第50話 再調査

「コラード様は王都を出た後各地を転々とされてますね。小さな村もあるようですが」


「最後に向かったのがリトランにハースレイか。そんな辺境に目的もなく行くような人ではないと思うが、先生の知り合いでもいたのか」


「ん?」


 ひょこっと調査書類を覗きこんだイルゼが首を傾げた。


「ハースレイってジュレの森の近くですよね」


「「あっ」」


 クラウスとアルヴィンの声が重なって部屋に響いた。


「ジュレの森って精霊の研究をしていた施設があった場所っすよね?」


「そうだ。研究といえば聞こえはいいが実際は捕まえた精霊を実験に使っていた場所だ」


「でも80年前に研究は廃止されてますよね? 私、魔術学校アカデミーの卒論テーマに精霊研究を選んだんで覚えてますけど、あそこの施設は解体済みで何も無いはずですよ」


「倫理的観点や多くの魔術師や研究者の反対によって廃止になったからな。研究機関の閉鎖と共に立ち入り禁止になっている。俺も閉鎖し解体されたと聞いていた、そしてそれが真実かなんて疑うこともなかった」


「そうですね。それに施設も反対から閉鎖まで5年もかかっています、研究推進派にもかなりの力があったはずです」


「そういえば、精霊研究の中ではジュレの施設での資料は驚くほど少なかったです。研究が中止になったせいかと思ってましたけど」


 精霊を使った研究か、ロクでもない実験に違いない。


「先生がジュレの森へ行ったのは間違いないな」


 そこで何があったのか、何かあったからそこへ行ったのか……。


「ジュレの森の調査は必要ですね」


「ですよねぇ、立ち入り禁止っすけど」


 イーサンはアルヴィンの答えを予測していたのか、クラウスから戻された報告書をパラパラと見直した。


「秘密裏に調査したいので立ち入りの許可はとらない。今回はイルゼも同行を頼む。危険を感じたら即撤収、誰かに問われた場合は魔術師長オレの指示だと言ってくれ」


「「はい」」


「思った以上に面倒な事になりそうだな」と呟いたクラウスにイルゼは一歩前に出た。


「私からも報告を。本日、ネラディオスの第1王子と王女が近くフェリクスに訪問したいと打診がありました。受け入れは決定のようです。陛下よりクラウス様と話がしたいとの事です。時間については追って連絡があります」


「あの閉鎖的な国が他国訪問って珍しいっすよね」


「文官外交すらなかったのにいきなり王族ですか。こうなるとやはりネラディオスは怪しいですね」


「このタイミングで来るとなるとネラディオスには確実にクレルとリゼの事はバレている。ただ目的がわからないな」


「リゼさんには、精霊クレルさんに聖獣、フェンリルが付いているとはいえ報告は早めにしないといけませんね」


 クラウスとアルヴィンは、フェンリルにリゼの護衛を頼んでいた。引き受けてもらうための交渉に何を使うか考えていた2人だが、フェンリルはあっさりと了承した。


 森は居心地がよく食べ物も美味しい、懐いてくる聖獣の面倒を見ながら人間ひとりリゼを守るくらい問題ないとの事だった。


「フェンリル!?」


「フェンリルってあのフェンリルですか!!?」


 興奮する気持ちはわかるが、あのフェンリルもこのフェンリルもフェンリルはフェンリルだ。

 西の森の現状を知った2人は恨めしそうな目でクラウスとアルヴィンを見た。


「はぁー、いいっすよねぇ。精霊に会っているだけでも羨ましかったのに聖獣と守護神フェンリルまでいるなんて」


「本当ですよ、それは帰ってくるのも遅くなりますよね」


「仕事です」


 いくらアルヴィンが仕事だと言ったところで、2人の気持ちは収まらない。


「仕事でフェンリルたちとパンケーキを食べるんっすか!? そもそもクラウス様は本当に仕事してるんですか! 副長に任せていっつもフラフラしてるじゃないですか」


「おまえ、俺のこと上司だって忘れてるだろう……」


「イーサン、ひとまず落ち付きなさい」


 ため息をつきながら眼鏡を上げるアルヴィンに「副長だってパンケーキ食べたんでしょ!?」と噛み付くイーサンは涙目だ。


「目的がどっちか分からなくなってるぞ。さっさと調査に行ってきてくれ」


 呆れながらシッシっと手で行くように合図するクラウスを、2人がキッと睨みつけると姿勢を正した。


「わかりました、調査行ってきます。しっかり調べてきます。そのかわり私たちもリゼさんの護衛を希望します。イーサン行くわよ」


「うっす」


 クラウスは挨拶をして部屋を出る2人を見ながらアルヴィンに視線をうつした。


「あいつらってあんなだったか?」


「今朝までは普通でしたね。……さて部下に仕事してるのかと言われる前に、しごと、しごと」


「……おまえら」





 ――――――ネラディオス



 外交室の一際宝飾されたテーブルの上に施された陣が淡く光り、その中心から手紙が現れた。国交を断絶しない限りは簡易的にやり取りができるように転移陣をどの国も用意している。


 また危険を回避する為に書簡のみと決められている。転移中に魔法陣による確認が行われて、危険を感知した際は相手に届く事なく破棄され各国に通知される。


 今回のフェリクス訪問は第1王子による希望から急遽決まった事だ。そのため閉鎖的なネラディオスにおいて王族の他国への訪問を経験した文官はおらず、外交に携わる者たちは慣れない作業におわれていた。


「ヒューバート様、フェリクスから親書が届きました」


「思ったより早かったな。……心より歓迎します、か」


「本当にヒューバート様が訪問なさるのですか?」


「もちろんだよ。精霊に関わるものは全て我が国に返してもらわねばならないからね。さて父上に報告に行くとするか。あぁ、クリスティアナにも知らせておいてくれ。楽しみにしていたからね」


「はっ!」


 頭を下げる文官の前を通り過ぎるヒューバートの手にフェリクスの親書は握りつぶされていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る