第44話 少しの違和感
「準備が済んだらこの部屋に来てくれ」
そう言うとクラウスさんは、私たちが使っていた2つ手前の部屋に入っていった。
荷物はまとめているのですぐに出発できる。クレルも準備は終わっているだろうとドアをあけると、クレルがモフモフを追いかけていた。
片付けていたはずの部屋は、花瓶は倒れクッションは破れて中に詰めてあって羽根が飛び散っている。
「一体どうしたの!?」
私の声にクレルとモフモフはピタっと止まって、一気に飛びついて来た。
「リゼ〜!!」 「きゅーーーー!」
私に抱きつきながらも、クレルとモフモフは目が合うと威嚇し合っている。
追いかけっこの理由は、クレルのクッキーをモフモフが食べ過ぎたのが原因だった。
「私のクッキーを見てたから1枚あげたの。そしたら、そしたら……! クッキーを全部食べてしまったのよ!」
「きゅぅ……」
少しづつ食べていたのにという涙目のクレルを見て、追いかけられて興奮していたモフモフも反省したのか大人しくなった。
ライスさんにもらったクッキー、クレル気に入ってたもんね。それにしても聖獣もクッキー食べるんだ。
散らかった部屋に泣きそうなクレルとしょげているモフモフ……ちょっとしたカオスのなか思うのはそんな感想だった。
「森に帰ったら沢山作ってあげるから、とりあえず部屋を片付けよう?」
「本当?」
「うん、ライスさんにお菓子のレシピももらったから色々作ってあげるね」
「きゅー! きゅー!!」
「モフモフにもちゃんとあげるから大丈夫だよ」
足元で鳴いているモフモフを抱き上げると、クレルが少し不満そうに「私のリゼなのに甘え過ぎなのよ」と言っている。
なんだとー! かわいいじゃないか!!
ニコニコしながらクレルを見ると、聞こえてたと気付いたクレルがプイっと恥ずかしそうに顔をそむけた。
「私もクレルが大好きよ」
ほっぺを膨らましながらも機嫌が直ったのか「それじゃあ片付けるわ」と言うと、ふわっと宙に浮いて目の前にある何かを掴むように手を動かした。
ブワーーッと風が吹くと、散らかっていた羽根は破れたクッションの中に戻って落ちた花瓶も花も元の位置に戻った。花瓶の水で濡れた絨毯も綺麗に乾いていて、さっきまでの散らかっていた部屋はどこにもない。
「すごい! どうやったの?」
クラウスさんのお屋敷はどこもきれいに手入れしてあったけど、前よりワントーン明るくなった気がする。この部屋だけ新築みたい。
「魔力を軽く飛ばして片付けたんだけど、物理的に壊れたところは直せないの」
破れたクッションを持ってるクレルとモフモフを連れて、別の部屋で待っているクラウスさん謝りに行った。私たちが部屋に入るとすぐに、メアリアさんがお茶の準備をはじめた。
「ごめんなさい。部屋はきちんと元に戻したんだけど
クッションは破れてしまって」
クレルとモフモフに頭を下げられたクラウスさんは、唖然としている。
「よくわからないが、気にしなくていい。精霊と聖獣に謝罪を受けるなんて恐れ多い」
理由が、クッキーを取り合ってクッション破ってごめんなさいだもんね……。破れたクッションはメアリアさんが直してくれるそうだ。
「メアリアさん、ごめんなさい」
「ふふっ、大丈夫ですよ。これくらいならすぐに直せますから」
みんなで謝った後、ようやく荷物を運びこんだ。
「そろそろ出発しますか?」
「アルヴィンも来るからもう少し待ってくれ」
――ドサッ
優雅に紅茶を飲みながら答えるクラウスさんを見て持っていた荷物を落とした。
昨日の今日で会うのは恥ずかしい……。うぅ、でも気にしているのは私だけかもしれないし、アルヴィンさんは少し情緒不安定な子って思っただけかもしれない。
いやいや! それは余計悪い。
「大丈夫ですか?」
顔を上げると、いつもの涼しげな顔のアルヴィンさんが落とした荷物を持って立っていた。いつの間に!
みんなアルヴィンさんに驚いていないので、私だけが気づかなかったようだ。
「あ、ありがとうございます」
慌てて荷物を受け取ると、手が当たってピクっとアルヴィンさんの動きが止まった。
「すいません!」
「いえ、それよりお待たせしてすいません」
にっこりと笑ってクラウスさんの方に行くアルヴィンさんに違和感があった。あれ? あんな笑い方だったかな。……なんだか壁を感じる。
「遅いぞ、アルヴィン」
「えぇ、すいません。来るはずだった上司がなぜか朝の会議をすっぽかしましたので、代わりに参加しておりました」
「……よし、行くか」
「粗方まとめてますから、後で目を通しておいて下さいね」
「アルヴィン!」
クラウスさんは機嫌よくアルヴィンさんの肩を抱こうとするが、きれいに避けられていた。
「みんな揃ったなら行きましょう」
お茶を飲み終わったクレルが立ち上がると、みんな頷いた。
「そうだな、荷物の周りに集まってくれ。まとめて転移するから離れないように」
「リゼさん」
モフモフを抱いて荷物の周りに行くと、アルヴィンさんが手を差し出してくれた。
「転移中に離れたら危ないですから」
そっと手を繋ぐとアルヴィンさんの手は少し冷たくてゴツゴツしていた。全ての神経がそこにあるんじゃないかと思うくらいに繋いだ手に意識が集まっていく。
さっきの違和感は気のせいだったのかな……。
アルヴィンさんはみんなに優しいのだろうけど、こんな風にされると好きになってしまう人はきっといるよね。
それとも貴族の間では普通なのかな。
「いいか? 行くぞ」
キラキラと光の粒子が集まったかと思うと次の瞬間には、見慣れた森の中にいた。
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