第43話 返事は一回

 次の日、朝食を終えて約束の時間にライスさんの元へ食材を取りに行くと既に用意してあった。


「こんなにいいんですか?」


 テーブルに置かれた箱の中には、お願いしていたフルーツや生クリーム以外にも、沢山の食材が入っている。


「今日はいつもより多く仕入れましたので」


 ライスさんは、内緒ですよと器用にウィンクしながら棚の奥から瓶を取り出して私に差し出した。


「わぁ、きれい……!」


 渡された瓶には黄金色の蜜が入っていてキラキラと輝いて見える。


「この蜂蜜は『太陽の落し物』と呼ばれていて市場にはあまり出回らないんですよ。運良く手に入ったので私用に買っていた分なんですが、半分個しましょう」


「えっ、そんな貴重な蜂蜜はもらえませんよ」


「これはお礼なので受け取ってくれませんか?」


 お礼と言われても何の事かピンとこない。むしろお礼を言うならば、毎日美味しいご飯を作ってもらっていた私の方だろう。


「魔術師長になられてからのクラウス様はお忙しく、食事は二の次になってしまわれました。それがリゼさんとクレルさんが一緒の時は楽しそうにお食べになっていて……」


 ライスさんは、思い出したのか感極まって泣きだしてしまった。ま、まさかの泣き上戸だった。

 食材も融通してもらったばかりだし、何か今渡せそうなものってないかな……。

 考えながらライスさんの方を見ると、涙を拭っている指先にテープが巻いてある。


「ライスさん、指どうかしたんですか?」


「2、3日前に猫にご飯をあげようとしたら引っかかれてしまいまして。ケガ自体は大した事ないのですが、調理するにはそのままにしておけないのでテープを巻いているんです」


 あ! 


 化粧水ポーションなら傷もすぐに治るから喜んでもらえるかも。


「私、お薬持ってるんですよ。取ってくるので待ってて下さいね!」


 返事も聞かずに部屋に戻ってバックの中からポーションを取り出して量を確認すると、まだ半分位は残っていた。すぐに厨房へ戻ってポーションをライスさんへ渡した。


「いいのですか?」


「使ってた物なので沢山じゃないんですけど、よく効くのですぐ治ると思います」


「そんなにいいお薬ならリゼさんに必要ではありませんか? 大した怪我でもないですので」


 慌てて返そうとするライスさんに、そのままそっと返す。


「蜂蜜と交換って事で。と言っても手づくりなのでいつでも作れるんです」


 笑いながらそう言うと「ありがとうございます」と苦笑いしながらも受け取ってくれた。この綺麗な蜂蜜とじゃバランスが取れてないかもしれないけど。


「食材はどこに運びましょうか、馬車でお帰りなら裏口の方がいいですかな?」


 クラウスさんは森まで転移で帰るだろうし、部屋に持って行ってた方がいいかな。

 重いから運ぶと何度も言うライスさんに、大丈夫だと告げてフルーツの入った箱を持って厨房から出た。


 野菜を運ぶのは慣れっこだし、おかげで意外と力はあるのだ。あるのだけど、これは結構重い……。

 箱を下ろして中を確認すると、フルーツの下に砂糖と新しいお菓子のレシピが入っていた。

 わぁ!! すごい、こんなに沢山の砂糖初めてみた。レシピも私にも分かりやすいように書いてある。


 ライスさん イズ 神!!


 ライスさんに感謝していると、クラウスさんと鉢合わせした。ちょうど用意が出来たか聞きに行くところだったらしい。クラウスさんってフットワーク軽いよね。使用人に頼むのが貴族なんだと思っていたと言うと、時間がもったいないだろうという答えが返ってきた。


「ところでなんだその箱は。食材ならライスに頼んで運んでもらったら良かっただろう」


 クラウスさんはわりと本気で驚いているようで、箱をひょいっと持ち上げた。


「あっ、大丈夫ですよ。ライスさんも何度も言ってくれたんですけど森では毎日運んでたし断ったんです」


 ライスさんが怒られたら大変だ、しっかり説明しておかなきゃ。自分で運ぼうとするけれどクラウスさんは止まる事なく歩いていくので、結局後ろをついて行く形になってしまった。


「あいにく私はフェミニストなんでな」


「ではお言葉に甘えて」


 重かったので正直助かった。私があっさり引き下がるとクラウスさんは立ち止まって振り返った。


「君は俺に対してはあんな態度は取らないんだな」


「あんな態度ってなんですか?」


 クラウスさんの透き通るような青い瞳が私を映している。


「我が部下の春も近そうだな」


「え? なんですか?」


「何でもない。ところでこんなにフルーツばかりどうするんだ?」


 よく聞こえなかったけれど、何でもないのなら聞かずにおこう。大事な事なら言うだろうし。


「これはですね、パンケーキパーティーに使うんです」


「前も言っていたな」


「森に帰ったら精霊お姉さんたちにご馳走するんです。そのトッピングに使う材料です」


「そうか、俺も参加する」


 え?


「森の管理をお願いしてたお礼にご馳走するんです」


「あぁ、聞いた。だから俺も参加する」


 何が"だから"なのか分からないが、そう言えばクラウスさん甘いの好きだったな。しょうがない、材料も沢山あるし運んでもらったお礼に招待するか。


「はいはい」


「返事は一回と習わなかったか?」


「はーい」


「全く、先生もだいぶ甘やかして育てたようだな」






「料理長、終わりました!」


「お疲れ様、休憩にするか」 「はい! お茶をいれますね」


 片付けを終えて一息つくと、コック見習いのエルルが瓶を持ってきた。


「料理長、棚にあったんですけど新しい調味料ですか?」


「あぁ、キズ薬だよ。手を怪我してね」


 早速使ってみるとするかな。

 透明の瓶に入った液体を少し手に垂らし揉み込んでみる。


「へー、変わってますね。液体の薬ですか、きれいな色ですね」


 揉み込んだ液体が手に馴染んで無くなる頃には傷は綺麗に治っていた。


「うわっ! すごい効果ですね。どうしたんですかこれ」


 とんでもない効き目だ、作ったと言っていたがリゼさんは治癒師なのか……。蜂蜜とでは割りが合わなかっただろうに。

 そう言えば、あの迷い猫も蜂蜜色をしていたな。ふらっとお屋敷にやってきたがどこに行ったのか今日は見かけない。無事に暮らしていればいいが。

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