あなたが私に惚れる理由がわかりません。
のがみさんちのはろさん
case1.春待澪
第1話
恋をしたことがない。
愛されるとは、何。
愛するとは、何。
家族へのそれと、どう違うのか。
そんなこと、学校では教えてくれない。
調べても理解ができない。
みんなが当たり前のようしていることなのに、私には未知なることの様な気がして仕方ない。
これは、私がおかしいの?
わからない。
何もわからない。
あなたが私に惚れる理由がわかりません。
■ □ ■
「春待さーん、おーはよ!」
「おはよう、直木君」
「昨日の課題終わった?」
「下校前に終わらせた」
「さすがだね。あとで教えてくれない? 俺、全然分かんなかった」
いつもの電車。同じ車両の、同じ時間帯。決まったその場所に彼は乗ってくる。
私、
初めて声を掛けてきたときの言葉は今でも覚えている。
「春待さんの下の名前、澪って言うんだ。俺、理生だから響きがちょっと似てるよね」
いきなりそう言われて、驚きはした。
でも確かに似てはいると思ったから、「そうだな」と言葉を返した。
それから彼は暇さえあれば私に声を掛けてくる。
朝も私が毎日同じ時間帯の一番前の車両に乗ることを知ってから、彼も同じようにその時間その場所に乗ってくるようになった。
私も彼のことが嫌いとかそういうこともないので、わざわざ時間帯や車両を変える気はない。だから必然と一緒に登下校をするようになってしまった。
「おはよう、澪。相変わらず仲良しね」
「真奈、おはよう」
玄関で靴を履き替えていると、後ろから眠そうな顔をした友人が声を掛けてきた。
彼女は中学の頃からの友達で
「お疲れ、ストーカー直木くん」
「アハハーおはようの代わりにぶん殴っちゃうぞー」
「アッハハー図星かよー」
「春待さんに変な誤解生む前にやめてくれよー」
「今更じゃん。直木の気持ちなんてもうバレバレなんだし」
二人が仲良さそうに話してる。
私と話してるときよりも会話が弾んでいるように見える。
それなのに何故彼はこんなにも私に話しかけてくるのだろうか。
正直、謎で仕方ない。
まず私から彼に話しかけたことは一度もない。つまり私たちの会話は彼から声を掛けてくれることで成り立っている。
これは悲観でも何でもなく、私はつまらない人間だ。特に秀でたものもないし、口数も多くない。
現に彼と話してても私は相槌を打ってることの方が多い。周囲に合わせた会話というのが苦手なんだ。
特に私は幼い頃から祖父母に育てられたせいで、最近の話に疎い。
直木君は、こんな私と話して何が楽しいんだろう。
なんで彼はいつも、笑顔で私と接しているんだろう。
「ハッ。春待さん、本当に勘違いしないでね。俺、本当にそういうんじゃないから」
「何の話だ?」
「澪、話聞いてなかったでしょ」
「すまない。私の話をしていたのか?」
「……うん。いや、聞いていなかったならいいんだよ。早く教室行こう、春待さん」
やっぱり謎だ。
不思議でならない。
教室に入ると、彼の友達が次々と話しかけていく。
男子も女子も、彼に声を掛けていく。
所謂、人気者だ。
人の顔の造形などに興味がない私でも、彼の顔立ちは良い方だと思う。
真奈が言うには直木君はモテるそうだ。
そんな彼が、私にしつこく声を掛けてくるのは何故なのか。
いくら考えても理解できない。
だから、私は直接聞いてみることにした。
「え?」
「だから、君は友達も多い。私なんかより他の人と一緒にいた方が有意義だろう?」
「……えっと、え?」
帰りの電車の中、私の問いに彼は困った顔をして首を傾げた。
何がそんなに疑問なのか、直木君はさっきから目を白黒させている。
私はごく普通のことを聞いたつもりだったのだが、どうやら彼を困らせてしまったようだ。
しかし、何が腑に落ちないのだろう。私にはそこが不思議なのだが。
「あの……春待さん。もしかしなくても、気付いてない?」
「どういうことだ?」
「あ、あーそっか。そうなんだーマジかー……そんな気はしてたけど……マジかぁ……ちょっとくらいは意識してくれてるかなーとか思っちゃってたけど……そっかー」
直木君は両手で顔を覆い、ガックリと肩を落としてる。
気付いてない、ということは私が彼の何かを理解していないということだろう。
今まで彼の話は一応ちゃんと聞いていたつもりだ。その会話の中に今の私の問に対する答えがあっただろうか。
いや、彼の話は何でもない日常の話が主だった。私に関する話題はなかったと思う。
じゃあ、なんだ?
何が彼をそうさせるんだ。
時間は有限だ。その貴重な時間を割いてまで私と話をする理由。
数多い友人を差し置いて、私一人と会話をする理由。
駄目だ。思いつかない。
「えっと、春待さん? そんな難しく考えなくても良いんじゃない?」
「気になったことを放っておくと気持ち悪くならないか? 私はそういうのが嫌なんだ」
「その気持ちはわかるけどさ……ちょおーっと恥ずかしいというか、さ……」
恥ずかしい?
私と話をすることが恥ずかしいということなのか?
だったら、ますます不思議だ。
いや、待て。もしかして彼は、特殊な性癖の持ち主なのかもしれない。
「君はマゾヒストというやつなのか」
「ゴメン、春待さん。ちょっと冷静になろう」
違うのか。
少し自信があったんだが。
「じゃあ、嫌がらせとか? あ、ストーカーというやつか」
「そんなつもり全然ないから。マジで夜丘の言うこと真に受けないで。てゆうか、もしかして迷惑だった?」
「いや、そんなことはない」
「そう……なら良かった。とにかく、そういうマイナスなものじゃないんだって。むしろ、逆なんだけどさ」
残念。全問不正解といったところか。
真奈にもよく言われるが、私はどこか人とズレているらしい。
私的にはそんなつもりないし、ごくごく平凡な人間であると思っていた。
だが、ここまで彼の気持ちに気付いてあげられないところをみるに、やっぱり私はちょっとズレているみたいだ。
やはり、私は人の気持ちに疎い。
今まで関心を持たずに来たのが悪かったのだろうか。まさかここまで悩まされる日が来るとは。
「えーっと。あのね、春待さん。まぁ、春待さんの性格からして気付いてないのは薄々分かってはいたんどけどさ……なんて言うか、そういうことに関心なさそうだったし」
「そういうこと?」
そうやって濁されるから余計にわからない。
もう少し分かりやすい言葉で説明してくれないものだろうか。
いちいち回りくどいんだ、君は。
普段はあんなに達者に喋るというのに。
「直木君。私は君への理解が足りないようだ。申し訳ないが、ハッキリ言ってくれないか」
「いやぁ、それは……ううーん」
もうそろそろ直木君が降りる駅に着いてしまう。
車掌のアナウンスがもうじき到着することを告げている。
右側。私達が立っている側のドアが開いてしまう。
「春待さん、あのね」
ドアが開く間際。
彼は私の耳元で一言だけ呟くように言って、電車を降りた。
その場に一人残された私は、その言葉を何度も頭の中で繰り返す。
なんで。
どうして?
その言葉の意味が、私には理解できなかった。
「春待さんのことが、好きだからだよ」
あなたが私を好きだと言う、その理由が分からない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます