第60話 レニャ

 当然森ここに住むものだと思って精霊の意思は聞いてなかった。

 勝手に居場所がないと思い早まってしまったが、帰りを待っている仲間がいるのかもしれない。


「もしかして待っ……」


「あら、住まないの?」


「一人であんな場所におったのに何処か行く場所でもあるのか?」


 私が精霊に聞く前に、クレルは直球でフェンちゃんに至っては中々辛辣な聞き方をしている。


「行くところはありませんけど、どうしてそこまでしてもらえるのかと思いまして」


 不思議とも戸惑っているとも言い難い表情で首を傾げる精霊に悶えた……。

 もーーー! 口調は大人びているのに見た目は5才くらいなのだ、そのギャップに嫌味はなく可愛さに拍車をかけている。


 クレルに精霊のお姉さんたちとソルテ、そこに新たな可愛い精霊が加わると思うと……眼福!

 森が秘密の花園感に溢れるわ。

 はぁー幸せ。口元がヒクヒクと動くのを気合いで止めているとフェンちゃんと目があった。フェンちゃんはみんなの保護者ってところかな。

 クレルにはよく怒られているけど、見た目は渋くてダンディなおじ様なのだ。


「何を考えておるのかわからんが、リゼ、お主だいぶ締まりの無い顔をしておるぞ」


「えっ!?」


 慌てて頬を両手で押さえて表情筋を無に返すが、遅かった。クラウスさんはいつもの呆れ顔で、クレルは特に気に留める様子もない。

 アルヴィンさんに至っては様子を確かめる勇気はない。


「相変わらずだな」


「まぁ、いつもの事だわ。それより森に住むのは問題なさそうね。精霊の里からもここにたくさんの精霊が来るからもうひとりじゃないわよ」


「あっ……」


 クレルがそう言うと精霊の目にジワリと涙が滲んできた。下唇を少し突き出して涙が落ちるのを我慢している。

 一人で寂しくなかった訳がないよね。ひとりの辛さはよくわかる。きっと私とは比べものにならないほどの時間をひとりで過ごしてきたはずだ。さっきまで浮かれていた自分を殴り飛ばしたい。

 自己嫌悪に陥っていると後ろからポテポテと足音が聞こえた。


「だれ?」


 ん?


 視線を精霊から外して振り返ると、目を擦りながらふらふらとソルテが歩いてきた。


「起きたか。こやつらはクラウスの部下とこれからワシらと森に住む精霊じゃ」


「人間と精霊? 一緒にすむの?」


「はじめまして、お会いできて光栄です。イーサン・グレイグと申します」


 イーサンが森に来た時にはソルテは寝ていたので、正確な対面はこれがはじめてだ。素早く反応したイーサンは深く頭を下げて挨拶をしているが、ソルテはまだ眠いのかどこか上の空だ。

「うん」としか反応しないソルテに今度は精霊が一歩前に出た。


「挨拶が遅れてしまいましたわ。これからよろしくお願いしますわ」


 目尻に溜まった涙をサッと拭ってスカートをつまむと精霊はソルテにちょこんとおじきをした。

 その瞬間、ぼんやりしていたソルテの頬が一気にピンク色に染まって目がキラキラと輝きだした。


「だ、大丈夫ですの? 顔が赤いですわ、熱があるのでは……」


 ソルテの変化におろおろと精霊が戸惑っているが、これはもしかして……。


「森のことは色々教えてやるぞ! 困った事があったらなんでも言えよ!」


 うむ、本日2回目のフォーリンラブだ。


 ソルテの精霊への好意に気付いたイーサンが小さくガッツポーズをしている。



「ところで名前はなんて言うんだ?」


「みんなで考えているところよ」


 クレルが伝えるとソルテは目をパチパチとさせた。


「なんだ、名前ないのか」


 嬉しそうに言うソルテに少し体が硬った精霊は「えぇ、そうですわ」とだけ答えた。


 ちょっとソルテ! まさか好きな子には意地悪してしまうタイプだったの?

 私が口を開きかけた時、クレルがそっと人差し指を口元に立てて目配せをしてきた。


「おれと同じだな! おれも名前が無くてリゼに『ソルテ』って名をもらったんだ。かっこいいだろ?」


「まぁ、そうでしたの……」


 屈託のない笑顔で話すソルテに精霊も肩の力がフッと抜けたようだ。

 あぶない、うっかりソルテを叱るところだった。

 考えてみればソルテはそんな意地悪を言う子ではなかった。

 精霊の境遇に感情が少し過敏になっていたようだ。

 ごめんよソルテ。そしてクレルありがとう。


「それでどんな名前にするんだ!?」


「それを悩んでいるところだ」


「魔術部の国家予算を増額させるより難しいですね」


「いやいや、あんなに簡単に希望予算通すのは副長以外無理っすからね?」


「なっ、あんな無茶な額が通ったのか!?」


 イーサンとクラウスさんの反応からわかるアルヴィンさんの仕事出来る感がまた素敵だ!


「なぁ、レニャって名前はどうだ?」


「え?」


「おまえの白色の髪、レニャンの花にそっくりだから。かわいくてぴったりだぞ!」


 レニャンは白色の花弁がたくさん芽吹く小さくて可愛い花だ。春になると日当たりの良い場所にはいつの間にか咲いている。もう少しするとこの森にも咲き始めるはずだ。


 しかし、自然に精霊を可愛いと褒めるソルテ。

 好きな子に意地悪するタイプとは正反対だった。


「あぁ、言われてみればそうっすね」


「花言葉は可憐なる……でしたか。いい名前だと思います」


「アルヴィン、花言葉まで知ってるのか……」


 私もそれには驚いたが、ススっと離れるクラウスさんはどうかと思う。クラウスさんはいつもアルヴィンさんの横で羨ましい、離れるくらいなら変わってほしいくらいだ。


「クラウス様、花言葉は貴族の嗜みっすよ」


「なら俺には必要ないな」


「貴族中の貴族なのに何言ってるんすか」


「まったく、お主らはいつも話が脱線するの。じゃが、レニャという名はわしも良いと思うぞ」


 フェンちゃんに同意しながらクレルが精霊の前にそっと座った。


「あなたの意見はどうかしら?」


「私、その花を見た事がありませんの。ですけれど皆さんの話を聞いて、そのむずかゆいですけれど好きになりそうです。その名前いただきたいです」


「ふふっ、決まりね。よろしくレニャ」




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