第32話 精霊との契約
王都でワイバーンの後処理にみなが追われているころ、森ではクレルが自身との契約をリゼにもちかけていた。
「契約って、加護とは違うの?」
「違うわ。リゼに渡した私の加護は、水を出したりとか生活に便利だなって感じる程度のモノなの。使いこなせれば多少の攻撃や防御にもなるけれど、精霊との契約は私自身を使えるの」
え、クレルを使うってなんだ?
「契約していたら、たとえ離れていてもすぐにリゼのそばに行けるの。リゼが狙われていると分かった以上、魔術の訓練より先に必要だと思うわ。相手が誰であれ指一本触れさせないから。私が守ってあげれる」
心配してくれるのは凄く嬉しいけど、クレルが戦う姿が全く想像できない。
「戦ったりしたらクレルが危いよ」
クレルは女の子なのだ。背だって私より10cmも低いし、身体もほっそりとしてワイバーンなんかと戦ったら風圧だけで倒れてしまいそうだもん。
いかん、いかん。そんな危険な目には合わせられない。
ん? クレルの肩がわずかに揺れたかと思うと、笑い出したぞ。ここは、笑うより「そうだね」と納得してもらうところだ。
「やだ! リゼったら! 精霊が契約持ち出したのに戦ったら危ないだなんて。……ふっふふ、初めて聞いたわ。私はリゼがおもうよりうんと強いから心配しなくても大丈夫よ」
あー面白いと言いながら、涙を手で拭っている。
「むー、そんなに笑わなくてもいいのに。クレル小さいし心配するよ」
「極端な話、私たち精霊は魔力の塊だから姿は変えれるのよ。この姿で魔力と魂が定着していて疲れるからわざわざ姿を変える精霊は少ないけど、いない事はないわ」
つまり? 見た目をムキムキにしようと思ったら出来るって事??
そ、それはダメだ。私の一言でクレルがムキムキ精霊に変わったら、私がクラウスさんに何をされるかわからない……。
そして、私もそんなクレルはイヤだ。
「クレルはそのままでいて」
私の為にもお願いします!
クレルは、また少し笑いながら話を続けた。きっと考えていた事が分かったのだろう。私ってそんなにわかりやすいのか……。
「あと一つ。加護を与えたらその人間と共にいる場合が多いと前話したけど、必ずではないの。途中で加護を打ち切る事も出来るから。でも、契約の場合はどちらかが死ぬまで破棄されることはないの。だから、精霊はよほど相手の事が気に入らないと契約なんてしないの」
なるほど、つまりクレルは私が大好きって事だな!
私だってクレルが大好きだ、クレルとずっと一緒にいれるなんて幸せでしかない。
契約、したい。
「クレル、お願いします!」
**************
豪華な部屋で男が1人、机を叩きながら怒りをあらわにしている。男の近くには白いローブを着た誰かが立っているが、いつもの事なのか何も言わずにその姿を見ている。
クソっ! なぜだ! なぜだ!! なぜだ!!!
先にあの娘を見つけたのは、ワシだぞ!!
これで貴族やつらを見返せると思っていたのに!
貴族共に頭を下げながら汗水たらして王都一の商会を作り上げ、やっとの思いで男爵位を授ったのだ。
それを「爵位を金で買った」だの「品がないだの」コソコソと好き勝手いいおって!
ワシから金を借りてたのは、ほとんどが貴族ではないか!!
魔力と加護持ちの娘さえ手に入れれば、もう好き勝手は言わせんと思っていたのに。
あの宮廷魔術師め横から掻っさらいおって。今回の計画のために、魔術師にワイバーンと一体どれほどの金を使ったか!
あの娘、逃すものか。必ず手に入れてみせるぞ……。
**************
「正式に契約すれば精霊魔法が使えるようになるわ」
精霊魔法とは人間が言い始めたものらしい。それが浸透し、精霊たちも自分たちが契約した者が使う魔法を精霊魔法と言っているようだ。
「それが、クレルを使うって事なの?」
精霊魔法って、絵本の中でエルフとかが使う魔法だ。おとぎ話の中だけの存在だと思っていたけれど、精霊クレルがいるのだから、この世界にエルフがいても不思議ではないよね。
エルフもいるのかな?
「そうよ。契約しなくても守るつもりでいたけど、私がいない時に何かあったら嫌だから。居心地のいい森にリゼの料理、今さらリゼのいない生活なんて考えられないわ」
ふっふっふっ、全力でクレルの居心地の良さを追求してきて良かった!
これからも、私から離れられないようにしてくれよう。
それはそうと、契約と言えばやはりあれだ!
ワクワクする気持ちを抑えて聞いてみる。
「契約って儀式とかあるの?」
魔法陣の描かれた暗い部屋で呪文を唱えたり、秘境の地に指輪を探しに行ったり、もしくは生命いのちの半分を渡したり……。
「……何となく考えている事は分かるけど、リゼが思っているような物騒なのは無いわ。お互いの魔力を干渉させて契約を結ぶのよ」
お互いの魔力を干渉させて……。
おぉ、響きだけでかっこいい! 残念な目で見られているのは分かるけど、幼い頃から憧れていた魔法のある世界の中に自分がいるのだ。胸のドキドキは止めようがない。
「あと一つだけ。契約は契約者どちらかの死によって破棄されると言ったけれど、それは相手を殺しても破棄されるの。覚えておいて」
契約破棄とは中々ヘビーな条件があるようだ。想像していた生命半分の契約儀式より物騒じゃないか。覚えてはおくけれど……。
「必要はないかな」
笑いながら答える私に、クレルも笑って「そうね」と答えた。
クレルも笑顔で答えたはずなのに、次の瞬間には腰に手を当てて人差し指を前後に振りながらほっぺを膨らましていた。
「そんなリゼが好きだけど、ちゃんと契約内容は聞かないとダメだからね!? お人好し過ぎてウッカリ騙されました〜! なんてならないように!」
「うっ。はい」
私の返事にクレルは「よしよし」と満足している。
「じゃあ、契約しましょう。準備はいい?」
クレルの差し出した両手を掴んで向かい合う。クレルを見ると、私を安心させるように頷いてそれからクレルの魔力が私の体に流れ込んできた。包み込むような暖かな魔力だ。
「大丈夫? 今度はリゼが私に魔力を流して」
目を瞑り意識を集中させながら、言われた通りにクレルに魔力を流していく。
どうか私の魔力がクレルを守ってくれますように。
繋いだ手に少し力が入った気がして、目を開けると少し目が潤んだクレルが優しく微笑んでいた。
お互いの魔力が混ざり合うのが分かる。
2つの魔力が溶け合って1つになって体を巡っていく。魔力が干渉するってこんな感じなのかな……。
ここが現実なのか分からなくなるような不思議な感覚に包まれていると、クレルの声が頭に響いてきた。
「古より守られし扉を開き精霊王に誓う。我始祖の力を纏いし幼きものと緑の魔力を使いしもの、命の終わりを迎えるまで共に歩むものとする。魔力の盟約を持って今ここに契約を印す」
クレルが全てを言い終わった時、体から魔力が溢れ出した。
わっ! どうしよう。
クラウスさんのお屋敷でクレルに魔力を送った時のように魔力が流れでている。慌てる私をクレルが優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫、今のは契約の時に溢れた魔力だからすぐに落ち着くわ」
キラキラと波のように魔力が部屋の床を流れていったがクレルの言ったとおり、直ぐに何もなかったかのように元に戻った。
良かった、クレルの言う通り一瞬だけだった。クレルの抱きしめていた手をそっと離すと、顔を覗きこんだ。さっき泣いているように見えたのだ。
「クレル大丈夫? どうかしたの?」
クレルはゆっくり顔を上げると少し照れながらそっぽを向いた。
ん? なんだこの反応は、今までにないぞ。
「リゼが魔力を流す時に、私を守るようにって考えてたでしょ? 精霊は魔力に敏感だから込められた思いなんかも分かるの。……それが嬉しかったから」
照れながらお礼を言うクレルが可愛いすぎる!!
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