第3話



 もっと、近付きたかっただけなんだけどな。



 ◆◇◆



 井塚さんと本屋で会った後、俺は彼女がオススメだと言った小説を家帰ってすぐ読んだ。

 それは、ガッツリファンタジーでゲームの中の世界で魔法とか使って戦う話。まさにラノベって感じの雰囲気で、井塚さんが読んでるところが正直言って想像できない。

 でも、これで井塚さんのことを知れた。休日の井塚さんを見れた。これだけで大収穫だ。

 それに、これ読んだら井塚さんと話が出来る。読んだ感想を井塚さんに言って、またオススメの本を教えてもらう。うん、完璧じゃん。最高じゃね? 俺、今からリア充出来ちゃうんじゃね?

 いやいや、調子に乗ったらダメだ。だって感想言うにしても、俺は井塚さんに話しかけられるか? 今日みたいに出来るか?

 今日は偶然で、たまたま話が出来たから良かったけど、俺から彼女に話しかけるってことが出来るか?

 考えてもみろ。それが出来ないから俺は一年も井塚さんとろくな会話も出来ずにいたんだぞ。でもせっかく井塚さんがくれたチャンスなんだ。これを無駄にしたら一生俺は後悔する。芦原にもバカにされる。

 とにかく、明日だ。明日、井塚さんに会ったら声を掛けよう。面白かったよって、それだけでもいいから言おう。

 俺は一晩で買った小説を全て読み、頭の中で何度も何度も彼女との会話をシュミレーションした。

 まずなんて声を掛けるか、本の感想をなんていうか、それから普通の雑談。聞きたいこと、話したいことを頭の中で整理しよう。そうすれば、スッと言葉が出てくるかもしれないじゃないか。

 この世に無駄なことなんてないさ。そうさ、そう信じよう。


 翌朝、俺はいつもより早い時間に家を出た。別に緊張して眠れなかったとかそんなんじゃないから。

 俺の家から学校までは十分ちょい。朝から無駄に暑い通学路を歩き、自分が通う中学へと向かう。

 なんかフラフラする。何だよ猛暑って。寝不足の体に鞭打つようなことするなよ太陽、俺の自業自得とか言うなよ。

 結構早い時間に出たと思ったけど、学校にはもう朝練をしてる生徒たちが部活をしていた。頑張るな、運動部。俺は早くクーラーの効いた教室に行きたい。それで、井塚さんが登校してくるのを待つんだ。


「……ん?」


 俺の上の棚が井塚さんの靴を入れる場所なんだが、もう靴が入ってる。ってことは、もう来てるのか? こんな早く?

 今なら人も少ない。これは話をするチャンスだ。俺は駆け足で教室へと向かったが、そこには誰もいなかった。ってことは、図書室か。本当に本が好きなんだな。

 俺はカバンを置いて、図書室へと向かった。そこには、いつものようにカウンターで本を読んでる井塚さんがいた。こんな朝早くからご苦労なことだ。朝から図書室に来る奴なんているのか?

 いや、いるからこうして井塚さんがいるんだよな。

 音を立ててドアを開けると、井塚さんがこちらを向いた。少し驚いた顔をしたけど、おはようと言って笑いかけてくれた。


「お、おはよう。早いんだね」

「まぁね。佳山君こそ、こんな朝からどうしたの? 借りた本、もう読み終えたの?」

「いや、そっちはまだ……」

「じゃあ、どうしたの?」

「えっと……」


 昨日、あれだけ頭の中でシュミレーションしたのに全然言葉が出てこない。ダメだ、やっぱり緊張してしまう。

 何か言えよ、俺。何のためにここに来たと思ってる。男を見せろ。ヘタレを返上しろ。


「ねぇ、佳山君」

「へい!?」



 声が裏返ってしまった。ヤバい、本当に恥ずかしい。どうしましょう。井塚さん、必死に笑い堪えてるじゃん。

 もうヤダ、逃げたいです。多分俺、今顔真っ赤だよ。メッチャ顔熱いもん。尋常じゃなく熱いですよ。


「ふふ、昨日の小説はもう読んだ?」

「え、ああ、うん。全部読んだ、よ」

「もう? 早いのね。どうだった?」

「面白かったよ。その、うん。面白かった……」

「そっか」


 違う、違うんだって。俺が言いたいのはこんなことじゃないんだよ。確かに面白かったけど、それだけじゃないんだって。

 心理描写とか言葉の使い方っていうか表現の仕方っていうのかな。そういうのも良かったんだ。読んでて話の世界に夢中になっちゃってさ、それで寝れなかったってのもあるし。

 俺のイメトレは無駄だったのか。せっかく井塚さんが話しかけてくれたのに。俺、自分が情けないよ。そのせいかな、頭が重いし痛い。最悪だ。俺、もうダメなんだよ。


「……佳山君、大丈夫?」

「え、なにが?」

「何って、顔赤いよ?」

「そう、かな。外暑かったからじゃない?」

「そう? 熱中症には気を付けないとダメだよ。それに、夏風邪にも気を付けないとね。私の従弟も夏風邪引いたって言ってたわ」


 井塚さん、普通に話してくれてる。優しいな、俺みたいな奴と話をしてくれるなんて。本当に、本当に君のこと好きになって良かったよ。


 ああ、本当に……ダメかもしれない。


「井塚さん……」

「なに?」


 俺、もう限界です。


「すきです」

「え?」


 そこで俺の意識は途切れた。

 俺、今なんて言った?

 それで、どうなった?

 何がどうなって、どうなった?

 ダメだ。頭がガンガンして何も考えられない。


 井塚さん、こんな情けない俺を許してください。



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