第65話 レニャの過去 2

「あ、いや、彼女はまだ奥さんでは……」


 アレクが顔を真っ赤にしながらボソボソと言っているのを見てロイと女の人が笑っている。


「はじめましてリアナと呼んでね。アレクの言うようにまだ奥さんではないの、ずっと待ってるのに全然プロポーズしてくれないのよ? だからこの子は残念ながら私たちの子どもではないの。ねっ?」


 頬を膨らましたリアナさんの様子をみて、アレクの顔はますます赤くなっていった。

 目つきの悪い子は表情を変えることなくハイハイと相槌をうっている。


「……コラード。よろしく」


「彼女達もここ施設で暮らしているんだ。君たちに渡していた花は2人からもらってたんだよ」


「そうなんだー!」

「私たちあのお花大好きだったの。いつもありがとう!」

「え、お前女の子なの?」


「……そうだけど?」


 ひっ、余計なこと言うから目付きがさらに悪くなった。わたしも思ったけど、それは気付いた時点で言ってはいけないよ。


「どうみても女の子だろう。コラードの可愛さがわからないのか?」


 アレクが心底驚いていた。短い髪と目つきの悪さで勘違いしたけど、女の子と聞いてコラードを見れば確かにきれいな顔をしていた。

 アレクに可愛いと言われてコラードはプイッと顔を背けた。耳が赤い、もしかして照れてるのかな。


「アレクはコラードがかわいくてしかたないからね」


「ほんと、妬けちゃうくらいだわ」


「もういいから! それより君たちの名前は? こっちの自己紹介は終わったよ……ってなんでそんな微妙な顔してるの?」


「この子たちには名前は無いんだ」


「ロイ、何言ってんの? 名前がないってそん事ないだろ?」


「名前なくても別に困らないから」


「いや、困るでしょ。アレクってそんなバカだったっけ?」


「バ、バカ…….!?」


 理由……。アレクが名前がないっていう理由はたぶんわたしなんだと思う。

 薄々気づいていたけれど知らないフリをしていたんだ。だから聞かなかったんだなぜ治療してるのかも、みんなが誰なのかも。知りたくないって心の奥がいってたから。

 みんながわたしを気遣ってるのもわかってた。

 今まで興味津々に聞いていたみんなも下を向いて黙ってしまった。ロイだけがわたしから目を逸さなかった。


「アレク、それは無理があるよ。今日はソフィに君たちの過去を知ってほしいんだ」


 ソフィ?


 ロイはわたしの横に座って目線に合わせるとそう呼んだ。


「君の名前はソフィなんだ」


 頭では別の誰かを呼んでいるようだと思った。だけどそれとは反対に体中がドクドクと脈をうちはじめた。

 聞きたくない、聞きたくないよ。


「こんなに早く伝える気はなかったんだ。きっと戸惑ってしまうと思う、だけど知っておいてほしいんだ。君たちがここ施設から出る時のために。その時の協力者としてリアナとコーラルにも来てもらったんだ」


 ――――施設から出る。


 予想もしない言葉にばっと顔をあげた。それはこの回復装置の中に入っているみんなも同じだった。


「あと一月ほどで君たちの魔力回路が修復する。そうすれば、もう一度魔力を使うことができるようになるんだ。魔力さえ戻ればここから逃げる事は可能なはずだから。だからソフィ話を聞いてほしいんだ」


「そういうことか……」


 コーラルが呟いた。


 それからロイはグッと一度息を飲み込むと静かに告げた。


「君たちはこの施設で生まれたんだ。僕たちが生み出した」


 その瞬間頭の中にかかっていたモヤが消えた。さっきまでの嫌悪感は一気に消え頭がスッと冷えていった。


 そうだ、わたし達はこの施設で生み出された精霊だ。 


 わたし達は不思議な機械に毎日魔力をあげてた。ロイが機械を動かすと体の中から、ゆっくりと魔力が抜けていくの。

 日を追うごとに集めた魔力は段々と形になっていって、優しく光るその塊が少しずつだけど大きくなるのが面白くて、わたし達は競うように魔力を渡していたけど2人はいつも辛そうしてた。

 わたし達の魔力量はあまり多くなかったから、1日にとれる量は少なかったと思う。それでも体がきついと言えばすぐにやめてくれた。


 外を見たことのないわたし達に、ロイやアレクは沢山の不思議な話やおもしろい話をしてくれた。そんな時間が好きだった。

 部屋には沢山の花を飾ってくれてたし、わたし達は2人が好きだった。


 生まれからずっとこの生活だったからそれが当たり前だと思っていたから、好きな人たちと過ごす日々に不満なんてあまりなかった。

 あったのは自由な外の世界に憧れ。花の香りも柔らかな風の心地もなぜか知っていたから。


 ある日、初めて見る人間がわたし達に会いにきた。

 ロイとアレクが来る時間よりも早くなんとなく嫌な感じがして、わたし達は隅に体をよせあった。


 その人間は今までに集まった魔力の塊を見ていた。


「たったこれだけか、フェリクスの研究者は無能だな」


 ギラギラとした視線がわたし達を捕らえると、ニヤリと笑って機械を動かすと一気に魔力を奪いとった。

 苦しくてやめてほしいけど声も出ない。

 ロイとアレクならこんな事しないのに……。

 吸いとられた魔力はいつもより早いスピードで形を作っていった。


「ふん、人工精霊ではこんなものか」


 魔力を限界まで吸いとられ死んだと思った。


 意識を失う前に見たのは、ロイとアレクが必死にわたし達の名前を呼ぶ姿だ。


「思い出したよ。ロイとアレクがわたし達を助けてくれたんだね」

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