第55話 いよいよ
「それと風呂作りの準備が整った。森に来るのは父上と母上、それに大工とその弟子の4人だ。温泉が出ているとあって設計に少し時間がかかったようだ」
「なんと温泉がでるのか!? 昔一度だけ入った事があるんじゃが、あれは気持ちが良かった。ほっほっほ、楽しみじゃわい」
「ふふ、魔力入りの温泉……待ち遠しいわ」
張り詰めた空気から温泉と言うワードで一気にホンワカモードになっている。
どうやらフェンちゃんも温泉好きのようだ。
念願の温泉がついに、楽しみだー!
「ところでクレルよ、魔力入りの温泉とはなんじゃ?」
「温泉にリゼの緑の魔力を流してもらうの、すごく気持ちがいいのよ」
うっとりとした表情で説明するクレルに「贅沢な使い方じゃの」と呆れた様子で応えているが、フェンちゃんのズボンの上からふっさふさの尻尾が現れブンブンと揺れている。
ズボンが破れている訳でもなく尻尾が現れたので、クレルから魔力入りの温泉について詳しく聞いているフェンちゃんのお尻をジッと見ていたらクラウスさんが微妙な顔をしてこちらを見ていた。
「うっ……、どうなっているのか不思議で」
いくらフェンリルとはいえ、今はダンディなご老人の姿だ。年頃の娘が男性のお尻を真剣に見ていればあんな顔にもなるだろう。
居た堪れない気持ちでせめてもの言い訳をすると、ぶっはっと吹き出す声が聞こえた。クラウスさんは一通り笑うと、私の頭をポンポン叩きながらニッと笑った。
「予想外に感情が溢れて擬態が一部解けたんだろう。フェンリル殿もそれだけ君の魔力入りの温泉が楽しみなんだろうな」
珍しく茶化されなかった。むしろ楽しそうだ。
「ところで作業はすぐにでも開始出来るが、君たちの都合はどうだ?」
「いつからでも大丈夫ですよ。だけど大工さんに森を見られてもいいんですか?」
今さらだけれど王都に行く前より数段現実離れしているのだ。あの時でさえ普通の畑とは言い難かったが今はその比ではない。
「大工のミヤビは母上お抱えの職人だから心配はない。むしろ心配なのは父上と母上だ。本来なら2人は来なくていいのだが、はぁ、森に行きたいと駄々をこねられてな……。フェンリルが森にいると分かればこの森に住みかねんぞ、その場でミヤビに別邸の建築を依頼しそうだ」
それは流石に考え過ぎじゃないだろうかと思ったが、クレルと聖獣ソルテに会った時の反応を考えたら無いとは言いきれない。ちなみにソルテはいつか間にかベンチでお昼寝をしている。
「はははは……」
「そういえば、君も家を建てたいと言ってなかったか?」
なんの話かと思えば、クラウスさんが来た時に話していた部屋数についての事だった。
「違いますよ、部屋を増やしたいって話してたんです」
クラウスさんは何を聞いていたのか、家はさすがに作れない。
「家の一軒や二軒作っても問題ないぞ。費用は国から落ちる。必要経費だ」
彼らをこのまま住まわせておくことの方が問題だとクラウスさんがボソッと言っているのが聞こえた。
言われてみれば確かに守護神フェンちゃんに聖獣ソルテと精霊クレル……国にとってはそれぞれが国賓級の存在だもんね。
うーん、家かぁ。
「この家に愛着もあるので新しく建ててもらうよりは部屋を増やしたいです。みんなにも話したんですが、ジェフさんにも許可をもらいたいので急いで手紙を出しますね」
「では、ミヤビにその旨も伝えておこう。間取りに関して希望があれば言ってくれ、増築こちらも早く取り掛かった方がいいだろう。それと所有権は国にあるのでジェフの許可は必要ない。森を買い上げたと伝えていたはずだが」
えっ?
「家もですか?」
「当たり前だろう。森を国の所有地にしておいて隠しておきたい畑の横にあるジェフの家をそのままにしておく訳がないだろう」
確かに……。
「リゼって結構うっかり屋さんよね、そこも可愛いんだけど」
「うっかりならばしょうがないのう」
温泉話を終わらせたクレルとフェンちゃんが話に入ってきた。2人の微妙なフォローにクラウスさんが戸惑っているが、ほっといて気になった事を聞いた。
「ジェフさんから無理やり買い取ったりしてませんよね?」
「心配するな、きちんと同意を得ている」
クラウスさんを信じていない訳ではないのだけれど、貴族は平民に無理強いをする事が多々あると聞く。
気になるのでしっかり聞いておきたかったのだ。ほっと息を吐いた私を見てクラウスさんが話を続けた。
「王都でジェフからこの家は好きにしていいと言われただろう?」
私は頷くとクラウスさんは話を続けた。
「アルヴィンがその時に家の所有者の変更同意をもらっている。不自由ない程度の金額提示をしたが、ジェフはお金よりも君の意思と生活の保証が出来なければ同意出来ないと断ったようだ。こちらも君と森を守るための買い上げだ、君の安全と生活はきちんと保障すると約束して納得してもらった上で支払いも済ませてある」
その支払金も、自分ではなく私に渡してくれと言っていたそうだ。しかしアルヴィンさんが私を生活に困らせる事は無いからと、にこやかな表情とは裏腹に半ば強引に渡したようだ。
さすがアルヴィンさん! ジェフさん、気持ちは凄く嬉しいです。だけど、そのお金はジェフさんがしっかり受け取っててね。
ジェフさんとアルヴィンさんが2人で何か話してたあの時だろう。
アルヴィンさんとの話の後、やけにジェフさんが「元気にしてるか?」「困ってないか?」と聞いてきた理由はこれだったんだね。
ジェフさんの話を聞いて鼻の奥にツンっと痛みが走る。
「ありがとうございます。あの、失礼な聞き方をしてごめんなさい」
「気にするな、大した事じゃない。それとジェフには最初説明していた通り君が魔力持ちだとは話していない。森の野菜を気に入った上位貴族オレが君を畑の管理者として雇用したいと説明してある。つまり、君はあの家に住み今まで通りの生活で、畑で育てた野菜の販売先は保障されていると言う事だな。ジェフも断る理由はない条件だ」
畑や家を買い取った理由がやや強引な気はするが、王都に行った理由が森の野菜を気に入った貴族の好意だったので、すんなり信じてもらえたらしい。逆に条件が良すぎて、私をお手つきにするのではないかと心配していたようだ。……そんな物好きな貴族はいないよ、ジェフさん。
そこまで心配してくれているジェフさんに嘘をつくのは心苦しいが、それで危険に晒されてしまうのはもっと嫌だ。仕方ないと自分に納得させたところで、アルヴィンさんが血だらけの男の人を抱えて現れた。
「リゼさん!! ポーションを……!」
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