに眠る佳山君のそばへと歩み寄った。かなり苦しそう。呼吸もツラそうだし、さっきより顔も赤くなってる。

 そっと、佳山君の額に手を添えてみた。うわ、凄く熱い。本当に大丈夫なのかな。


「……う、ん……」

「あ、佳山君?」


 起こしちゃったかな。でも、少し身じろぎしただけで起きてはいないみたい。良かった、さすがに起こしちゃうのは悪いわよね。

 それにしても、佳山君は本当に私のことが好きなのかな。そうだったとして、なんて返事をしたらいいんだろう。佳山君とは今までちゃんと話したことなんてないし、彼のことよく知らないし。断るにしても、なんて言えばいいのか。

 今まで告白なんてされたことないから、こういうとき何て言うのが正解なのかが解らないわね。私、佳山君とはこれから友達として仲良くしたいなって思っているんだけど。やっぱりダメ、かな。

 恋愛って、あまり経験ないんだよね。私は本読んでる方が好きだし、他のことに時間割きたくはないし。恋愛小説も好きだから結構読んだりもするし、ああいう風に誰かを想ったり想われたりっていうのも憧れる。

 でも、いざ自分がそういう風になったときのことが想像できない。自分が誰かに愛されるとか、自分が誰かを愛すとか。全然、イメージできない。佳山君から告白されたのだって、今でも半信半疑。改めて訊いてみないことにはどうしようもないかな。


 それから暫くして、壱村先生が佳山君のお母さんと一緒に保健室に戻ってきた。佳山君のお母さんは私にお礼を言って、彼と一緒に病院へと向かった。壱村先生も付いて行くそうで、私は教室へと戻ることにした。

 今日は、佳山君は図書室に来ないんだ。それはそれで少し寂しい気がしなくもない。学校の図書室の利用者なんてそんなにいない。今は電子書籍が多いし、それに学校にはマンガもラノベも置いていない。堅苦しい本に興味を持つ子は、正直少ない。

 そんな中、佳山君は一年の時から頻繁に図書室に通っていた。週に一回は必ず本を借りていくし、イメージだけで決めつけてしまったけど、彼も本が好きなんだなって思うようになった。

 でも、彼が図書室に通っていたのは、私がいたからなのだろうか。いや、それは自惚れすぎか。さすがに恥ずかしい。


「……好き、か」


 何だろう。不思議な気分だ。誰かに想われるって、こういう気持ちなのかな。なんとなく、心がくすぐったいように感じる。それに照れくさい。

 なんか、今なら何か書けそうな気がしないでもない。私、小説書いてみようかな。ずっと自分でも書いてみたいと思っていたんだよね。でも、自分の気持ちを言葉にするのって結構難しくて、何度も書いては消してを繰り返してた。

 でも、今なら何か出来るような気がした。この気持ちを言葉に出来たら、初めて知ったこの感情を言葉に出来たら、何かが一歩だけ進展する気がした。これも佳山君のおかげかな。


 とりあえず、彼への返事を考えなくちゃ。



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