第52話 じいちゃんも一緒に
月明かりに照らされた森を庭にあるベンチに座ってボンヤリと眺めていると、足元にモフモフが体をよせてきた。
「モフモフも月を見にきたの?」
モフモフは返事の代わりに、ゴロゴロと喉を鳴らすとひょいっと軽くジャンプして膝の上に乗ってきた。
ふわふわの毛並みを優しく撫でると、日向ぼっこしたお日様の匂いが残っていた。
「名前、決めないとね」
――テ
目を細めて気持ち良さそうにしているモフモフを見ていると、文字が頭に浮かんでくるような、小さな声が聞こえてくるような不思議な感覚が襲ってきた。
勘違いじゃなかったんだ、クラウスさんのお屋敷で聞こえてたのと同じだ。
――テ……ソルテ
「ソルテ? 」
モフモフの耳がピクピクと動いた瞬間、膝に乗っていたモフモフが光に包まれて私は眩しさに目を閉じた。
「ありがとう! やっと名前呼んでくれたね」
光が収まって目を開けると膝の上にいたモフモフはいなくなり、目の前に蜂蜜色でふわふわとしたくせ毛の7歳くらいの男の子立っていた。
これってもしかしなくても……。
「……モフモフ?」
「そうだよ! おれずっとリゼと話したかったんだ。いつも美味しいご飯ありがとう!」
や、やっぱりぃーー。
笑顔のモフモフことソルテには申し訳ないけれど、頭に浮かんだ言葉を言っただけなのだ。こんな嬉しい事を言ってくれてるのに、まさかそれが名前に決まるなんて。
猫から可愛らしい男の子に変わったのだ、きっとソルテはモフモフの真名になっているはず。
なんてことだ何も考えず口から出ただけなのだ。
「あの、ソルテ? 実はね……」
謝る覚悟を決めてソルテに向かい合うと、銀色の塊が家の方から飛んでくるとドンッと目の前に落ちてきたて、その後ろからクレルがふよふよと飛んできた。
『ようやく名前をもらったか、名はなんというのじゃ?』
「フェンじいちゃん! ソルテだよ、かっこいい名前でしょ?」
「確か運命って意味だったかしら?」
運命……なんかそれっぽい名前だし、みんな集まって来たし言い出しにくいよーう。
『ほぅ、良い名じゃのう。真名をもらって擬態化出来るようにもなったようじゃし、ワシもしばらく人間の姿で過ごすかの』
おぉう、フェンちゃんも変身出来るのか……。
もはやあまり驚かない自分がいる。
派手な花柄のシャツを着たダンディなおじいちゃんがソルテの頭をなでながら私の方をみた。
「なんじゃ、そんな奇妙な顔をして。さてはワシも人間の姿になったので驚いておるな。なーに、ワシにかかれば擬態こんな事など朝飯前じゃよ」
うん、そういわれても「そうだろうなぁ」としか思わない。ソルテは私と話したい気持ちが強く契約と同時に擬人化したようだ。そうしてる間にクレルがソルテに何やら言っている。
「名前も決まったし、しっかりリゼを守るのよ」
「まかせてよ! リゼの守護者としてクレル姉ちゃんにも負けないんだからな!」
守護者? まさかこの流れは……。
「守護者ってもしかして私のじゃないよね?」
「ほかに誰がおるのじゃ、普通は真名を知らせる事で聖獣は守護契約をするがソルテの場合は名を持っておらんかったからの。お主が名を与えた事で守護契約が結ばれたんじゃよ」
「聖獣との守護契約もあって困る事はないから」
さてはクレル知ってたわね!
「リゼ、しっかり守ってやるからな! なぁ、フェンじいちゃんもリゼと契約しようよ。そしたらおれ達リゼを守る騎士みたいでかっこいいじゃん」
ソルテがかっこいいからと「明日遊ぼうよ!」みたいなノリで誘っているが、フェンリルはこの国の守護者だからね。
ソルテを止めようとしているとクレルが満面の笑みで頷いていた。
「そうね、素敵だとおもうわ」
えぇぇ。
「魔術師クラウスたちに頼まれておったから契約などせぬとも守るつもりではおったが」
クラウスさんとアルヴィンさん、そんなお願いしてくれてたんだ。
しかし、フェンちゃんの答えにソルテとクレルは不満そうな顔をした。……なぜだ。
「わかってないわね、ソルテは尊・敬・す・る・あなたと同じリゼの守護者でいたいのよ。かわいいじゃない。それに私も偉大なフェンリルと守護者が同じだなんて光栄だわ」
「そうだよ! おれフェンじいちゃんと一緒がいいんだよー!」
クレルの狙いは一体なんなんだ。フェンちゃんにはともかく、クッキーを食べられて以来ソルテには割と厳しくしていたはずだ。
「なんじゃと、お主らそんなにワシのことを……。そこまで言われては無下にはできんな。よしリゼと契約しよう」
クレルの援護とソルテのひと押しでフェンちゃんはあっさりと陥落した。
「ちょっと待って! フェンちゃんはフェリクスの守護者なんでしょ? それにソルテの名前も私が考えた訳じゃないの。頭の中に勝手に浮かんできた言葉を言っただけなの」
もっとちゃんと考えてあげたかったのに。ごめんねっとソルテに謝った。
「名付けとはそのようなもんじゃ。それにワシはフェリクスを守護しておらんぞ」
「えっ?」
さすがにクレルもこれは知らなかったのか驚いていた。
「フェリクスはあなたを国の守護者だと思っているわよ?」
「うん、年に一度フェンちゃんのお祭りもしてるみたいだけど」
「そうは言っても契約した覚えもないしのう。数百年前にこの辺りを気に入って住んでいただけじゃ。血気盛んな魔獣も多くての、片っ端から蹴散らしてやったわ。む、そういえばこの地の主を倒してから食べ物など山に届くようになったの」
間違いなくそれだろう。フェリクスの地を困らせていた魔獣や地の主とやらを倒した事で、フェンちゃんの意思とは関係なくフェリクスの守護神と呼ばれるようになったんだろうなぁ。
「歴史は当人にしかわからないわね」
「ほんとだね。クラウスさんたちが聞いたらショック受けるんじゃないかな」
「どうかしら? 逆に真実を知れた事に喜びを感じそうだわ」
あー、たしかに。そうかもしれない。
「さて、夜も更けてきたしそろそろ寝るとするか。ソルテも寝てしまっておる」
いつのまにかベンチに横たわって寝ていたソルテをフェンちゃんが抱き上げている。
「話し込んじゃったね。家に入ろっか」
「おっ、そうじゃ。リゼよ」
「どうしたの?」
後ろを振り向くとフェンちゃんがひょいっと銀色の光を出した。
光はクラウスさんにもらったブレスレットに吸い込まれていった。
「そのブレスレットは魔法具であろう、守護契約ついでに守護の重ねがけをしておいたぞ」
「えっ?」
「あら、さすがはフェンリルね」
守護契約ってそんなに勝手に出来るの? もうフェンちゃんと契約したってこと?
私の疑問に答えてくれる人はおらず、フェンちゃんもクレルも家の中に入っていった。
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