第62話 まさか

 人間の友だち……。


 精霊たちは人間に対して一体どのような感情を持っているのだろ。

 言葉を選ばずに言えば、精霊は人間に捕まり、作り出されそして命と力を奪われた。


 その真っ只中にいたレニャにとって、人間と友だちになる事ができるのだろうか。


 違和感を覚えたのは私だけではなかった。


「地下施設そのような場所で親しくしていた人がいたのですか? まして友と呼ぶ人が?」


「いましたわ。あなた方もクレル姉様と親しくしているでしょ?」


「そうだが、我々とクレルでは地下施設君たちと状況が違う」


 アルヴィンさんとクラウスさんの問う意味がレニャにはうまく伝わらない。

 クラウスさんは、一度目を閉じると質問をクレルに向けた。


「君は地下施設での事を知っていたのか? それでも人間《リゼ》と契約を?」


「リゼのペンダントの中に長いこといたから、お母様に聞いただけで直接知っている訳ではないの。それに研究を受け入れるつもりも、携わった人間を許す気もないわ。ただ、色々な人間がいるのを知っているから。私はリゼが好きだし、これからも変わる事はないと思ったから契約したの」


 確かに、クレルも人間全てを嫌いなわけではないと言っていた。おばあちゃんや私に助けられたからだと。

 だけど……。


「俺が逆の立場なら理解は出来ても納得できそうにないっす」


 イーサンが呟いた気持ちがよくわかる。


「人間だけが加害者であればな。犠牲を強いられるのは人間も精霊も力弱きものじゃ」


 ーーーーーーえっ?


 一瞬、時が止まったように周りを静寂が包んだ。

 それはクレルも例外ではなかった。


「どういう事なの?」


 フェンちゃんは、やれやれと軽く頭をかくとクレルの質問に答えた。


「そのままの意味じゃよ。考えてみるがいい、眷属を失った大精霊たちがお主のようにすべての人間が悪いわけではないなどと受け入れられると思うか? 狩られたのは精霊だけではない。幼い人間の子どもも同じように実験に加えられたのじゃ、精霊と人間によってな」


 幼い人間の子ども……?

 聞こえているはずなのに、脳が言葉を理解しようとせず全身の血が引いていく。

 胸の鼓動がドクドクと速さを増している。



「なっ」


「まさかそんな事が……!」


 真っ青になり何も答えられずにいるクレルの代わりクラウスさんが前に出た。


「フェン殿、知っている事を教えてくれ」


「2百年ほど前かの、精霊がフェリクスの王族を助けるために力を貸したのが始まりじゃ」


「2百年前? フェリクスに精霊と王族の繋がりがあった記録など残されていないぞ」


「俺も聞いたことないっす。いくつかの加護については記述が残されてますけど、フェリクスは精霊との結びつきが弱く祝福を得にくい土地って認識っすよ。それ故に、フェンちゃんが現れたとき国中が歓喜し守護神として祀ったって話っすからね」


「フェン殿、失礼いたしました。我が国民全てはあなたに心からの敬意を持っています」


 フェンリルが守護神とされたのは精霊の代わりともとれない、イーサンの発言をアルヴィンさんはすぐに訂正した。

 イーサンも慌ててフェンちゃんに謝罪したが、フェンちゃんは特に気にする様子もなかった。


「なに、かまわん。守護神など勝手に呼ばれておるだけじゃしな。話を戻すが、この森ほどではないが昔は今よりも豊富に魔力が溢れておったのじゃ。フェリクスにも沢山の精霊がおったわ。じゃか、豊富な魔力は一部の人間に害を与えた。ほとんどの人間は問題ないのじゃが魔力を体が受け付けぬ者もおったんじゃよ」


「魔力の拒否反応ですね」


「拒否反応?」


 反射的に出た言葉にクラウスさんとアルヴィンさんから答えが返ってきた。


「魔障病だ。今は対処方が見つかっているが昔はそれで命を落とす者が多数いたようだ」


「魔術を使える使えないに限らず多くの人は魔力が体内に入っても自然と馴染むんです。問題は受け付けない人です。免疫細胞が外敵とみなした魔力を攻撃し体を守ろうとするのですが、反発した魔力がその免疫細胞を壊していくのです」


「壊れたらどうなるんですか?」


「一度暴走した魔力は正常な細胞を破壊し続ける。そうなると体は弱り耐えきれぬ者は命を落とす。魔力が高い者ほどはやく」


「そうじゃ、長らく人間はそれを天の導きとして受け入れてきたがの。フェリクスこの国の王女が倒れたのじゃ。王族は魔力が高い、急速に弱りゆく娘の姿に耐えきれなかったのじゃろう。国王は癒しの力を持つ精霊を探し助けを求めた。精霊の力を借り王女は助かったが、何かしらの対価は払われたはずじゃ。それから精霊と王族は強い結びつきを持ったのじゃ」


「……フェン殿の話が本当だとするとフェリクスの歴史は書きかえられていたのか」



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