第49話 さて、どうする

「いつになったらあの2人は帰ってくるんっすかね」


「副長も一緒だからそろそろじゃないの? クラウス様がゴネたところでアルヴィン様にはかなわないでしょう」


「そーっすかね、緊急調査だって言うから2日も寝ずに頑張ったんですよ? 調査班でも無いのに最近なんでもやらされるっす。イルゼさんも聞いたでしょ? 聖獣の話。俺も西の森に行きたいですよ」


「今回の調査は機密性が高いからしょうがないわね」


 噂をすればなんとやら……とイルゼが言うと同時に部屋の中心に2人の影が現れた。


「ね、言ったとおりでしょ?」


「……えっ」


 首を掴まれたまま現れたクラウスを見て動揺しているイーサンにイルゼはいつもの事だとお茶の用意を始めた。


「無理やり連れ帰ることもないだろ」


 襟を整えながら不満を言うクラウスと、さっさと手を離して机に戻るアルヴィンはどちらが上司かわからない。


「私はクラウス様のためを思っての事ですが」


「誰かのためなんて善意の押し付けだな……って何だこの書類の量は! 昨日より増えてるぞ」


「今日の分もありますからね。おっと、私の机にも手伝うつもりだったクラウス様の書類が、善意の押し付けはお嫌いのようですのでお返しいたします」


「なっ、すまん。俺が悪かった、頼むから手伝ってくれ」


 頭を下げて頼むクラウスに威厳などはない。イケメンの無駄遣いだ。


「恒久の光に憧れてた少年時代を返してほしいっす」


「何だそれは?」


 聞いた事もないぞ、と首を傾げているクラウスにイルゼがお茶を出しながら笑っている。


「宮廷魔術師長を選ぶ討伐戦ですよ」


 魔術師長になるためには、まず魔術部門全員の投票という形の推薦が行われる。自分に入れてもいいが、投票には不正が出来ないように技術開発部が力を注いでいる。


 権力による圧力で票を集めた実力不足の魔術師はその後の適性や魔術試験ですべからく落ちていくが、権力や話し合いで票を集めても適性や魔術試験にパスすれば何も問題はない。ただ、圧力によって集めた投票で適性をクリア出来るのかは不明だ。


 適性検査は魔術師になる時にも一応受けるが、魔術師長選出となると検査の内容が桁違いに複雑になる。クラウス曰く、深層心理まで見透かされているようで2度と受けたくないそうだ。どれほど魔術に優れていても、適性で落とされる事があるほどに適性検査は重要視されている。


 また数名の候補者がいる場合は、公平かつランダムに魔術師から数名を選びチーム分けをして魔獣討伐が行われる。その後の評価にもつながるので、推薦している人物と違うからと足を引っ張り合うことはしない。


 その最大の理由がフェリクスの魔術師の力を民や他国に見せることも兼ねて、陛下主導のもと王都の闘技場で討伐戦を行っていたことだ。そのため闘う魔獣もそれなりの強さの個体の魔獣2体に、医療部隊の研究チームが魔力増量や筋肉量のアップなどいわゆるドーピングを行い戦わせていたのだ。


 クラウスと魔術師長の座を争ったのは、若いクラウスに対して経験もあり本命とされていた魔術師副長であったガルディアだ。


 ガルディアの討伐隊も何とか魔獣を倒しクラウスの討伐隊の番になり戦いも終盤にかかった所で、何者かが観客席に施してある防御陣の一部を解除したのだ。

 じわじわと戦いで追い詰められた魔獣は、クラウスが率いる討伐隊ではなく観客を襲いはじめたのだ。

 チームによる討伐だったのでバランスを考え戦っていたクラウスが、魔獣が観客席を狙った瞬間に一撃で魔獣を倒したため観客に1人のけが人も出さずにすんだ。


 今でも犯人は捕まっておらず謎のままとなっているが、魔術師長をクラウスと争っていたガルディアが細工したのではないかと民衆が騒ぎ始めたのだ。


 このような状態では陛下に迷惑をかけると、ガルディアは魔術師長選を辞退しクラウスに決まる事となった。

 しかし、クラウスを始め多くの魔術師たちはガルディアがそのような事をするとは思っていなかった。


 それほどの人物であった。


 その後ガルディアは魔術師をやめて、老後はゆっくりと田舎で暮らしたいという妻のため王都を去っていった。

 魔術師長になったクラウスが1番はじめにした事は討伐戦の廃止だった。元々、何もしていない魔獣を捕まえ薬物を与える行為に否定的だったクラウスに同調する魔術師も多く、その意見はすぐに通ることとなった。


「その時のクラウス様の光の魔術を見た人たちが、フェリクスの恒久の光と呼び始めたんです」


「イルゼ、やめてくれ。とんでもなく恥ずかしい」


「あの犯人が今も見つからない事が不思議っす。それに魔術師として会った事は無いっすけど、ガルディア様もあのような去り方をされて悔いがあられるでしょうね」


「それはないな」


「クラウス様」


 アルヴィンがクラウスに声をかけるが気にせずに話し始めた。


「2人にはいいだろう。ガルディア殿はたまに王城に来ては陛下のチェスの相手をしたり魔術部の様子を見たりと楽しく過ごしてるぞ」


「クラウス様に負けた悲しみと民衆からの悪意に疲弊して床に伏していると聞きましたけど……」


「俺もです。田舎で失意のまま年老いているって」


 アルヴィンは誰がそんな事を言ってるんですかと、眼鏡を上げながら呆れている。


「クラウス様の言うとおりガルディア様はお元気ですよ」


「じゃあ、ガルディア様が夜な夜なクラウス様を呪っているってのも……」


「何だその物騒な話は。ガルディア殿とは良好な関係だぞ」


 クラウスはバカバカしいと頬杖をつくと銀色髪がサラリと流れた。


「ところで2人とも用事があるから執務室ここにいたのではないのですか?」


「そーっすよ! 頼まれていたコラード様とリゼさんの両親についても調べてきました」


 イーサンはまとめた報告書を渡すとクラウスとアルヴィンは真剣に目を通していた。


「やはり先生とリゼに血の繋がりはなかったな」


「問題はリゼさんのご両親ですね、貴族の名前がいくつか出てくるかと思っていましたが」


「いくら調べてもそれらしき人物は見つからなかったです。王都を出た後のコラード様の足跡も辿ったんっすけど2人の接点はサッパリですね」


「さて、どうするか」


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