第31話 調査
「あ、副長おかえりなさーい」
ドアを開けると、先ほどとは対称に気の緩んだ声で出迎えられた。
「どこ行ってたんっすか? クラウス様もいないし報告上げれなくて困ってたんですよ。ワイバーンが王都を襲って来たって城中大騒ぎなんですから」
「そーですよ! あっちコッチから、魔獣についての問い合わせはくるし。それなのに、お偉いさんは加護持ちの娘に挨拶をしたいって来て大変だったんですから。ワイバーンで忙しいのにそんな時間ないってのに、ほんと言ってもわかんないんですよ」
魔術部は、魔力の研究・解析・魔道具製作など多くの人が所属している。魔力の差はあれど、魔力持ちとわかった時点で国の管理下に置かれる。
管理下といっても、魔術部は給金も待遇も良く、魔力持ちと分かると一種のステータスにもなっているので貴族にとっては家の名誉、平民にとっては出世と不満が出る事はない。実質200名ほどで、平民も多くいるがやはり大半は貴族だ。
魔術部と言っても、研究や仕事内容により細かく分かれている。アルヴィンが所属しているのは、総務も兼ねた対魔獣や国の防衛に特化した部署だ。
「ワイバーンですが、今は王城に運ばれて来ています。魔力感知にかからず急に出現するなど不自然な点が多いので、イルゼはワイバーンへの魔力干渉の有無を調べてきてください」
「はーい。というかワイバーンの事知ってたんですね。それなら早く帰って来てくださいよ。にしても、あまり穏やかそうな話じゃないですね」
「あ、俺も行きたいです! イルゼさんと一緒に行っていいですか?」
真面目そうに答えているが、口元がヒクヒクと動いて嬉しさを隠しきれてないイルゼと「はーい! はーい!」と手を上げるイーサンの気持ちは分からなくもない。
実際に魔獣への魔力干渉など見る機会はない。普段なら行っていいと言えるんだがな……。
今は接触してきた貴族が気になる。
「イーサンには残ってもらいます。面会を求めてきた貴族について調べてほしいので」
メガネを上げながら話すと、イーサンは素早く書類を取り出した。
「面会に来た貴族は5人、それぞれの家柄・家族構成・ここ数年の動きなど調べてます!」
イーサンの目は輝き、早くワイバーンの調査に行きたいと体はソワソワしている。……挙動不審で騎士に捕まるなよ。ざっと書類に目を通すが、この短時間でよくここまで調べたものだな。
「イーサン、ご苦労さまです。では、イルゼと2人で調査をお願いします。ワイバーンは騎士団の詰所横の第1訓練場に運ばれてます。医術部も検死に来ると思いますので、くれぐれも揉めないように」
「はーい!」と声を揃えて行く姿は、まるでピクニックに行く子どもだな。
2人が部屋を出るのを見送ると、椅子に座って書類を一枚ずつ見ていく。謁見の間に来ていた上級貴族に混じって1人男爵家の人間がいた。
――――ザスワ=トロネイ
男爵家が単独で動くとは思えないが。それに保護の話が広まったとしても、上級貴族を差し置いて面会を求めるのが早すぎる。元々リゼさんの事を知っていた可能性もあるな。
男爵位を授かったのは10年前……以前は王都で商人をしていたのか。
すでに騎士団や医術部に囲まれているワイバーンをなるべく近くで見れるように、イルゼとイーサンは人混みをかき分けながら進んでいく。
「すいませーん、ちょっと失礼しますよ」
調査に行く事はちゃんと伝わっているようで、魔術部のローブを羽織っている2人は止められる事はなかった。
「おー、思ってたよりデカイな」
「騎士団が運んできたのよね? こんな時こそ魔術部に転移の依頼出してくれたらいいのにね」
ふと横を見るとなんとも言えない表情をした騎士たちがいた。
イルゼが「どうかしましたか?」と聞くと、どうやらワイバーンを倒したのが副長アルヴィンで、騎士の1人が直接ワイバーンの処理を請け負った為に魔術部に依頼しずらく騎士団で運んできたらしい。
「いや、なんというか……ご苦労さまです。普通に頼んでもらって大丈夫ですからね」
イーサンが慰めるが、この大きさのワイバーンだ。いくら鍛えている騎士団でも大変だったのは想像がつく。
「あぁ、ありがとう」と言って持ち場に戻って行く背中には哀愁を感じる。
「副長が倒してたんっすねぇ。眉間にしか目立った傷は無いし、ほぼ一撃ですね。えげつなっ」
「ちょっと変態的な正確さよね」
2人でアルヴィンへの認識を共有し合ったので、本格的に調査を始めようとした時、後ろからカッカッカッとヒールの音が聞こえてきた。
「あら、魔術部からも来てるの?」
声に気付くが2人は振り向かずお互いを肘で突きあっている。
(イーサン、ちょっとあんたが返事しなさいよ)
(嫌ですよ、俺あの人苦手なんっすから)
「ちょっと! 聞こえるわよ」
観念して2人が振り向くと、胸元まで開いた白のブラウスと黒のタイトスカートに白衣を着た女性が腕組みして立っている。
「医術部長、お久しぶりです。あいかわらず、はで……お綺麗っすね」
「お疲れ様です、レジーナ様。魔術部からも調査があってお邪魔してます」
「そう、医術部うちの邪魔をしないのであれば問題ないわ。ところで、……彼は来てないのかしら?」
「「えっ?」」
さっきまでの気の強そうな表情から一転して、顔を赤らめてモジモジとしている。
騎士団や医術部の中には、そのギャップに萌える人も多く、「かわいい」とチラホラ聞こえてくるが魔術部われわれにとっては正直迷惑でしかない。
「言わせないでよ! クリスティアーノ様よ」
一瞬誰だと忘れたくなるが、我らが魔術部の副長アルヴィン様の事である。このお色気を振り回している医術部長レジーナ様は、アルヴィン副長に惚れているのだ。
こうやってかち合うと、必ず副長の事を聞いてくるのだ。
最初は「口が悪いのも美人の特権ですよ」と話しかけられては喜んでいたイーサンも、(イーサン曰く)その特権たる口調の強さにダメージを受けだし、現場で会うたび何度もアルヴィンの事を聞いてくるので仕事も進まないと、今ではすっかり苦手になっている。
「アルヴィン副長は、別件を調査中です」
イルゼの返答に、レジーナ様は明らかにがっかりした顔を見せた。
そのまま何も言わずにワイバーンの検死を始めたので、イルゼとイーサンも調査を始める。
(そうそう、こんな人でしたね。興味があるのは副長か検死っすもんね。大体レジーナ様と副長ってそんな接点ありました? 現場はよっぽどじゃないと副長でないっすよね)
(イーサン知らなかったっけ? そのよっぽどの時にアルヴィン副長の倒した魔獣を検死して好きになったみたいよ。狙った所以外の臓器を傷付けずに仕留めるなんて美しいって)
(理解不能っすね)
小声で話しながらワイバーンを見ていくと、わずかに魔力の乱れる場所があった。
「イルゼさん」
「なにかあるね。それにワイバーンの魔力に違う魔力が混ざってる」
魔力の乱れがあった右目の閉じていた瞼を上げると、真っ赤になっている瞳に魔方陣があった。禁術となったのは、今から十数年前でその後従属魔法についての本や文献は閲覧禁止になったが、今でも詳しい人間は沢山いる。詠唱による呪文で縛るか、より効果を求めるなら魔術具や魔方陣を使う方法があることも。
「すげぇ、体の1番薄い部分に魔方陣を焼き付けたって事っすよね?」
「実際見たのは初めてだけど、従属魔法で間違いなさそうね。ワイバーンの瞳に魔方陣を焼き付ける事が出来る人間が何人いるのか……。とりあえず報告に戻ろう」
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