case3.夜丘真奈

第1話


 あの子には、私だけ。


 私にも、あの子だけ。


 だから私たちは、ずっと一緒なの。



 ◆



「へー。それで付き合うことになったって訳?」

『うん。それで、彼女って何をしたらいいのか解らなくて……真奈、私に彼女というものを教えてくれないか?』

「教えるって……あんたね、彼女って仕事じゃないんだから」


 きっと真面目な顔して訊いてきたんだろう、電話口の向こうにいる相手を想像して私は思わず吹き出した。

 今電話しているのは中学の時からの友達、春待澪。

 こいつ、ずっと澪を付け回していた直木って同級生と付き合うようになったらしい。

 聞けば、今日の昼休みにそいつとずっと屋上でキスやら何やらしてたとか。聞いてて口から砂糖吐きそうだったわ。お前ら、授業サボって何してんだよ。

 それにしても直木、いきなり口の中を弄るとか良い趣味してるじゃないの。顔合わせたら釘刺しておかないと。


『真奈。どうしたら直木君は喜ぶかな』

「そうね。ベタに弁当でも作ってあげれば? あいつ、そういうのに弱そうじゃん」


 それで喜ぶようなら、今度あいつに何か奢ってもらおうかね。弱みは既に握った訳だし。

 電話の向こうで澪が「お弁当か」って呟いてる。この子、料理上手いから絶対に喜ばれるだろうな。

 中学の時の調理実習で先生が絶賛していたくらいだし。

 私もその辺のレストランなんかより澪の手料理の方が上手いと思うし。


 澪は私に礼を言って、電話を切った。

 それにしても、まさか本当にあの子が直木と付き合うなんて思わなかったな。

 澪、異常なんじゃないかって思えるくらい恋愛とかに疎かったから。

 堅物な祖父の影響か、俗世のことにトンと疎くて。だから目が離せないというか、一緒にいて面白いんだけども。

 まぁ、これであの子にも人並みの恋愛感情が芽生えたんだし、お互いに恋人がいる者同士で恋バナとか出来るだろう。

 まぁ、その前に私はあの子に言わないといけないことがあるんですけど。


 携帯を充電器に繋ごうとしたら、私の好きな歌のオルゴールverが流れた。

 これは、私の一番好きな子からの着信音。

 そして、私が親友に内緒にしてるたった一つの隠し事。


「はーい、もしもし。何、どうしたの? ……藍」



 ◆



 数日経って、今日は日曜日。

 私は地元の駅前で待ち合わせしていた。予定の時間よりも少し早く着きすぎたかな。携帯でメールをチェックしながら人を待った。

 私の名前は夜丘真奈。普通の家庭で育って、普通の高校に通う、ごく普通のどこにでもいる女子高生。中学からの友達は普通と言っておきながら少々、いやかなり変わってるけど私は本当に普通の一般女子高生。

 唯一、人と変わってるところがあるとするならば、親友にも内緒にしている恋人のことくらいだ。


「真奈!」


 私を呼んだのは、私が待っていた人物。私の、恋人。


「藍、早かったね」

「そういう真奈こそ、待ち合わせの時間より早いじゃない」

「ちょっと早く着きすぎちゃって。行こっか」

「うん!」


 彼女・・は私の恋人、戸枝藍トエダアイ。幼少時からの幼なじみであり、私の彼女だ。

 これが私の秘密。恋人が女性ということ。マイノリティであるが故に人には言い出せない秘密となっている。

 元々、私たちは普通の友人だった。まだ小学校に上がる前、彼女の両親がうちの両親と知り合いだったため、親が共働きで家にいない間は私の家で藍を預かっていた。最初は週に数回。それが段々と増えて、彼女が自宅に帰る日の方が日に日に減っていった。


 その理由は、私たちが中学生になった頃に知らされた、子供には残酷な事実。

 最初は仕事で忙しいからだったが、後に母親が仕事先の人と浮気をしてしまい、その当て付けと言わんばかりに父親も愛人を作って家を出て行ってしまったらしい。直ぐに離婚して藍は母親に引き取られたが、再婚相手と折りが合わないらしくてよく私に泣き付いてきたっけ。


 そんな彼女と私が恋人同士になったのは、中学時代のある日。

 義父と上手くいかなくて私の家に泊りに来た、夏の日。その頃、丁度夏休みに入ったばかりで義父も会社が休みだったために朝から逃げ込んできた時だ。

 もううちの子になっちゃえば、なんてお母さんが藍に言うのも最早日常茶飯事。ていうか、藍がうちで過ごした時間の方が断然長いんだから、もううちの子みたいなものだ。

 自室で昼ドラを見ながら適当に時間を潰していた私たち。いつものように藍は私の肩に頭を乗せて、安心しきった顔で眠そうにしていた。家ではロクに寝れてないんだろう。目の下に隈が出来ている。

 そんな彼女を見てたら、私は何でか薄ら開いた唇に自分の唇を重ねていた。なんでか、その理由は今でもわからない。ただ唐突に藍が愛おしくなったんだ。そんな雰囲気でもなかったのに彼女のことは欲しくなって、私のものにしたくなった。

 藍も、私を拒もうとはしなかった。それどころか望んで私を受け入れた。だから私は、彼女の体中に無我夢中で愛撫していった。私が男だったら、彼女を私のものに出来たのに。その証を体に刻み込めたのに。

 この唇に、この頬に、この細い首筋に、この慎ましやかな胸に、この華奢な腰に、この真っ白い脚に、その秘めた彼女の熱情に。全てを、刻み込みたい。私だけの、藍にしたい。幼いながらに、そう思った。


 藍、藍、藍。


 とにかく藍が欲しかった。彼女を守れる存在になりたかった。それは、幼い頃から思っていた気持ち。そして、今でも変わらない気持ち。でも昔よりもずっと、ドロドロした感情も混ざってる。下心が混ざってる。

 強い日差しの下、私たちはお互いを求めていた。まだ幼い体を重ね合わせ、誓った。一生、一緒にいようって。


 それから私たち、付き合うようになった。親にも内緒で、恋人同士になった。大人になったら一緒に暮らそうって。そして、ずっと永遠に一緒にいようって。

 大人と呼べるかは解らないけど、大学生になったら二人で暮らす予定だ。だから、高校生のうちにバイトしてお金を貯めようって約束もしてる。



 それが、私たちの関係。内緒の、秘め事。


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