第2話



『あ、やっと告白したんだ』

「知っていたのか?」


 その日の夜、私は真奈に電話で直木君に言われたことを相談したら軽いノリでそう言われてしまった。

 どうやら彼の気持ちは分かりやすいものだったらしい。


『あれで気付かないのはあんたくらいだよ』

「そうなのか?」

『顔に好きですって書いて歩いてるようなもんよ、アイツは』

「全然分からなかった……そんな話は一度もしたことなかったし」

『そりゃそうでしょ。あんたにその気がないのに告白したって意味ないじゃない。まぁ、さすがに気付かな過ぎるから告白する気になったんだろうけど』


 呆れた声が聞こえてくる。

 気付かなかったものは仕方ないだろう。私にとって恋愛とかそういう色恋はずっと先の話だと思っていたし、自分が誰かに好かれるなんてこと想像すらしてこなかった。

 しかも、直木君は私と違って目立つ人だ。

 聞いた話だと中学の頃から人気があったとか。陸上部のエースで、告白されることも多かったらしい。


『彼女がいたって話は聞いたことないけどね』

「そんな彼がなんで私みたいな地味な女を好きになるんだろうな」

『知らないわよ。まぁ、ある意味でアンタは目立つ方だけど』

「私が?」

『そりゃそうよ。アンタみたいな天然記念物』


 凄い言われようだな。私は目立つようなことした覚えないのに。

 確かに真奈や他の子に比べたら今時らしさみたいなものはないけど。

 いや、それがいけないのだろうか。しかし今さら言葉遣いや性格を変えることはできない。それに自分のこと性格を他と違うからと言ってそれを恥じたりしていない。これはお祖父さん譲りのもの。尊敬する祖父に似ていると言われたこと、誇りに思ってる。


『てゆうか、直木からの告白にどう答えたの』

「答えるも何も……電車を降りる間際に言われたから……」

『そう。で、なんて返事するの?』

「返事……どうすれば良いんだろうか」

『……』

「真奈?」

『いや、澪が悩むなんて珍しいなって。なるほど、直木の行動も意味があったみたいね』


 確かに、私はあまり悩んだりはしない。

 だから今、ちょっと困っている。こんなに答えの出ない問題にぶち当たったことがない。

 好きか嫌いかで答えを出すのなら、嫌いではない。

 嫌いだと思ったら一緒に登下校もしていない。話もしない。話してて不快だと思ったことはない。

 でも、好きかどうかと聞かれたら分からない。

 だって好きという感情が分からないのだから。


「真奈……確か付き合ってる人がいるんだよな?」

『ええ。学校は違うけど』

「教えてほしい。好きという感情は、どういうものなんだ?」

『また難しいこと聞いてくるわね……そんなの人それぞれじゃないの』

「その、参考にしたい」

『うーん……言葉で説明できるものじゃないのよねぇ。気付いたら好きだった、って感じだし。一緒にいたい、とか……他の人に取られたくない、みたいなものかしら』

「気付いたら……うーん……」


 さっぱり分からない。

 どういうことなんだ。自然と湧いてくる感情というものなのだろうか。

 要は怒りや悲しみ、喜びのようなものだと思っていいのか。

 それにしたって、分からない。

 今自分が抱えてる感情が何か、名前が付けられない。


『まぁ少なくとも今のアンタは、直木のこと意識してるのは間違いないわね』

「そう、だな……今は彼のことばかり考えてる」

『それだけ聞くと、なんかもうって感じなんだけど……明日、直木とちゃんと話し合ってみれば?』

「ああ。その方がいいかもしれない。私一人で悩んだって答えは出そうにない」

『私から言えることもそうないし、それが一番ね』

「ありがとう、真奈」


 それから暫く雑談をして電話を切った。

 真奈に相談して少しは気が楽になった。でも、解決にはなっていない。だから私は明日、ちゃんと直木君と話し合わないと。

 それにしても、みんなはこんな風に愛や恋に悩んでいるものなんだろうか。

 分からない。

 昔、真奈に借りて読んだ少女マンガも主人公の気持ちが今一つ理解できなかった。

 親と一緒に見てた恋愛系の映画やドラマもストーリーとしては面白いと思うことがあっても、人物に感情移入することはなかった。

 私は、人としての感情が欠落しているんだろうか。


 直木君。君のせいでモヤモヤしたままだ。

 私は、こんな感情知らない。

 胸が苦しい。

 知らない感情が、全身を支配してるみたいだ。

 気持ち悪い。でも、悪い気分ではない。

 これは、何なんだ。

 君に話せば、何かが分かるんだろうか。

 少しでも、この気持ちを理解できることがあるんだろうか。


 教えて。

 教えてよ、直木君。





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