第58話 イーサンの報告

 なぜおばちゃんの名前が出てくるの?


「その施設とおばあちゃんに何の関係があるんですか?」


「今はまだわからない。先生の足跡を調べていて研究施設にぶつかったんだ。イーサン」


 クラウスさんに促されイーサンが調査報告をはじめた。


「地下施設と隠し部屋には入り口を隠すための陣が施されてたっす。魔力消費と複雑さから今ではあまり使われない術式でした。そして地下施設の隠し部屋に置かれていたのがその試験管精霊っす」


「閉鎖当時に掛けられた可能性が高いですね。術式は覚えてますね? 魔術研究室にその術式を使える人物を故人を含め調査依頼を出します」


「はい」


 クレルは亡骸が入った試験管をそっと手のひらに乗せて精霊を見つめたまま静かに話を聞いている。


「それでケガの理由は?」


「試験管精霊に触れた瞬間に魔法が発動して爆発に巻き込まれました。あの! クラウス様……」



「哀れだな。体の半身を無くしこのような姿にされてなお利用されるとはな」


「利用?」


「そうじゃ、攻撃魔法が組まれていたのも調べに来た者を消すためじゃろ。精霊の研究施設、そこに調べにくる者じゃ目の前に精霊がいるならば間違いなく触れるであろう。そうやって何百年も前から人間は力あるものを欲してきた」


 フェンちゃんの冷え切った目に動く事のない精霊の姿からイーサンの姿が映った。イーサンはグッと息を飲み込んだ。


「理由はどうあれ彼のおかげでこの子の魂を精霊の郷へ送ってあげられるわ。あなたが身体中傷だらけだったのに両手にだけケガがないのが不思議だったの。自分の防御シールドを剥いでこの子に防御魔法をかけたんでしょ?」


 俯いたままイーサンは拳を握りしめている。


「……生きてたんです」


「えっ?」


「なんだと!」


「どういう事ですか!?」



「僕とイルゼが見たときは弱弱しくはありましたが確かに。保護しなければと舞い上がり気が焦って対象物の安全確認もせずに触れて……、妖精の魔力を吸って魔法が発動したんです。クレル様! すいません!!」


 俯いていた顔をあげるとイーサンはクレルに勢いよく頭を下げた。


「しっかり確認していれば、冷静に対処していれば今も生きていたかもしれません。僕のせいです」


 イーサンの辛そうな顔とクレルの悲しみが部屋に重くのしかかる。

 クレルの手に包まれた精霊にふと目を向けると、残された半分の体がサラサラと崩れている。


 森で一緒に楽しく過ごした精霊達を思い出して胸が痛む。

 同じ精霊なのになぜ。この精霊も人間にさえ見つからなければきっとあの精霊達と同じように、花や木や家族に囲まれて過ごしていたはずだ。

 ひどい……何ぜこんな事を。


 涙で霞む目の端で何が動いた気がした。

 今、指が動いた……?

 よく目を凝らして見るけれども、崩れ落ちる灰が邪魔をして錯覚なのかはっきりしない。

 その時小指がピクリと動いた。やっぱり見間違いじゃない!


「クレル! 精霊の指が!!」


 急いで告げると、クレルは片手を上げて魔力を練りはじめた。


『悠久の旅人である時の精霊よ しばしの間その時を止めよ』


 クレルが放った光が精霊の周りを回ると体から崩れ落ちていた灰が止まった。


「リゼ!!」


 クレルから試験管に入った妖精を受け取ると思いっきり魔力を流し込んだ。


 緑の魔力! お願い!!


 パーンとガラスの割れる音と共に緑と金色の光が溢れ出た。クレルに魔力をあげた時以上に魔力が吸い取られていく。

 それにしても不思議だ。

 今までと違ってはっきりと精霊に魔力が満ちているのが分かる。

 きっと助かる!




「君は本当に加減をしらないな」


 クラウスさんがため息混じりで肩をすくめている。


「リゼさん、体の調子と魔力は大丈夫ですか?」


 それに比べてアルヴィンさんはやっぱり優しい!


「はい、大丈夫です」


 結論から言うと精霊は無事助かった。

 クラウスさんのため息の理由は送りすぎた魔力が溢れて今、森が緑と金色の魔力に包まれているからだ。

 ちなみにこれだけ魔力を使ってもなんともない。むしろ森が潤い木々や花が生き生きしている事で調子が良いくらいだ。


「一度君の魔力量を調べたい」


 こわっ! なんですかその獲物を狙うような目は!

 クラウスさんの視線から逃げるようにアルヴィンさんの背中に隠れようとすると、クラウスさんがフンっと鼻を鳴らした。


「な、なんですか!?」


「アルヴィンに助けを求めるとはな。俺よりアルの方が君を調べたいと思っているはずだ、根っからの研究者気質だからな」


「アルヴィンさんはそんな人じゃありませんよ! クラウスさんと一緒にしないで下さい」


 ね! っとアルヴィンさんを見ると眼鏡をグッとあげて一瞬遠くを見た後「もちろんです」っとにこやかな返事が返ってきた。だ、大丈夫ですよね……?



「あの副長、イルゼは無事ですか?」


「ええ、左半身に爆発によるやけどはありますが命に別状はありません。リハビリは必要でしょうが……イルゼから聞きましたが、自分の防御魔法シールドを解いた上で防御付加の付いたマントはイルゼに渡したそうですね」


「共倒れは避けたかったんです。単一たんいつの防御魔法だけじゃ防げる威力じゃなかったっすから。自業自得ですけど一瞬で魔力が膨らんで死ぬかと思ったっす」


 勢いよく立ち上がったイーサンはアルヴィンさんからイルゼさんの容体を聞くと体から力が抜けたようにヘナヘナと座った。

 話の内容から一緒に調査に行った人なのだろう。


「ねぇ、イルゼってあなたの大事な人なの?」


 ぷーっと頬を膨らましてイーサンにくっついているのは先程の精霊だ。

 目覚めて助かったことに大泣きし、私たちが軽く状況を説明した後、精霊はお礼を言うとそれからずっとイーサンから離れないのだ。

 それにしても精霊ってみんなきれいだな。ぱっちりした目に長いまつ毛、すっと通った鼻筋に桜桃色の唇。美人の要素しかないが、幼さゆえのほっぺがぷにぷにという最強の装備も実装済みだ。

 うむ、可愛い。


「えっ? 仲間なのでもちろん大事……です」


 精霊にキッと睨まれて声が小さくなるイーサンに今度は目を潤ませながら「私以外の女性を特別にしないでほしいですわ」と言っている。


 おぉう、なんて女子力。

 どうやらイーサンが自らの防御魔法を解いてまで助けてくれた事に感動し恋に落ちたようだ。


「いや、さっきもお話ししたとおり元は私のせいです。それに本当に助けたのはリゼさんですから」


「そんな事ないわ! あなたは確かに私を助けてくれた、それにあのままでは私は朽ちてしまう所だった、あなたもそれがわかっていたから急いだのでしょう?」


 どうやらイーサンが急いだのは精霊の灰化を止めるのが理由だったらしい。クレルが私に託す前に精霊にかけた時の下位魔法をイーサンは1番最初に触れた時にかけていたのだ。


「クレル様の時魔法と比べたら恥ずかしくて口に出せないです」


「あら、私と比べる必要なんてないわ。あなたの時魔法が無ければ森に着く前に消えてたかもしれないもの。私からもお礼を」


「あわわわわ! クレル様までやめてください!」


「むぅー、クレル姉様、イーサンは私のものですからね」


「大丈夫、私の趣味ではないわ」


 精霊の心配はクレルによってサクッと解決された。


「こうもイチャイチャされると、あやつに腹を立てたワシがなんともマヌケじゃな」


「イーサンくれぐれも失礼のないようにな」


「うふふ、みな私たちの事を認めてくれたわ」


 イーサンの膝の上にちょこんと座ってスリスリと頬ずりしている。

 そう膝の上にちょこんと。5歳くらいの幼女が。


「羨ましいぞ、将来が楽しみだな」


「ちょっとクラウス様! 人ごとだと思って!」


「イーサンは私では嫌ですの?」


「うっ、そういう訳ではなくて……そんな目で見られても。ふ、副長助けてくださいよー!」


「人の恋路を邪魔する趣味はありません。ところで、今回の始末書は早めに出すように。そして報告事項の優先順位は徹底する様に」


「ひっ! 申し訳ありません!!」




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