case4.戸枝藍

第1話


 なんで。

 なんで、なんでなんでなんでなんで、なんで?


 どうしてわかってくれないの。私には、貴女だけなのに。


 なんで、どうして?

 どうしてなの?



 ◆◇◆



 真奈からのメールが来てから三日。私は初めて彼女からのメールに返信をしなかった。いつもは直ぐに返すけど、今回はどうしても返事が出来なかった。

 真奈からのメールには、春待さんに私たちのことを伝えたってことと今度彼女と会ってみたらって内容が書かれていた。

 なんで、そうなるんだろう。

 私は、他の人なんてどうでもいいのに。真奈以外の人になんて興味ないのに。

 どうしてなの。どうして真奈には、私だけじゃないんだろう。真奈は春待さんの話をしてるとき、楽しそうにしてる。

 なんで?

 私がいるのに、どうして?

 私より、その子といる方がいいの?

 ああ。私、嫌な子。真奈の友達に対してこんなこと思うなんて。

 でも、私には真奈しかいないんだよ。他に何もいらないんだよ。だからお願い、真奈。私だけのものでいてよ。


 授業中、私は真奈のことばかり考えて何にも集中できなかった。その日はテストがあったのに、結果は散々。これじゃあ真奈に怒られてしまう。でも、真奈が悪いんだよ。あんなメールを送るから。真奈のバカ。バカバカバカ。

 この間、真奈と会った時のことをいつも思い出す。いっぱい真奈に抱かれて、愛されて、物凄く幸せだった。

 今でも真奈が触れた感覚が私の中に残っている。唇の感触とか、今でも体中に真奈の温もりがある。夜だって真奈の触れた感触を思い出して慰めてる。そうでもしないと、私は狂ってしまいそうになるの。真奈が、いつもいつも足りないの。毎日一緒じゃないと、我慢できないの。ううん、一秒でも離れてしまったらダメになっちゃうの。それくらい、私は常に真奈を欲してる。


 授業を終え、寮に戻ってきた私はベッドに寝転がり、携帯を出して真奈からのメールを見た。あれから毎日、真奈はメールをくれてる。

 大丈夫?

 どこか具合でも悪いの?

 まだ怒ってるの?

 大丈夫じゃないし、具合は悪くないし、真奈が変なこと言うせいで私はダメになりそうだ。

 でも、私自身真奈と連絡を取らない状況はツラいし心苦しい。このままの状態を続けたら、唯一会える日曜日だって会えなくなっちゃうかもしれない。そんなのはイヤ。

 真奈。私はね、真奈なしでは生きていけないの。真奈に会った日から、私は真奈しか見ていなかった。


 あの日。私にとっては忘れられない特別な日。

 まだ私たちが5歳の夏。私は初めて真奈の家に預けられた。

 その頃からお母さんが働きに出始めて、夜に子供が一人でいるのは物騒だからって友人である真奈のご両親の家に預けられた。

 そこで、初めて真奈に出逢ったの。


「はじめまして、よるおかまなです」

「……」

「あいちゃん、だよね? よろしくね。あいちゃん」


 私は人見知りで、最初は真奈や真奈のご両親とも話が全然できなかった。

 何を聞かれても首を縦か横に振るくらい。それくらいしか出来なかった私に、真奈はとても優しくしてくれた。ずっと話しかけてくれたし、話をするときも一方的じゃなくて、ちゃんと私の返事を待ってくれる。幼いながらに気遣いができて、なんだかお姉さんみたいだなって、その頃の私は思ってた。


「あいちゃん。またきてね」

「……うん。まなちゃん」


 初めて会った時の別れ際。物凄く寂しかった。帰りの車の中で泣いてたら、お母さんがまた会いに行こうねって言ってくれた。

 あの頃のお母さんは優しかった。だけど、段々とお母さんは変わっていった。今までより化粧は濃くなっていったし、帰りも遅くなった。送り迎えの車の中でも家でも会話が無くなった。それから暫くして、お父さんとお母さんの喧嘩も増えて、私が真奈の家に預けられる回数も日に日に増えた。

 私は仕事が忙しいだけだと思ってた。でも、本当は違った。両親の浮気と共に二人から私への関心がどんどん薄れていった。二人の間から私っていう存在が消えていくのが解った。

 お父さんとお母さんは、互いに似てる私のことを見るのが嫌になったの。だからお父さんは私を置いて出ていったし、お母さんもずっとお父さんに似てる私が嫌だったんだろう。再婚してから、私のこと全く見なくなった。義父は義父で最低な人だった。母がいないとき、やたら私の体を撫でまわして、いやらしい目で見てきた。だから私は真奈の家に毎日のように遊びに行った。


 そして、夏休み。私はこの日を一生忘れはしない。私の今までの人生は、この為にあったんだって。私は、この為だけに生まれてきたんだって、本気でそう思った。

 義父が休みになったある夏の日。私は真奈の家に泊まりに行ったの。そして、いつも通り真奈の部屋で普通にテレビを見ていたとき、急に真奈が私の顔をジッと見てきて、不意に唇を重ねてきた。

 ビックリした。ビックリしたけど嬉しかった。最高に嬉しかったの。真奈が熱っぽい目で私を見て、私の体中を愛してくれた。あの義父が触るのとは全然違う。あの人に触られた時は本気で気持ち悪くて吐き気がしたけど、真奈に触られてるときは心から幸せだった。

 私のガリガリの体を真奈が必死に求めてくれて、たくさんたくさん愛してくれた。求めてくれたの。無我夢中で、私に愛撫を施す真奈が愛おしくて、もっともっと触れてほしかった。

 たくさん私を愛して。たくさん私を求めて。私を真奈だけのものにして。


「藍……藍、好きよ。藍……!」


 ああ、真奈。本当に?

 本当に私のことを?

 私も、私も真奈が好き。大好き。愛してる。私、きっと真奈のために生まれてきたの。

 そう、絶対。真奈にだけ愛されるために生まれてきたのよ。本当よ?


「真奈……好き、好きよ、愛してる、真奈。真奈、真奈……!」


 本当に、幸せな時間だった。まだ幼い体を必死に求めあって、そんな知識なんてロクにないのに私たちは生まれた時から知っていたみたいに互いの体を愛したの。

 当時の私の体は恐ろしいくらい貧相だったけど、この時から真奈は女性の体になりつつあった。ふっくらした胸とか、腰の括れとか。いつか、私もこんな風になるのかな。そしたら、真奈はもっと私を愛してくれるかな。

 窓を閉め切って、クーラーの効いた部屋の中で、私たちは求め合い、愛し合い、誰にも内緒で大人になったの。


「藍……私、藍が好き。だからね、恋人になろうよ」

「……本当? 私のこと、真奈の恋人にしてくれる?」

「うん。幼なじみも、友達も親友もイヤ。恋人がいい」

「うん、うん……私もそんな関係イヤ。だって私、真奈が世界で一番好きなんだもの」

「じゃあ、約束しよう? これは、私たちだけの秘密。大人には絶対言っちゃダメ。私もお母さんには絶対に言わないから」

「私も。誰にも言わないよ。私たちだけの秘密。私と真奈だけの、秘密」


 秘密。私たちだけの、秘密。

 これで、私たちはずっと一緒よね。これから先も、ずっとずっと、一生。


 なのに、運命は残酷なの。お母さんが私をついに家から追いやった。寮のある高校に無理やり通わせて、帰ってこないでねって言った時の顔は酷いものだった。でもいいの。帰りたくなんてないから。長期休暇の時は真奈の家に泊まるし、貴女の顔なんて見たくないわ。

 だから、それに関しては別に良かったの。ただ真奈と同じ学校に通えなかったのが嫌だったし、真奈も同じ気持ちだと思ってた。

 でも、違ったのね。真奈は私のいない学校でも平気そうだし楽しそうだし、私がいなくても何とも思っていないみたい。

 なんでなの?

 ねぇ、真奈。私たちのことは私たちだけの秘密なんじゃなかったの?

 ねぇ、どうして? ねぇ、ねぇ? なんで、なんでなの、真奈。真奈……

 あの約束は何だったの?

 本当に真奈は私が好きなの?

 誰よりも?

 一番好き?


 真奈のこと、疑いたい訳じゃないんだよ。疑いたくないの。私、真奈が誰よりも好きなんだよ。

 本当だよ。でも、不安なの。怖いの。真奈が私の傍にいてくれないと、何も出来ないの。

 助けて、真奈。私の傍にいてよ。今すぐ、早く、ねぇ!


「……真奈、真奈……まなぁぁ……」


 涙が溢れてきた。怖いよ、苦しいよ。真奈に会いたい。

 会って、手を繋いで、キスして、抱きしめて。壊れちゃいそうなくらい、激しく私を抱いてよ。心が壊れちゃうくらい、愛してよ。

 私、真奈になら何されたっていい。それくらい真奈を愛してるんだよ。真奈の全てが手に入るんだったら死んでもいい。私の世界は、真奈だけいればそれでいいの。真奈なら、わかってくれるよね? 私がどれだけ真奈を愛してるか。わかるよね?


 ねぇ、真奈……


「う、うう……まな、まなぁ……あ、あああ……!」


 こんなに大泣きしたの、いつ振りだろう。

 確か、この寮に住み始めた時くらいだったかな。真奈に会えなくて寂しくて、物凄く泣いたっけ。それで夜中に寮を抜け出して真奈の家に行ったの。終電のせいで途中までしか行けなかったから三駅分は歩いたかな。足が痛くて、何度も挫けそうになりながら真奈に会いたい一心で夜中の街を歩いたの。かなり怖かったけど、真奈がいないことに比べたら全然平気だった。

 そして、やっとの思いで真奈の家にたどり着いたときにも私は大泣きした。やっと会えた。もう一生会えないんじゃないかって思えたから、真奈に会えたのがスゴくスゴく嬉しかった。

 その後、寮から実家に連絡が言ったせいでお母さんに物凄く怒られたけど私は真奈に会いたくてまた何回も抜け出しては真奈の所へ行った。そしたら真奈が、何度も怒られる私に言ったの。


「藍。そんなこと繰り返してたら、いつか本当に会えなくなっちゃうかもしれないよ?」

「え……ヤダ、そんなのイヤよ!」

「だからね、休みの日に必ず会おう? 毎週日曜日、絶対」

「そんなの、我慢できない」

「でも、藍の学校遠いから毎日は無理よ」

「でも……でも、ヤダ」

「じゃあ、こうしよう? 一週間我慢出来たら、ご褒美あげる」

「ご褒美……?」

「そう。何でも好きなこと叶えてあげるよ。藍がちゃんと学校通って、ちゃんと勉強して、寮も抜け出したりしなければ、日曜日に藍をいっぱいいっぱい甘やかしてあげる」

「本当?」

「うん。本当、約束」

「……わかった。約束する……ちゃんと約束守るから、だから……」

「うん。私も約束守るよ。藍が満足するまで、お願い叶えてあげる」

「……うん」


 真奈は、私だって藍に会えないのはツラいんだから我慢してねって言ってた。だから私も我慢しようって思った。そしたら真奈は私を愛してくれるって、約束してくれた。

 それから私は真面目に学校に通った。一週間も真奈に会えないのはツラくて苦しかったけど、会えなかった一週間分、真奈が私を愛してくれるから耐えられた。耐えられたのに、耐えてこれたのに。

 なんで、こんなことになるのかしら。真奈には、私が要らないの? なんで他の子と仲良くしてるの? 嫌よ、そんなの。ダメよ、他の子が真奈に好かれるなんて絶対にダメ。ヤダ、イヤだ。嫌だよ、真奈。真奈、真奈!


「…………まな……」


 私は三日ぶりに真奈にメールを送った。無視してごめんなさいって。それで、ちゃんと約束通り日曜日に会おうねって。

 真奈。私の気持ち、解らないなら教えてあげるよ。どれだけ私が真奈を愛してるか。教えてあげる。


「ふふ……好きよ、真奈ぁ……」




 わたしだけを、あいしてよ。



 まな。




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