第56話 緑の魔力

「……っ! イーサン!!!」


「くっ、クラウスさま。すい……ません。……ぐっ、ちょっとだけ……しくっ……ちゃい…ました」



 イーサンと呼ばれた人はクラウスさんを見ると力が入っていない右手を精一杯動かして、内ポケットから何かを取り出すとソレをクラウスさんに渡した。

 クラウスさんは受け取ったモノを見るとヒュッと小さく息を吸い込んで目をつぶった。


「詳しい話は治ってから聞く。今は無理に喋るな」


「っは……はは、あ、相変わらず……無茶ばっかっ……すね。俺……もう……」


 私は動けずにその様子を後ろから見ていた。


 酷い出血だ……。

 あの傷が本当に私が作るポーションで治るのだろうか。抱きかかえているアルヴィンさんの服に赤黒い染みがじわりと広がっている。無意識に握っていた手が小刻みに震えてた。


 ポーションの材料である精霊の花は、森に帰ってきてからはいつもポシェットに入れて持ち歩いているのでポーションは直ぐに作れる。

 だけど作ったポーションは畑仕事で出来たすり傷にしか試した事がない。

 もし、失敗したら……?

 色々な考えが頭の中をせわしく駆けまわっていく。


「リゼ、早く行かないと手遅れになるわ」


 その声でハッと我に返ってクレルの方を見ると、クレルの瞳に青白い顔をした私が映っていた。私の気持ちに気付いたのかクレルが優しく微笑んだ。


「心配しないで、リゼなら大丈夫。リゼにしか治せない」


 クレルの言葉が胸をグッと締めつけてきた。私にしか治せない……。それでも立ち止まったまま足は動かない。


「がはっ……」


「イーサン!」


「しっかりしろ!」


 吐血する姿を見て両手でパンっと頬を叩いて気持ちを奮い立たせた。考えてる時間なんてないんだ。

 クレルに向かって頷くと足に精一杯力を入れてイーサン男の人の元に急いだ。

 今はクレルの言葉を信じよう。


 近くに行くとアルヴィンさんを伝って地面にも血が流れていた。

 ひどい……目はもう見えていないんだわ。虚で定まらない視線とハッハッと荒い呼吸が傷の酷さをあらわしている。

 早く作らないと! ポーションの材料を取り出そうとポシェットに手をかけた。


「リゼ! 彼にそのまま緑の魔力を流し込んで」


「えっ?」


「魔力回路も破損して魔力が体を巡りきれずに漏れ出しておる。何よりその出血じゃ、治す気があるなら急いだ方がよいぞ」


 何だかわからないけれど、クレルの言葉を信じるって決めたんだ。

 私は魔力を集めるとイーサン男の人の胸に触れて思いっきり魔力を流し込んだ。


 お願い!! 彼の傷を治して!!!!


 ブワっと魔力を流し込んだその瞬間、緑の光が周りを包みこんで眩しさに目を閉じた。


「信じられないほどに美しいな……」


 クラウスさんの言葉にゆっくりと目を開けると、キラキラと緑と白銀の粒子が舞い散っていた。


「あっ、傷は……」


 体は血まみれで顔を見ても目は閉じられてよくわからない。素早く体をチェックしているアルヴィンさんが息を深く吐き出した。


「大丈夫です。傷は全て塞がってます」


「じゃあ助かったんですか?」


「はい、リゼさんのおかげです。今は眠ってるだけのようです。本当にありがとうございます」


 アルヴィンさんはさっきまでの焦った顔からいつもの冷静な表情に戻っていた。

 頭を下げるアルヴィンさんに慌ててやめて下さいとお願いして、もう一度眠ってるイーサン男の人を見た。

 良かった……緊張が解けて体中の力が一気に抜け出した。怖かったぁ、助かって本当に良かった。


「頑張ったわね」


 だから言ったでしょ? と少し得意げに言うクレルに

 差し伸ばされた手を取って立ち上がった。


「リゼ、部下を救ってくれて感謝する。この恩は必ず返す」


 今度はクラウスさんが片膝を立て跪くと頭を下げている。


「ちょ、クラウスさん! やめてください」


 アルヴィンさんは特に問題ないという様子で黙って見ているし、クレルも「あらあら」と言いながら見ているだけだ。誰か止めてー!


 クラウスさんは素直に礼を言っているのに何の問題があるんだと言っているが、無駄に整った顔で跪かれると女子扱いされているようで妙にドキドキするし緊張するので切実にやめて欲しい。

 これがアルヴィンさんなら私は間違いなく倒れていた自信がある。

 私は話を変えようと、ポーションじゃなく魔力を流し込んで治した事をクレルに聞いた。


「精霊の葉が無くても魔力だけで治るんだね」


「魔力というより緑の魔力が治癒魔法なのよ」


 ん?


「じゃあ、今までポーション作ってたのって」


 私が森に帰ってきてからいつもポーションが作れるようにポシェットに精霊の花を入れていたのは、魔術部は魔獣討伐という任務もあり危険と隣り合わせだとクラウスさんに聞いて、暇な時には練習してより効果的なポーションを作るためだったのだ。

 万が一誰が怪我しても直ぐに治せるように。

 アルヴィンさんとか、アルヴィンさんとか。


「リゼがポーション作ってみたいって言うから」


 確かにクレルに会った時最初に言ったわ……。

 じゃあ緑の魔力で怪我を治せるのに私はポーション作りに精を出していたのか……。


 んんん"ん"


 ポーション作り楽しかったしいいんだけどさ。


「それにしても緑の魔力とは凄いですね。これほどとは思いませんでした」


 アルヴィンさんは一命を取り留める事が出来ればという思いだったそうだ。

 こう言っては何だが私も同じ意見だ。


「お役に立てて良かったです」


 これも本心だ。助かって良かったし、アルヴィンさんの期待に応えれてよかった。

 アルヴィンさんは眠ってるイーサンを抱えたまま、立ち上がっている私を見上げその視線が絡まる。


 うっ、アルヴィンさんどうしたんだろ。無言のこの見つめ合う感じは心臓に悪い。鼓動がドンドン早まっていくんですよ?


「リゼさん、私はあなたに謝らなければいけません」


 突然謝られた事が分からず首を傾げると、アルヴィンさんは眼鏡をスッと上げた。


「もしかしたら助かるかもしれない、そんな想いで森へ来たんです。リゼさんならもしかしたら、と」


「はい」



 ん?? 別に謝るような事じゃないよね。



「たとえ1%でも確率があるならと。イーサン彼の傷は宮廷の治癒師の力でも治すことは不可能でした。無理だと思う気持ちもありました。もしあなたが彼に治療を施してダメだった時、リゼさんが傷付く事も分かっていたんです。それでも私は彼を森へ連れてきました」


 真っ直ぐに目を見て話し終わった後にアルヴィンさんは再び頭を下げた。

 だーーー! だからそれはやめてください!

 彼はアルヴィンさんの大切な人なんだろう。もしクレルが危険な目にあった時、1%でも可能性があるのならきっと私も同じような選択をする。


「大切な方が助かってよかったです」


 アルヴィンさんの気持ちはわかる。ヘラっと笑って答えると、頭を上げたアルヴィンさんは驚いていた。そしてフッと笑った。


 ぐっはーー。不意打ち笑顔は反則です……。


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