第33話 不安と葛藤

 契約したからといって特別な変化は何も感じない、クレルの方を見ると先程のデレは消え去り左手を見ていた。


「何見てるの?」


 クレルの左手を見ると、小指の付け根を囲むように文字が見える。文字の指輪みたい。

 うーん、おばあちゃんが持っていた本の文字に似ている気がするけど、所々違うようで読めない。

 おばあちゃんの本なら読めるんだけどな。


「私とリゼの契約の印よ。理由はわからないけれど人によって印も場所も変わるのよね。リゼも体のどこかに印が現れてるはずよ」


 わー! どこだろー! ちょっと嬉しいかも。

 しかし、あちこち見てみるが印は無かった。えぇ、なんでだ……。


「印が現れないって事はないんだよね?」


「お風呂に入る時にでも探したら見つかると思うわよ。必ずあるから」


 そうしよう。うなずいてもう一度クレルの小指をみる。


「ねぇ、クレルの印は文字に見えるけどなんて書いてあるの?」


「精霊文字で "時を共に" って書いてあるわね」


 わぁ、結婚の誓いみたい。精霊文字だったんだね。


「なんだかロマンチックだね」


「ふふっ、そうね。精霊と1番最初に契約したのが、隣国ネラディオスの建国の王サミュエルなの。あまり知られていないけれど、彼は契約した精霊と結婚したのよ」



 ――――えっ!! 

 人間と精霊って結婚出来るの?

 それ、クラウスさん知ってるのかな。知ってたら本気でクレルの事を狙ってきそうだ……。


「じゃあ、ネラディオスの王族は精霊に近いの?」


「サミュエルと精霊が結婚したのは600年も前だから、今の王族はほとんど普通の人間と変わらないわ。それでも100年に1度位は強い魔力持ちが生まれるみたいね」


 ほーう。もしかしたら、ネラディオスが聖都って呼ばれるのは精霊と関わりがあったからなのかな。


「あ、そう言えば契約の時に言ってた"始祖の力を纏いし幼きもの"ってクレルの事なの?」


 聞いた瞬間クレルの目が泳いだ。手をバタバタさせてあきらかに挙動不審だ。

 なんだろう……今日は珍しクレルが沢山見れる。いい日だ!

 クレルはふぅーっと息を吐くと諦めたのか、隠す気は無かったんだけど……と話はじめた。


「お母様はリゼも知っての通り光の精霊なの。里の精霊はお母様の魔力から生まれたと話したけれど、私は違うのよ。お父様もいるの」


 つまりクレルはお姉さんたちと違って魔力から生まれてないって事? 恥ずかしそうに話すクレルを見ながら、頷いて話をうながした。


「お父様は精霊たちの王なの」


 ぶっ!!!


「クレルのお父さん精霊王なの!?」


「えぇ。お父様の力は受け継いでいるのだけれど、名乗るにはあまりにも力が足りなくて言うのも恥ずかしいのよ。だけど必ずお父様やお母様みたいに立派な精霊になってみせるわ」



 精霊王と光の精霊の娘って、精霊界のプリンセスだよね。


「あの、私と契約して本当に良かったの? あまり贅沢は出来ないし、これからも畑仕事しながらのんびり暮らすよ?」


 クレルは頬を膨らますと拗ねた。それはもう盛大に。


「リゼってば私の事一体どう思ってるの!? 畑仕事に不満を言った事なんて1度もないでしょ。あの緑の魔力に満ちた森と、なによりリゼが好きだって何度も言ったわよね!」


 ひぃーーー、ごめんなさーーい!!


 クレルに土下座する勢いで謝っていると、部屋のドアが開きお城から帰ってきたのか呆れた顔をしたクラウスさんが立っていた。


「何をやってるんだ、君は」


 いつも狙ったかのようなタイミングで来るのはやめてほしいです。


「あら、おかえりなさい」


 クレルのお出迎えに気を良くしているクラウスさんを横目に、素早く立ち上がって体制を整えると辺りを見回した。はぁ、良かった誰もいない。帰って来たのはクラウスさん1人のようだ。


「アルヴィンならまだ執務中だぞ」


 クラウスさんがニヤリと笑いながらこちらを見ていた。ぐぬぬ、ホント目ざとく気付くんだから!!


「はいはい、リゼも落ち着いて。クラウスもリゼで遊ばないの」


 あ、いつものクレルだ。もしかして機嫌直ってる??


「……もう怒ってない?」


「元々怒ってなんかなかったわよ。リゼが毎回同じ事言うから、ちょっと腹が立っただけよ」


 うっ、それを怒るって言うんじゃ……。


「珍しい光景だな。彼女クレルを怒らせるなんて、何を言ったんだ?」


「それは……」


 説明しようとして言葉に詰まってしまった。


 何て言ったらいいんだろう。これは、おばあちゃんが亡くなってからずっと私の心の中にあった不安だ。


 両親や祖母、大切な人が居なくなってしまった私の前に現れたクレルという存在はまさに奇跡なのだ。

 ジェフさんやライラさんは、勿論大好きだし大切な人たちだ。こんな事言ったら失望されるかもしれないが、2人の前では良い子でいなければいけないと思っていた。


 偽りの私でもないけれど、本当の私かと言われたら違う気もする。取り留めのないことを、なんの気負いもなく話したり笑いながら共に過ごせるクレルを、今は何より失いたくない。


 精霊王と光の大精霊を両親に持つクレル。

 私が、そんなクレルと契約するに値する人間なのかと不安だと一方で思いながらまた1人になるのが怖くて、安心したくて何度も確かめるような事を無意識にしていた。



 自分勝手な考えを見透かされて、クレルがいなくなるのが怖くて、それでいて「大丈夫よ、私は居なくならない」という言葉が欲しくて。

 そんな感情を、私を好きだと言ってくれてたクレルにぶつけながらも知られたくない。


 最低だな。クレルは私と居ると言って契約してくれてたのに。



「ごめんなさい。クレルの気持ちを何度も確かめるような事してた」



 クレルに頭を下げると、しばらくの沈黙の後にクレルのため息が聞こえた。胸のあたりが締め付けられるようにギュっと痛む。


「そんな事に怒ってないわよ。私はリゼが自分を卑下するのが嫌だったの」


「えっ?」


「不安な気持ちがあれば何度でも聞いてくれたらいいわ。その度にちゃんと答えるから。"私でいいの?"なんて自分の事をそんな風に思わないで」


「わ、私……、ジェフさん達の事家族みたいだって言いながらも、どこかでその絆はきっとそんなに強くないって思ってたの。みんなが王都に行って、そんな時クレルと出会って "絶対に離れない" って "ずっと側にいる" って言ってくれた言葉がすごく嬉しくて……でもいつかはいなくなるんじゃ無いかって不安で」


「今も?」


 今は……。


 クレルはジッと私を見ていた。


「なぁ、俺には2人は相思相愛にしか見えないんだが。彼女は君を選び、君は彼女を選んだ。何を悩む事があるんだ? ジェフの話も出たが、彼らと過ごしたのは一年足らずなんだろ? 君たちの関係を否定するつもりはないが、初めて会った人間同士がたったそれだけの期間で分かり合えるなど無理だろう」



「えっ……」


「君は、行き倒れてたのを助けてもらったのを負い目に感じているんじゃないのか? 仕方なく一緒にいてくれたんじゃないかと」


「クラウス!」


 クラウスさんの言葉にクレルが反応するが、それを目で制して再び話を続けた。


「アルヴィンが言っていたが、久しぶりに会った君は本当に嬉しそうで、彼らもまた君を大事に思っているようだったと。あいつの人を見る目は確かだからな。彼らが求めているかは分からないが、負い目があるのならば返せばいい。自分が不安な部分だけを切り取って全体を見間違えては元も子もないぞ」



 体から一気に力が抜け、ドンっと床に座りこんだ私をクレルが側に来て抱きしめてくれた。


 あぁ、そうだ……。クラウスさんの言う通り、森に迷い込んだ身寄りのない私と仕方なく一緒にいてくれたんじゃないかってここの底で思ってた。

 自分の事を悲劇のヒロインとでも思っていたのだろうか。いつからこんな考え方をするようになってしまったんだろ。


「ははは、情けないです。クラウスさんの言う通りですね」

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