第34話 襲撃の理由

「情けないとは思わないがな」


 その声にゆっくりと顔を上げてクラウスさんを見ると、まるで愚図る子どもをあやす様に優しい声で諭してくれた。


「唯一の家族が亡くなり、村を出て生死をさまよう思いをしたんだ。その時に差し伸べられた手を取るのも、戸惑うのも、すがるのも特別不思議な事じゃない。まだ若いんだ尚更だろ。自分を守る為に壁を作るのも、求めていたものが手に入りそれが離れていくのを恐れるのも当然の事だ。それくらいの事誰も責めたりしない」


「それくらいの事……ですか?」


「それくらいの事だな。貴族社会など毎日が騙し合いみたいなものだぞ。それに比べたら君が今背負っている罪悪感みたいなものは、純粋で可愛いものにさえみえるな」



 毎日が騙し合いってなんだ、怖すぎる。


「リゼ、ごめん。そんなに悩んでるとは思わなかったの」


 クレルの泣きそうな顔と相反する温かな手が私の手を握りしめた。


 何を不安に思ってたんだろう、こんなにも心配してくれる人がいるのに。ジェフさんやライラさんにも、毎日沢山の優しさや愛情を確かにもらっていたのに。


 体を覆っていた膜がボロボロと剥がれ落ちていく気がする。


「クレル、ありがとう。謝るのは私の方だよ。ごめんね。もう大丈夫」


 クレルの手をギュッと握り返す。


 今、私はクラウスさんの言葉に救われた。


「クラウスさん、ありがとうございました。目が覚めました……ってなんですかその顔は」


 鳩が豆鉄砲食らったような顔で、残念イケメンになっている。残念でもイケメンなのは羨ましい。


「いや、誰かに礼を言われるのが新鮮で」


 クラウスさん、魔術師長なんですよね?

 お礼なんて言われ尽くされてそうなのに。


「クラウスさん、ちゃんと働いてます? そういえばアルヴィンさんは仕事中って言ってたのにクラウスさんは帰ってきてるし」


「さっきまで、この世の終わりのような顔をしていた人間とは思えない失礼さだな。ワイバーンについて分かった事の報告と、確認に来たんだ」


 床に座ったままだったのを、クラウスさんが手をさし出し立ち上がらせると、座りやすいように椅子をひいてくれた。

 勿論、手を差し出したのも椅子を引いたのもクレルにだけだ。


 別にクラウスさんにどうこうして欲しい訳じゃないが、相変わらずのブレなさだ。


「それで襲って来た相手は分かったの?」


 クレルの問いに、クラウスさんは腕を組みながら答えた。


「王都の商人で男爵位を授かった男がいる。謁見後、直ぐにリゼの面会を申し込んで来たらしい。今回の保護は秘密裏に行っていたんだ。保護が決まっていた謁見デモンストレーションとはいえ、中級貴族以下は謁見後の通達だった。事前に知らせていた上級貴族と違い、知るはずのない男爵位の人間が面会に来ることがおかしい」



「じゃあ、その人が犯人なんですか?」


「絡んでいるとは思うが、正直男爵程度でどうにか出来るとも思えない。ワイバーンは魔力干渉を受けていた。従属魔法だ。あの術式を使える魔術師を持っていたり情報の速さからも単独とは考えにくい。男爵を動かしている黒幕がいると思っている」


「いいように使われているのかしら?」


「報告書には野心家とある。協力するかわりに何か持ちかけられたかもしれないな。リゼ、今回の襲撃は始まりだと思ってくれ」


 クラウスさんの言葉に部屋が静まる。


「もちろん君たちの安全は我々にとって最優先事項だ。だが、考えていた以上に相手の動きも早かった」


「よく言うわ、私かリゼどちらが狙われているか確認するために私たちを別行動させたわよね? それに国の庇護下に入ったら安全だと言ってなかったかしら?」


 あ、クラウスさんが固まった。

 一瞬目が泳いだが、観念したのか頭をガシガシとかいて「気付いてたのか」と言うと、一呼吸置いてすんなりと謝罪した。


「その件に関してはすまなかった。君がリゼを危険に晒す事を嫌がると思ったのでこちらで動いた。保護も万全では無いが、ある程度の抑止力にはなるのでそこは理解してほしい」


 クレルも状況は理解しているので、それ以上は言わなかった。ただ疑問が1つある。


「どうして加護持ちは狙われるんですかね?」


 クレルの力を欲しがるなら分かる。だけど、貴族への説明は加護を受けた事と緑の魔力持ちということだけだ。クレルが側にいる事も伏せられている。


 作物を育てる力を欲しがるのが農民ならまだ分かる気はするんだけど……。


「「えっ??」」


 クレルとクラウスさんの声が重なって、2人の表情が段々と残念な感じになっていく。


「先生は古代文字は教えておいて、基本的な事は本当に何も教えなかったんだな」


 しみじみ言われるとなんか悔しい。


「精霊の力を得るために、精霊私たちが人間達に狩られていた話は覚えている? リゼが思っている以上に精霊の存在は貴族にとって大きいのよ」


 クレルの言葉に頷き、真剣な表情でクラウスさんが私を見た。


「加護持ちや強い魔力持ちは一族の誇りだ。魔力持ちの平民を国が管理しているのも、一部の横暴な貴族から守るためでもある。過ぎた力は人に野心を持たすからな」


「リゼの場合は、若い女性なのも問題なのよね」


「そうだ、魔力量は遺伝しやすいからな。婚姻を結びたがる貴族はこれから山のように出てくる。平民である君の保護を急いだ理由の一つが、君の同意なき婚姻を防ぐというのもだ。君の婚姻には、陛下と私の許可が必要だ」


 貴族から結婚の申し込みなど実感がわかない。


 だけど、クラウスさんの言うことが本当なら謁見の間で感じたあの品定めするような視線はそれだったのかな。

 うーー、嫌すぎる。

 上級貴族クラウスさんと陛下から婚姻許可が必要なんてジェフさんとライラさんが聞いたら卒倒しそうだ。


「その話を聞いたら保護は凄く有難いですけど、私の結婚に陛下の許可が必要って恐れ多いですね」


「恐れ多くもなんとも無い。陛下が君に求婚してもおかしくないくらいだ」



 なっ!!!!



「ちょっとクラウスさん! そんな不敬な冗談やめてくださいよ」


「冗談ではない。君たちは契約を結んだのだろ?」


 ついさっきの事なのに、この部屋監視でもされてるんじゃないだろうか。キョロキョロと部屋を見回すが何も変わった所は見当たらない。


「ぶはっ!」


「だからリゼは可愛いのよね」


 2人の反応の意味が分からず首をかしげる。


「クレルはともかく、君に悟られる様な監視など私が付けるわけ無いだろ」


 あ!


「やっぱり監視してたんですか!?」


 いつの間にかクレルの事名前で呼んでるし! 

 色々納得いがず憮然としていると、クラウスさんに頭をわしゃわしゃと撫でられた。


「監視されてたら私が気付くから大丈夫よ。クラウスが帰って来た理由も、私たちが契約したかどうかの確認なんでしょ?」


 そういえば、クラウスさん報告と確認って言ってたね。


「そうだ。さっきのリゼの反応だともう契約はすませたようだな」

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