第4話 街へお出かけ

 今日は朝から街へ来ている。


 野菜を取引先に持って行くためだ。いつもなら荷馬車に頼むのだが、出発前に車輪が壊れて昼過ぎにしか動けないと言われてしまった。持てるだけの野菜は籠に背負って残りは車輪が直ったら街まで運んで貰うように頼んできた。森の家から街までは歩いて20分位だが、今日は籠にパンパンの野菜と暑さのせいで40分もかかってしまった。


「し、信じられない位重い……欲張らずもう少し減らせば良かった」


 肩をゼイゼイを揺らしながらハンカチで汗を拭う。取引先はパン屋と八百屋だ。このパン屋はライラさんが若い頃に働いていたお店で、ライラさんの手紙を持って初めて訪れたのは皆が王都に移り住んでからすぐの事だ。今は息子のバンさんが跡を継いでいて「不味かったらライラさんの紹介でも断るぞ」と言われたが、お客商売なのだ当然ですとリゼは店長のバンさんに野菜を食べてもらったのだ。

 リゼの渡した野菜をひと口べると、僅かに目を見開いた。


「……うめぇな、来週から頼めるか? 」


 そしてトントン拍子に話が進んだ。


 その後、バンさんの店に卸していた野菜を急に辞めると言われた八百屋のギュリさんがバンさんに理由を詰め寄った際に、私の野菜を食べて「ウチにも卸してくれないか?」と言ったのがギュリさんとの出会いだ。

 バンさんに「ミイラとりがミイラだな」と笑われてギュリさんは怒っていたが2人はこの街で共に育った仲間だそうだ。


 何となくギュリさんから変えて大丈夫だったのか聞いてみた。

「遊びじゃねぇからな、同じ食材なら美味い方がいいさ。あいつだってリゼの野菜気に入ってただろ? それにこの位で揉めるほど薄い付き合いでも無いさ」

 と笑ってたので安心したものだ。


 街のお店も開店の準備をはじめている、少し早足で進む。ようやく見えてきたお店の裏口を開けて声をかける。


「おはようございます!」


 焼き立てのパンのいい匂いがする。


「おー今日は遅かったな」


 バンさんがお店の中から顔を出した。すいません、と荷馬車の車輪が壊れて野菜が昼過ぎに遅れて届く事を謝罪した。

 野菜を受け取りながら話を聞いていたバンさんは、椅子と水をだしてくれた。


「森から担いできたのか?  無茶したな、重かっただろう少し休んでいくといい」


 ごくごくと水を飲み干してお礼を言ってコップを返した。心配なのは持って来れなかった野菜だ。


「バンさん、野菜足りますか? 」


「あぁ、いつも少しは余裕持って頼んでるからな。昼過ぎに届くなら問題ないよ」


 安心してホッと息を吐いた。良かった。

 次はギュリさんのお店に行かないといけないので、バンさんに挨拶してお店をでる。ギュリさんも歩いて来たことに驚いていたが、お店に並べるには少ないが昼にまた届くならどうにかなるだろと言ってくれた。



 さて仕事は終わりだ。後は荷馬車のおじさんが野菜を届けてくれるだろう。早速マリーさんの出産祝いを買いに街で人気の服屋さんにやってきた。本日のメンイベントだ。


(か、可愛い! )


 店内の一角にベビーコーナーがあり、フリフリのドレスやお花の刺繍がついた帽子と全部が可愛い。

 ……どうしよう迷う! 可愛すぎて全部欲しい!! 沢山働いていっぱいプレゼントしよう!

 まだ見ぬマリーさんの赤ちゃんに貢ぐ事を決めると、店員さんオススメのガーゼ素材の肌着とハンドタオルに決めた。

 喜んで貰うためにはプロに聞くのが良い、なんせ赤ちゃんと触れ合った事がないのだ、熱意はあるが何が喜ばれるかはサッパリ分からない。

 少々予算オーバーだったが後悔はない。そのままお店から王都まで送れると言うのでメッセージカードを添えて届けてもらうことにした。



「疲れた〜! 」


 家についてベッドに倒れ込むように眠ったのと、バンさんとギュリさんの店に昨日収穫し過ぎた大量の野菜が届いたのは同じ頃だった。


「あぁ、いつの間にか寝てたわ」


 時計を見ると2時間ほど寝ていたようだ。体力には自信があったのだけれど、朝とはいえ夏の日差しは体力を削ったのだろう。

 目を覚ましてすぐ畑へと向かった。今朝と同じくツヤツヤと美味しいそうな野菜たちが大量に実っている。


 不思議だ。


 今日の日差しで少し弱ってかと思ったのだけれど草を抜いたり虫をとったりしながら野菜を観察するが、全てみずみずしく一つも傷んだ野菜が無かったのだ。こんな事は初めてだ。これもペンダントのおかげなのだろうか……。


「魔術の力ってすごい」


 いつもより数段美味しかったトマトを思いだしながら、今日は夏野菜のパスタとトマトサラダにしようと決めた。メニューが決まると近くにあった籠を取ってその中に選んだ野菜を入れていく。

 デザートはさくらんぼにしよう。バンさん達にも野菜と一緒にさくらんぼを入れておいた。注文には無かったがどれも1人ではとても食べきれない量だし気に入って貰えると良いんだけど……。


 野菜とさくらんぼを籠に入れ終わる頃には辺りもだいぶ涼しくなってきた。ササッと水やりを終わらせて夕飯作りにしよう、こんな時魔法使いなら呪文一つで雨を降らせるのにねとペンダントを見ながら1人で笑ってしまった。ただ昨日からの不思議な出来事につい魔が差したのだ、本当についとしか言いようがない。


「水よ! 」


 畑に向かって手をかざした。

 体からスっと少し力が抜ける感じがしたかと思うと途端にサーーーーっと水が畑に降り注いできた。


「嘘でしょ!!!」


 ひとしきり1人ではしゃいだ後、とんでもなく高価なペンダントなのかもしれないと大事に胸元にしまい部屋に戻った。

 その夜、ドン!! っと大きな音が何度か森に響いた。


「空は飛べないみたいね……」


 次の日の朝はお尻が痛くて中々ベッドから出れなかった。





 ─────なんだこの大量の野菜は!!?


 野菜の入った箱の中にはカードが入っていた。


 バンさん、遅れてごめんなさい。

 注文よりは少し多いですが沢山育ったので使って下さい。さくらんぼも良ければご家族で食べて下さい。

              リゼより


 朝リゼが言って通り昼過ぎには荷台屋が野菜を届けに来てくれたがなんだこの野菜の量は。少し多いどころじゃないだろうよ。いや、問題は量よりも野菜だ。リゼの野菜は鮮度も良いし味もいい、だか何か今日の野菜はいつもと違う。一つ手に取りトマトをかじってみる。


「───なんだこのトマトは、こんな美味いトマトは食べた事がないぞ……」


 箱の中を見ていくと、レタスにズッキーニ、ナスにキャベツと全てがみずみずしい。こんな暑さの中運ばれて来た野菜とは思えない。隅の方に箱があり開けてみるとさくらんぼが入っていた。こんな立派なさくらんぼは王都でも1級品だろう。この辺でお目にかかることはまず無いレベルだ。


 どっと検品で疲れてしまったが有難く頂こう。娘と嫁が喜ぶだろう、次来た時はパンでも持たすか……。


 後日、店に来たギュリもウチと同じような状態だったようで「とんでもない量のとんでもなく美味しい野菜とさくらんぼが届いた」と言っていた。


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