第35話 隣国ネラディオス

 扉が開くと、メアリアさんと疲れた表情のアルヴィンさんがいた。


「クラウス様、私はあなたにまだ報告があるのでしばらく王城で待つようにお願いしましたよね?」


 アルヴィンさんの迫力にクラウスさんは顔を引きつらせながら、必死に言い訳をしていた。この様子だけ見ると、どちらが上司かわかない。結局、クラウスさん途中で抜けてきてたんだ。


「アルヴィン、落ち着け。こちらも重要な話があったんだ。とりあえずお茶を飲もう」


 クラウスさんがメアリアさんに耳打ちすると、すぐにお茶の用意をしてくれた。


 アルヴィンさんは、紅茶をチラッと見るとため息をついて席に着いた。


「私は最初から落ち着いています」


 アルヴィンさんが、カップに口をつけたのを見て私も紅茶に目を落とす。澄んだオレンジ色の紅茶を一口飲むとフワーっと香りが広がっていく。


「わぁ、美味しい」


 思わず出た言葉に、メアリアさんが微笑みながら小さな声で「アルヴィン様のお気に入りの紅茶なんですよ」と教えてくれた。

 クラウスさん、紅茶でアルヴィンさんの機嫌をとったのか。威厳も何もないが、作戦は成功のようだ。


 クレルは、添えてあったクッキーが気に入ったようで嬉しそう。本当に甘いの好きだよね、森に帰ったら沢山作ってあげよう。



「それで重要な話とは何だったのですか?」


「あぁ、まず1つはリゼとクレルが契約を結んだ」


 アルヴィンさんも想定していたのか、それでも少し驚いたようだったけれど黙って頷いている。契約は珍しいとクラウスさん本人も言ってたのに、みんな良く分かるよね。不思議だ。


「問題はこちらだ、ネラディオスの初代王も精霊と契約を結んでいた。王は契約した精霊と婚姻している。隣国の精霊学の著しさと豊かさの理由はこれだな」


「初めて聞きますね。クレルさんがいる以上嘘という事はないでしょうから……。ネラディオスは他国より加護持ちが多くいるので、契約者が居るのではと思っていましたが、まさか初代王が精霊と婚姻していたとは。では、ネラディオスの王族に度々現れる強い魔力持ちは……」


「初代王と精霊の恩恵だろうな。先祖返りもあるようだが、クレルの話によると強力な魔力持ちは百年に1度位の割合で生まれている」


「百年に1度とは多いですね。それほどまでに精霊との婚姻は後に影響を与えるのですか?」


 アルヴィンさんは答えを求めるようにクレルに視線を向けた。


「私もその時代にいたわけではないから、ハッキリとは言い切れないけれど、よほどネラディオスの王とその国は精霊に愛されてたんじゃないかしら? でなければ、数百年も絶えず強い魔力持ちが生まれるのは難しいと思うわ」


「愛されていたとは?」


 クラウスさんの問いにクレルは静かに答えた。


「精霊に消滅による死はあるけれど、寿命というものは無いの。だけど、契約を結んだ精霊は王と共に亡くなったと聞いたわ。自分の命と引き換えに、ネラディオスという国と王族に強力な祝福を与えたんじゃないかしら。最後は、精霊としてではなく人として王に寄り添い生涯を終えたのね」


「なるほど、精霊の命と引き換えの祝福なら不思議ではありませんね」


「先見の明を持って国を導く者、正しい事を望み不正を許さない、民に愛されし賢王の素質を持つ者」


 クラウスさんが急に何かを言い出した。


「何ですか? クラウスさんの事ではなさそうですけど」


「本当に失礼なやつだな。ネラディオスの第一王子の評判だ。噂では非の打ち所がない青年のようだぞ」


 良かった、クラウスさんが自分の事だとか言ったらどうしようかと思った。


「すごいですね、そんな方が第一王子ならネラディオスは幸せですね」


「本当に噂通りの人間ならな」


「え? 本当は違うんですか?」


 やはり噂と現実は違うのだろうか。


「さぁな、第1王子に会った事がないからわからん。だが、そんな出来た王子が本当にいると思うか?」


 いると思うかと聞かれても困る。ついこないだまで貴族なんて別の世界の人たちだったのだ。隣の国の王族についてなど考えた事もない。


「わかりませんけど、噂になるくらいだから立派な人なんじゃないですか?」


「ネラディオスは閉鎖的な国ですから、外交も必要最低限でして王族に関しても謎が多いでからね。リゼさんの言う通り、その国の王子の噂がフェリクスにも届くのですから優秀ではあるのでしょう」


 アルヴィンさんの言葉にクラウスさんはあまり納得していないようだ。


「クラウスは何か気になる事でもあるのかしら?」


「アルヴィンの意見は最もだが、ヒューバート第1王子はあまりいい感じがしない」


「会った事ないって言ってましたよね?」


「ないな、勘だ。王子の名前の響に違和感がある」


 えぇ、勘で隣国の王族にケチつけてたのか。クラウスさんが勘だと言ったのを聞いたアルヴィンさんは、何か考えているようだった。これ、またクラウスさんが怒られるじゃないかな。


「クラウス様の勘ですか。当たらないで欲しいですがヒューバート王子には警戒しておいた方が良さそうですね」


 ん? どういう事だ?

 私の疑問にアルヴィンさんが言葉を続けた。


「クラウス様の勘は当たるんです。今まで何度もそれに救われた事もありました。リゼさんとクレルさんの契約もクラウス様が事前に言ってましたので。流石に契約となると半信半疑ではあったので大変驚きましたが」


 クラウスさん、怒られるなんて思ってごめんなさい。しかし、アルヴィンさんあれで驚いてたのか……。


「勘も、悪い予感ばかりではないのだがな。ただ良くない事が起こる前には、どこかに違和感があるんだ」


 すごいなー。魔術的な事と関係あるのかな?


「クラウスの先祖が受けた加護の効果ね、あなたを守ってるのよ」


 クレルの言葉にクラウスさんは「やはりか!」と言った。嬉しそうだなクラウスさん。加護は薄まってるって言ってたのに、それでも未だに危険を知らせたりってすごいなぁ。






 ――ネラディオス 聖クリスティナ教会


「光り輝く慈悲深きクリスティナ様 愚かにも迷い進む我ら敬虔なる使徒を どうかお導きください」


 窓から差し込む太陽の光が、教会の祭壇で優しく微笑む女神像を照らしている。その女神像に祈りを捧げている初老の男に向かって、白いローブをまとった人物が歩いてくる。近くまで来ると膝をおり男に声をかけた。


「司教様、ただ今戻りました」


 司教と呼ばれた男は立ち上がって振り向くと満足そうに頷いた。


「ご苦労さまです、それでフェリクスはどうでしたか?」


「精霊に加護を授かった娘が確かにいました。しかし、連絡を寄こしたフェリクスの下級貴族が先走り娘の保護はかないませんでした。申し訳ありません」


「そうですか……加護の娘を保護出来なかったのは残念ですが、精霊が隣国に居たとわかったのですから、知らせてくれたその貴族には感謝しなければなりませんね」


「想像以上にフェリクスの保護が早かったので、しばらくはこちらも警戒が必要かと」


「仕方ありません。すでに国の保護下にあるのなら、急いで事を仕損じてはいけません。いずれ加護持ちの娘を我が国で保護すれば、精霊も姿を現わす可能性があります。ヒューバート様もお喜びになるでしょう」


「フェリクスの貴族はいかがいたしましょう? 加護持ちの娘に執着しているようです」


「ふむ、下級貴族が加護持ちを求めるなど己を知らないようですね。フェリクスの視線をその貴族に向けさせる為にも、しばらく泳がせておきましょう。かの国の魔術師も優秀だと聞きます、ならば捜査線上にはすでに浮かんでいるでしょう」


 2人が話していると、教会の重厚な扉が開き1人の青年が颯爽と歩いてきた。


「ヒューバート様、お一人で歩かれては皆が心配しますよ」


「ははは、皆は心配し過ぎだ。フェリクスから使者が戻ったと聞いたが、精霊は見つかったのか?」


 ヒューバートはチラリと白いローブ纏った者に視線を向けた。


「イスタ、ヒューバート様に報告を」


「はっ! フェリクスに精霊が居るのは間違いありません。精霊の加護を受けた娘もいるようです。残念ながら保護する事は出来ませんでした」


「ついに見つけたか! 精霊だけでなく加護を受けた娘までいたとは。イスタとやら、良くやった!」


 イスタは膝をついたまま深く頭を下げた。ヒューバートの意識はすでにイスタにはなく、喜びと興奮を抑えられずにいた。


「ヒューバート様、フェリクスも精霊と加護持ちの存在に気付いているようで既に国フェリクスの保護下にあるようです」


「精霊がいるに相応しいのは我が国だ。初代国王が精霊に選ばれた歴史がそれを証明している。ドリスト司教、加護の娘から目を離さぬように。久しぶりに人間に加護を与えたのだ、必ず近くに精霊はいるはずだ」


「承知致しました」


「今、精霊が現れたのも女神クリスティナと初代王の思し召しであろう。伴侶としてネラディオスの第1王子私に授けて下さったのだ。この導きに感謝しなければ」



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