第45話 自重の二文字はない
アルヴィンさんと繋いだ手はいつの間にか離れていた。
まぁ、そうだよね。1人納得して片方の手で抱いていたモフモフを地面に下ろした。数日とはいえ、王都にいた時間は濃くて森に懐かしささえ感じる。
んー! この森の新鮮な空気!
王都よりも肌に馴染むのか落ち着く。
深呼吸しながらもう1度森を見渡した。
……えっ!?
「クラウスさん、場所間違ってません?」
「間違ってないはずだが……」
森を知っているクラウスさんとクレルと私はお互い顔を見合わせる。
「素晴らしい場所ですね……!」
めずらしく興奮しているアルヴィンさんになんと答えるか迷っていると、畑の方からパタパタと飛んでくる精霊たちの姿が見えた。
「おかえりなさーい」
「ちゃんとお世話してたわよ」
「パンケーキ!」
「お、お姉様これは一体どうしたんですか!?」
「私たち頑張ったのよ!」
「きれいでしょ? 里から種を持ってきて育てたの」
「お花たくさん!」
辺り一面、家の周りから畑を囲むように色とりどりの花が咲き乱れている。初めて見る花もたくさんあった。
「里からは持ち出し禁止の花もあるようですが……」
「大丈夫よ! お母様が持っていらしたんだもの」
「えっ!? なぜお母様が……」
「1度様子を見にいらしたの、そしたら楽しそうだからって今では毎日来て畑のお世話をなさってるわ」
「もしかして今日も?」
「えぇ、畑にいらっしゃるわ。まだお世話があるから私たちは先に戻るわね、クレルたちも早くいらっしゃい」
そういうと精霊たちはパタパタと畑へ戻っていった。
「まさかお母様まで」
「とりあえず畑に行ってみようよ」
なんというか畑は圧巻だった。四季が混ざっているのは最初からだったが、野菜や果物の種類がとんでもなく増えていて畑の面積も広がっている。そして何故か畑の横には小川が流れていた。
「クレル、魚が泳いでいるよ」
「えぇ」
「国の管轄にしておいて良かったな」
「本でしか見た事のない他国の作物もたくさんありますね」
4人で変わりきった畑を眺めていると透き通るような涼しげな声が聞こえた。
「クレル、みなさん、おかえりなさい」
畑の中から一際輝く女性が籠いっぱいの野菜を抱え白銀の犬を連れて歩いてきた。なかなか大きな犬だ。
「うふふ、畑はどうかしら? それにしても畑仕事は楽しいものね、つい夢中になってしまったわ」
「畑もですが、お母様……その後ろにいるのは」
「あら、勉強不足ですよクレル。フェンリルは知っておかないと」
「フェンリル!?」
クラウスさんが声を上げて驚いているが、スプレンドーレさんはニコニコとしたままだ。
「まさかとは思いましたが、本当にフェンリルとは」
アルヴィンさんも驚いているって事は珍しい種類なのかな。クレルはなんとも言えない表情をしている。クラウスさんもアルヴィンさんも知ってて、スプレンドーレさんに注意されたとなるとクレルだってはずかしいよね。クレルの側に行ってポンと肩を叩いた。
「めずらしい犬だものね、私も初めて見たよ」
「グハッ……!! フェンリルをい、いぬ……」
「ク、クラウス様……わ、笑っては失礼で、す」
クラウスさんが笑い出し、窘めているアルヴィンさんも眼鏡を抑えながら笑うのを堪えきれていない。
「リゼ、私もフェンリルは知ってるわ。お母様、私はなぜここにいるのか疑問だったのです」
あらあら、とスプレンドーレさんは笑っている。
えっ、じゃあ知らなかったのは私だけ? クラウスさんがあまりにも笑うので、少しいじけているとアルヴィンさんがフェンリルについて説明してくれた。
フェンリルとは狼の始祖と言われていて、高い魔力と守備力で昔からこの地域一帯を守ってきており、今でも王都では守護神として崇められて年に1度感謝の祭りがあるそうだ。
元々は山の奥深くに住んでいて、人間の前に姿を現わす事はほとんど無いそうだ。
フェリクスの守護神……そんな有名なんだ、知らなかった。私の読んでた本には魔法使いしか出てこなかったよ。
「王都フェリクスもフェンリルから名前を取ったと言われてます。ですが今でも実在するとは思っていませんでした」
「え?」
感謝祭まであるのに? 疑問を口にする前にスプレンドーレさんが、アルヴィンさんの前に出てきた。
「初めてお会いしますわね。私わたくしクレルの母でスプレンドーレと申します」
アルヴィンさんは流れるような動きで、片ひざをつくと右手を胸に当てて頭を下げた。
「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。フェリクス宮廷魔術師のアルヴィン・クリスティアーノと申します」
こうやってアルヴィンさんが挨拶をする所を見ると、改めてスプレンドーレさんって凄いんだと思う。
光の大精霊なんだから当たり前なんだけど、最近精霊と触れ合うことが多くて感覚が麻痺してる気がする。
「ふふっ、そんなに改まらなくて大丈夫ですよ」
立ち上がったアルヴィンさんを見ると少し顔色が悪いようだ。
「大丈夫ですか?」
触れていいか少し迷ったけれど、近付いてそっと背中をさすった。よくなりますように……しばらくするとアルヴィンさんの顔色が少しずつ戻ってきた。
「もう大丈夫です。リゼさん、ありがとうございます」
「魔力に当てられたか、無理はするなよ」
「ごめんなさい、畑を育てるのに久しぶりに濃い魔力をたくさん使ったからまだ残っていたのね」
「お母様の純粋な魔力を受けて立っているだけでも凄いわ。クラウスは強い光の属性持ちだし、少しだけど精霊の加護を持ってるから平気だと思うけど、普通なら気を失ってもおかしく無いもの」
凝縮された魔力は生身の人間には強力な威圧にもなり大精霊のものともなればその作用も数段上るらしい。
「本当に大丈夫ですか?」
「えぇ、リゼさんのおかげです」
背中をさすっただけなのに優しいな。ふわっと笑ったアルヴィンさんのお礼に倒れそうだ……。
「力を使ったのか?」
「力ですか?」
「いや、わからないのならいい」
少し周りを見てくるとクラウスさんとアルヴィンさんは離れていった。クラウスさんが属性と加護のおかげなら、私が平気なのもクレルのおかげなのかな?
それにしてもアルヴィンさんってやっぱり凄いんだなぁ。アルヴィンさんがクレルに褒められて私も嬉しい!
「ところでお母様、畑を育てるってなんですか?」
「うふふ、せっかくだから森を土から作り変えていたのよ。畑作りには土が大切なのよ」
よくわからないが、壮大な事になっていることだけはわかった。
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