第36話 クラウスさんの両親
「まぁ〜!! なんて素晴らしいのかしら!」
「ポーションを婦人方の化粧品にするとは、これは贅沢だな」
「ほほほほ……恐縮でございます」
煌びやかな貴族の2人に捕まり頬を引きつらせながら、私は今、合っているのかもわからない言葉使いで返事をしている。
1時間ほど前、クラウスさんの両親がやってきたのだ。
陛下を交えた貴族との話し合いに、クラウスさんのお父さんも呼ばれていたけれど、数年前から領地で半隠居生活を送っていたため、知らせを受けて直ぐに出発したものの間に合わなかったそうだ。
「父上も母上も、少しは落ち着いてください」
クラウスさんが取り成すという珍しい光景を見ながら、こっそりと息をついた。
ちなみにアルヴィンさんは早々に仕事が残っていると退出し、クレルはクラウスさんの両親が部屋に入ってくる直前に私のペンダントに隠れてしまった。
話に聞いていた以上に、クラウスさんの両親は精霊が大好きなようだ。
2人は、最初こそ興奮を隠すように話していたが、精霊クレルから加護をもらった話になると目を輝かせながら質問が続いた。
ついには、ポーションの化粧水の話になり今に至る訳です。
「あの、まだあるので良かったら使ってみますか?」
使いかけを渡すのも悪いと思ったので、鞄に入れていた化粧水を取り出して渡そうとした所で、ポカンとしたクラウスさんの両親を見て我に返った。
謁見に呼ばれる程の大貴族に、手作りの化粧水を渡すのって、もしかして物凄く不敬なんじゃないか……。
わあぁぁぁ、どうしよう!
「す、すみません」
慌てて、手に持った化粧水の入った瓶を引っ込めようとすると凄い速さで両手を掴まれた。
「嬉しいわ! 早速今日使わせて頂くわね!」
楽しみだわ〜! と、どうやら喜んでもらえたようだ。クラウスさんのお父さんは、何やら「お礼を」と言っているが、化粧水作りにそれ程の手間もかからないので、気にしなくて大丈夫です。
きっと、クラウスさんのお屋敷で朝食に出てくるバターの一欠片より安く出来ているだろう。なんせ、瓶代だけなのだ。
うーん、しかし……効果には自信があるけれど、流石にクラウスさんのお母さんだけあって、年齢不詳なほどに若く見える。
これだけ綺麗だと、あんまり効果って出ないかも。お父さんも精霊の話さえしていなければ、渋みと落ち着きを合わせたクラウスさんの完全体という感じだ。
「ねぇリゼさん、私の事はケイラと呼んでちょうだいね」
「君だけ抜け駆けはずるいよ。リゼさん、私はフレッドで構わないよ」
庶民の私にそれは無理です……。
結局、クラウスさんの助けもあってケイラさん、フレッドさんと呼ぶ事になった。
クラウスさんありがとう! クラウスさんが頼もしく見えた。きっとクレルも見直しているだろう。
「ところでリゼさん、この化粧水だが元はポーションなのだから傷が治ったりするのかい?」
「そうですね、小さな傷はすぐ治ると思います」
フレッドさんは「そうか」と答えると何やら考えているようだった。
実際、化粧水を使いはじめてから家事や畑仕事で荒れていた指先はすっかり綺麗になっている。それ以外の傷には使った事はないので、あまり大きな事は言えない。
治したい傷でもあるのかな?
しばらく話していると、メアリアさんが夕食の準備が出来たと呼びに来てくれた。
私も同じテーブルで食べるようにと促され、クラウスさん家族と私の4人で食事をいただいた。
フレッドさんとケイラさんも、今日はクラウスさんのお屋敷に泊まるからとメアリアさんを筆頭にメイドさん達はバタバタだ。領地を出る前に早馬で手紙を出したが、それより先に2人が着き、到着から30分後にお屋敷に手紙が届いたそうだ。
護衛も付けずに2人で来て大丈夫なのかと聞いたら、フレッドさんとケイラさんは元宮廷魔術師で現役を引退しても、まだまだ若い人には負けないと笑っていた。クラウスさんが真顔で頷いているので本当のようだ。
「大体、お2人とも転移魔法ではなく何で馬で来たんですか。そうすれば謁見に間に合ったでしょうに」
「謁見召喚が、クラウスおまえからだったからな。直接会って聞いた方が早いだろ? 堅苦しいのは好きじゃないんだ。連絡が来て直ぐに出たのは本当だからな、はっはっはっ」
クラウスさんのため息が部屋に響いたが、2人は気にする様子もなくケイラさんは「お風呂に入るわ」とウキウキしながら化粧水を持ってメアリアさんと部屋を出た。
フレッドさんとクラウスさんもまだ話がありそうだったので、クラウスさんの奔放さってご両親譲りなのかもなぁと考えながら私も部屋に戻る事にした。
部屋に戻るとベッドに倒れ込んだ。
「つかれた〜」
クラウスさんの両親は、貴族だからって偉ぶってもなくいい人だった。ただ、貴族というだけで身構えて疲れてしまう。
「おつかれさま」
クレルが、ふわっとペンダントから出てきた。
「クレルってば、ずるいよー。隠れちゃうんだもん」
「悪かったわ、だけど私がいたら余計な騒ぎになってしまうもの」
そう、それはわかっている。ただの愚痴なのだ。
メアリアさんやお屋敷の使用人もクレルが精霊だとは思っていない。
クラウスさんのお客さまなので何も聞かれないが、フレッドさんとケイラさんはそんな訳にはいかないだろう。
だけど、明日はどうするんだろう。ライスさんもクレルの食事は用意するはずだ。
「クレルの事は、クラウスさんの両親にも秘密にするのかな?」
「どうかしら? 精霊わたしがいるって気付いている気もするわ。聞きたいけれど、我慢しているってところかしら?」
流石は元宮廷魔術師ってことなのかな?
「クレルは姿を見せても平気なの?」
「あまり進んで姿を見せる気も無いけれど、バレているのなら隠す気もないかしら。ペンダントの中から見てたけど、嫌な雰囲気もしなかったし精霊を大事にしているのは間違いなさそうだったから」
たしかに、フレッドさんとケイラさんがクレル精霊に何かするとは思えない。むしろ、クレル溺愛のクラウスさんと同じようなタイプだろう。
「そうだ、クレルはお腹すいてない?」
「平気よ、リゼと暮らし初めてから毎日食べてるけど、大気から魔力さえ取り込んでたら問題ないわ。それにクッキーも食べたから」
「え、そうなの? もしかして無理して食べてた??」
甘いのは好んで食べてると思うけど、普通の食事は私に合わせてくれてたら申し訳ない。
「まさか、今まで食べてこなかったのを後悔してるくらいだわ。リゼの料理は本当に大好きなの」
おぉっ、良かった。一安心だ。そろそろ森に帰りたいなぁ。精霊のお姉さんたちに任せてる畑も気になるし。
ワイバーンの襲撃で、王都の観光も出来なそうだ。色んなお店見たかったんだけどなぁ……お姉さん達へのお礼のパンケーキに乗せるフルーツやクリームはどうしても欲しい。買う方法がないか、明日クラウスさんに聞いてみよう。
「そろそろ森に帰らないとね」
「そうね、明日クラウスにいつ帰れるのか聞いてみましょう」
次の日の朝、クレルは普通に朝食の席に着いた。
明らかにフレッドさんとケイラさんは、クレルを見てソワソワしている。見ているこちらが緊張しそうだ。
意を決したフレッドさんが部屋にいる使用人を退出させ立ち上がると、2人はクレルの前で貴族の礼をとった。
「お初にお目にかかります。オルドリッジ家当主のフレッド・オルドリッジと妻のケイラでございます。もしや、リゼ殿に加護を与えられた精霊様では?」
クレルの前で膝を折る2人を目にして、改めて精霊の存在のすごさを感じた。……私って本当に運が良かったんだなぁ。
「えぇ、そうよ。そんなに畏まらなくて平気よ、私もクラウスにはお世話になっているから」
クレルの返事を聞いた2人は、昨日以上に目をキラキラさせいた。逆にクラウスさんは「昨日の苦労は一体……」と嘆いていた。
どうやら、昨夜夕食の後にフレッドさんから、精霊も屋敷にいるのではないかとだいぶ詰問されていたらしい。
国の秘密事項なので、答えられないと言ってかわしていたけれど、あまりにしつこいので「そんなに気になるのでしたら、ご自分で確認してください」と答えたようだ。
とはいえ、万が一クレルが姿を現してもクレルに直接聞くことは無いだろうし、クレルも違うと答えるだろと高を括っていたが、あっさり予感が外れて今嘆いている。こんな予感は当たらないんだなぁと、クラウスさんを見ていると何か感じたのか、ほっぺをつねられた。
……勝手に思考を読むのも、毎回つねるのもやめてほしい。
「まぁ、クラウス!! 女性になんて事をするの。リゼさん、ごめんなさいね。大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
頬を軽くさすって答えるが、痛いですとは流石に言えない。
「全く、そんな風にだから未だに独身なのだ」
2人に責められ、バツが悪くなったクラウスさんは退室していたメアリアさんを呼び食事の準備をさせた。
初めは緊張していたフレッドさんとケイラさんも、一緒に食事をするうちに、かなりクレルと打ち解けたようだ。おそるべき貴族の社交スキル。
食事も終わり、皆で紅茶を飲んでいるとケイラさんからポーションの化粧水がすごく良かったので出来ればまた譲って欲しいとお願いされた。
「今は手元にないので、森に帰ってからになりますが大丈夫ですか?」
「えぇ、お願いするのだものもちろんよ。お代は、今日渡しておいてもいいかしら?」
あげるつもりでいたので、化粧水に値段なんて考えてなかった。私とクレルの分と毎日作っているので手間でも無いし。
「すぐ作れるものですから、お代は結構です」
私が断るとケイラさんは一瞬驚いた後、少し怒った顔をした。
「リゼさん、自分の力を安売りしてはいけないわ。精霊の加護もあなたの力も素晴らしいものなんだから」
クレルも一緒に「リゼは自分の価値を知らな過ぎるのよね」と言っている。
そう言われても困ってしまう。
値段……どうしよう。
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