第53話 人化はやめたくない
「おはよー」
朝、キッチンへ行くとフェンちゃんとソルテが真剣な表情で話しをしていた。
「あ、リゼ、おはよう」
「うむ」
「どうしたの? 真剣な顔して。あれ、フェンちゃんおでこ赤くなってるよ」
「今話していたのがそれじゃ。ソルテの寝相が悪すぎてたまらん」
どうやら寝ている間におでこをソルテに蹴られようだ。猫の姿の時はふわふわしていたので気にならなかったがお互い人の姿で寝ていると、ソルテの手や足が飛んできた時にフェンちゃんが痛くて目が覚めてしまうらしい。
まぁ、そうだよね。
「寝る時は戻ったらいいんじゃないの?」
「ワシもそう言ったんじゃがな」
「クレル姉ちゃん! やだよ、せっかくリゼと同じ姿になれたのに。おれはこの姿で過ごしたいんだよ」
眠そうに起きてきたクレルに、ソルテは嫌だと言い続けている。
ソルテさん、それ以上ゴネたら……。
「ふぎゃっ!!」
「ねぇソルテ? わがままいわないの」
ソルテの頬を両手で優しくクレルが包んでいた。笑顔なのにクレルが怖い。ソルテもブルブルと震えている。
「おれはまだ子どもだぞー! わがままくらい言うからなー!」
謎の宣言をしてソルテはフェンちゃんに抱きついていた。
「クレルよ、そういじめるでない。どちらにしてもワシは今日から寝る時は人化はやめるがな」
「えーっ、なんでだよフェンじいちゃん!」
「ゆっくり寝たいからじゃ」
ソルテはぶーっと頬を膨らまして拗ねているが、フェンちゃんはそこは譲る気はないようだ。睡眠は大事だもんね。
「どうして人間その姿がいいの? 猫の姿のソルテもかわいいよ?」
「リゼと同じがいいんだよ。ご飯だって一緒にテーブルで食べたいんだ。それにクレル姉ちゃんだって人間の姿じゃないか」
クレルは私の魔力で大きくはなっているけど、弱っていたから小さい精霊の姿だっただけで元々はこのサイズだからね。寝る時は小さくなって寝てるし。
だけど食事はソルテの言う通りかな、私もそうしたい。
「わしも食事についてはソルテと同じじゃな。居候の身で言うのも申し訳ないが、ちとこの人数で住むには狭すぎんか?」
元はジェフさん夫婦と娘のマリーさんが住んでいた家だ。ベッドとタンスを置いたらいっぱいの部屋が2つに、今いるキッチンスペースだけだ。
クレルと2人なら十分だったけど、フェンちゃんとソルテも暮らすとなると確かにもう少し広さがほしいかな。
「好きにしていいってジェフさんに言われてるけど、家を広くするのはさすがに聞かないと出来ないから手紙出してみるね。すぐにって訳にはいかないから、しばらくは我慢してもらう事になるけど」
お風呂の許可をくれた時のジェフさんの感じから断られる事はないと思う。ただ、ジェフさんのオッケーが出ても資金がないとどうもならない。
もっとたくさん野菜を売らないと。
うーん、増築ってどのくらいかかるんだろ。ポーションを化粧水として売ってもいいかなぁ。
効果は間違いないし、ケイラさんやミヤさんの反応も良かったから売れると思うんだけど。
あ、その前にケイラさんに渡す分のポーション化粧水を作っておかなきゃ。多分、今日あたりクラウスさんは森に来るはずだ。渡してもらおう。
「家を増築したいのならジェフの許可はいらないぞ」
「わっ! クラウスさん、せめて玄関から入って来てくださいよ。急に部屋に現れるから毎回びっくりするんですよ」
「あぁ、すまん。実は急ぎで頼みたいことがあってな。朝食も兼ねてきた」
「そうかー! わかるぞー、リゼのご飯は美味しいからな」
なぜかソルテが嬉しそうにしているが、うちは定食屋ではない。
「おい、まさかこの少年は聖獣では……。それにそこのご老人はフェンリル殿か??」
はしゃいでいるソルテと、席についてまったりしているフェンちゃんとクレルを見て気付いたクラウスさんが「なぜ名付けをする時に教えてくれなかったんだ!」と詰めよって来た。
ソルテとの契約=人化と分かっていたようで、またもや契約を見逃したと悔しがっている。
ソルテに名をつけると契約するとクラウスさんも知っていたようだ。むー、私だけが知らなかったのか。
「そんな事言われても、名付けで契約するなんて知らなかったんですよ。クラウスさんも知ってたなら教えてくださいよ」
「なんだ知らなかったのか?」
「知りませんよ、私はただの平民ですよ? みんなみたいに契約に詳しくないんです」
「悪かった、てっきりフェンリル殿から聞いていると思っていたんだ」
話を聞けば、フェンちゃんはクラウスさんとアルヴィンさんにはソルテのイレギュラーによる名付けの契約について話していたようだ。
クラウスさんが私とソルテが契約したと気付いたのは、私を護衛するのに人の姿になれるのかとアルヴィンさんがフェンちゃんに聞いたのかきっかけだったみたいだ。
そして、本来フェンリルも聖獣も人化は出来るがソルテは元が猫のため魔力の扱いがまだ未熟ですぐには出来ないが、人間と契約すると相手の魔力情報が入るため具現化しやすくなるからソルテが人化するなら契約後だろうという答えだったのだ。
「それにしてもただの平民とは無理があるじゃろ」
「そうだな、精霊や聖獣と契約した者がただの平民では示しがつかない。陛下に相談してみるか」
「フェンじいちゃんとも契約したしな!」
ソルテの発言で、クラウスさんから痛いくらいの視線が飛んできている。
うわぁ、絶対めんどくさい事になってる。もうクラウスさんの方を見たくない。
「どういうことか説明してくれ」
ほーらぁー、もう。クレル以外の契約は不可抗力だったのに。クラウスさんに肩をしっかりと掴まれて逃げ場はない。
「クラウス、説明は私がするからリゼをはなしてあげて」
クレルの言葉にクラウスさんは、サッと私から手を離すとすぐにクレルとフェンちゃんがいる席についた。
助かった……。
さて、クレルに任せて朝ごはんを作ろう。クラウスさんの登場で朝ごはんの時間はとっくに過ぎている。
ソルテも手伝ってくれるみたいなのでカナッペにしようかな。一口サイズのパンにチーズや野菜を乗せただけで美味しく手軽に食べれるので大好きだ。クラウスさんやフェンちゃんの分は大きめのパンにしておこう。
説明に時間もかかりそうだし少し凝ってみようかなぁ。乗せる具材はスモークサーモンのサワークリームオニオンあえにバターとチーズをペースト状にしてくるみ刻んで混ぜたのと生ハムと自家製ピクルスの3種類にしよう。
後は、昨日の若鶏の身の残りを入れたスープでいいかな。
具材が出来たので、ソルテに焼いたパンにバターをいくつか塗ってもらう。
「リゼ、終わったよー」
「じゃあバターを塗ったパンに生ハムをおいて、その上にピクルスをのせてもらおうかな」
「まかせてー!」
その間にスープを作りながら、残りの2種類のカナッペも作っていく。
「できたー! リゼ、見てみてー!」
「わぁ上手だね。ありがとう、助かったよ」
ソルテは手先が器用なのかな、すごく綺麗に盛り付けてある。
クラウスさんたちの話も終わったようなのでスープをよそう間、ソルテに料理を運ぶようにお願いした。
スープを持ってテーブルに行くと、フェンちゃんの前には生ハムとピクルスのカナッペばかりが並べてあった。どうやら、ソルテが自分が盛り付けたカナッペをフェンちゃんに褒めてほしくて並べたようだ。
うむ、可愛いやつめ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます