第57話 ジュレの森にあったもの

「おい、そのくらいにしておかないとイーサンが起きれずに困っているぞ」


「えっ?」


 ニヤリとしたクラウスさんが言い終わると同時にゴン! っと音がした。

 そして、男性を地面に寝かせ上半身を支えていたはずのアルヴィンさんは素早く立ち上がっていた。


「いったっ! 副長、いきなり立ち上がるなんてひどいっすよ」


「……気が付いていたのならさっさと起きなさい」


「あの雰囲気の中それは無理っす」


「まぁ、俺はほほえましく見ていたがな」


 あの雰囲気ってなんだ……無性に恥ずかしい。ただ先程までの緊張感は過ぎ去っていた。

 なんとなく気まずく視線をアルヴィンさん達から離すとクレルがにっこりと微笑んでいた。クレルも心配してたものね、きっと助かってホッとしたのだろう。


「それで? あなたを助けたリゼにお礼くらいは言えるのかしら?」


 頬に手を当てて可愛らしい顔と対照的な冷え冷えとした声だ。

 違ったーー! ホッとした訳じゃなく怒ってるじゃないか。クレルの表情と声が全く合っていない。クレルさんなんて器用なんだ。

 3人からもヒッと言う声とゴクリと喉がなる音がして、過ぎ去ったはずの緊張感がまた戻ってきた。


 男性は素早く立ち上がると手を胸に当て頭を下げた。


「失礼いたしました。あなたがリゼさんですね。初めましてイサーン・クレイグです。命を救っていただきありがとうございます」


 きっと彼も貴族なのだろう。動きの一つ一つが綺麗だ。綺麗なのだけど、いかんせん顔も服も血だらけなのだ。笑顔で近づいてくる血塗れの初対面の男性……これはなかなかのホラーだ。

 若干引きつった笑顔のまま無意識に一歩後ろに下がっていた。

 アルヴィンさんが自分の服とイーサンを見て、一言「失礼」と私に声をかけて小さく呟くと水の塊が二人の服や体についていた血や土埃を吸いとって消えていった。

 ちなみにイーサンはアルヴィンさんと違って顔も血だらけだったので全身水に飲み込まれていた。 


「ぐばばばばっ……ゲホッゲホ……」


「だ、大丈夫ですか!?」


 水の塊に包まれたイーサンは口と鼻に水が入ったのか涙目のまま咳こんでいる。

 アルヴィンさんは「これで綺麗になりましたね。女性の前で血だらけのこのような姿を見せてしまい申し訳ありません」と謝り、クラウスさんは地面に流れていた血を魔法で消していた。

 二人とも咳き込むイーサンの事は気にも止めていない。


「うっ、大丈夫っす……」


 全く大丈夫に見えないが魔術師界も縦社会なのだろう。それにしても便利な魔法があるものだ。汚れはきれいに取れているし水で濡れた所もすっかり乾いている。


「それで森ここに連れて来てまで助けた理由は教えてもらえるのかの?」


 フェンちゃんの問いにクラウスさんが、先ずは……とイーサンを魔術部に所属している自分の直属の部下で極秘任務としてとある場所の調査を任せていたと説明した。


 それに合わせて私、精霊クレル、フェンリルフェンちゃんと自己紹介をしていった所でイーサンが感動から涙を流しはじめ、寝ている聖獣ソルテを紹介したところで天にむかって感謝を述べ始めた。


「……あなたは一体なにをしてるんですか」


 呆れているアルヴィンさんに、イーサンは目をクワッと見開いた。


「この奇跡を与えて下さった神に感謝を伝えているんですよ! 助けてもらった時からもしやとは思ってたっすけど加護持ちに精霊に守護神フェンリルそして聖獣ですよ!?」


 クレルは泣きながら自分たちについて熱く語るイーサンの姿に顔をひきつらせ、フェンちゃんは「おぉ、貢物が届いていた頃を思い出すのう。懐かしい反応じゃ」と少し嬉しそうだ。


「気持ちはわかるがまずは落ち着け。報告が先だ。何があった?」


 前髪をザッとかき回したクラウスさんが静かに問いただすと姿勢を正したイーサンが説明をはじめた。


「ジュレの森の研究施設は全て撤去されていました。表向きはっすね。地下施設が残っていました」


 ジュレの森……なんだろう、妙に耳に残る言葉に胸の奥に何かがつっかえたような気持ちの悪さがした。


「地下施設ですか。まさか今もそこで研究が続けられていたなんて事はないでしょうね」


「いえ、ただいくつかの資料と研究の……おそらくはその失敗と思われるものが少し残されていました」


 途中でクレルを見て言葉に詰まりながらイーサンがアルヴィンさんの問いに答えた。


「お主が探っておったのはジュレか」


「立ち話するような内容ではなさそうね。家に入りましょう」


 どうやらフェンちゃんもクレルもジュレの森という場所について知っているみたいだが、二人の表情からあまりいい場所ではなさそうだ。



 クレルに促されるよう家に入り、フェンちゃんがソルテをベッドに寝かすとイーサンが再び話を始めた。


「クラウス様に渡したものが僕が死にそうになった原因っす」


 クラウスさんはイーサンから受け取ったものをテーブルの上にそっと置いた。


「なっ!」


 テーブルの上に置かれたのは透明の小さな容器に入った精霊のからだの一部だった。思わず口元を手で覆った。

 容器には『サンプルno.3』と書いてあり、明らかに人為的に保管されていたものだ。

 アルヴィンさんも初めて見たのか言葉を失っていた。


「許せない……!!!」


 クレルから絞り出すような声が聞こえてきた。


「ふん、いつの時代もかわらんな。精霊を使って不死や力を望むなど人間は愚かじゃの」


 クレルもフェンちゃんも目には怒りと軽蔑の色が浮かんでいる。精霊を使って不死や力を望んでいた?

 人間が精霊に危害を与えていたの? 

 言いあらわせない嫌悪感と事実ならという罪悪感が胸に広がっていくが、今まで私が出会った人たちは皆精霊に敬意を払っていただけに信じられない気持ちも強かった。


 こぶしを握り締めて震えているクレルに声をかける事も出来ない。


「クラウスさん……」


 本当なんですか? 


 最後まで言えなかった言葉にクラウスさんは答えてくれた。


「事実だ。フェン殿の言うように精霊を捕まえては国の研究機関が色々な実験を行っていた。80年前に研究の中止とともに施設は解体し閉鎖されたはずだった。

 しかし、君の祖母先生が王都から去った後にジュレの森周辺を訪れていた事が分かりイーサンに調べさせていた」

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