俺の自転車はキューピッドだったらしい

mio

期待を込めて

 自転車を漕ぐ、漕ぐ。これってやっぱりまずいよな~。いや、まあいっそのこと遅刻するのもあり? そんなことを考えつつも自転車通学歴3年目の俺の足は止まらない。つまり、着実に学校は近づいているということだ。あああ! ここで自転車が壊れてくれたら! そしたらこの時間はもっと続いてくれるのでは? いやいや、そしたら後ろに乗っている撫子さんもけがを! それはだめだ。


「ふふふ、金崎君が漕ぐ自転車って早いわね。

 風がすごく気持ちいいわ。

 それに遅刻もどうにかなりそう」


「ああああ、ありが、とう。

 だ、大丈夫、俺が遅刻させない!」


「ありがとう」


 あああ~、言ってしまった。これで俺は頑張って自転車を漕ぐという選択肢しかなくなった。く、まあいい。俺の心臓を考えればそれが正しいはずだ。


 さて、なぜ俺がクラス一、いや学校一のマドンナ、宮原撫子さんを自転車の後ろに乗せているのか。それは少しだけ寝坊をしてしまった今朝のことだった。いつも以上のスピードで自転車を漕いでいるとなんと、前を小走りで歩く撫子さんの姿が! つい自転車を止めて後ろに乗る? と声をかけてしまったのだ。これは後でクラス中の男子に謝らねばならない案件だが許してほしい。たとえ恨まれても、あの声をかけた瞬間のいいの!? と喜んでくれた顔……。後悔はないぜ。


「あ!」


「ひょえっ!?」


 び、び、びっくりした……。思わず急ブレーキを踏んでしまったじゃないか。し、しかも、その衝撃で撫子さんのむむむ……。


「今日って化学のノート、提出日だったよね……?」


「え、う、うん」


「どうしよう、忘れてきちゃった」


「え!?」


 あの優等生な撫子さんが!? 今まで忘れ物したところなんて見たことなかった。歩いていたということは、家は近いはず。なら俺が頑張って漕げばどうにか……。そう考えると自然に言葉が出てきた。


「取りに帰る?」


「え、でも悪いよ。

 先生にちゃんと謝る」


「お、俺は大丈夫。

 家、どこ?」


 これで自然と撫子さんの家を知ることができる、そんな打算が頭の片隅をよぎったけれど頭を振る。今はそんなことを考えている場合じゃない。


「ありがとう」


 撫子さんの案内で学校へ行こうとしていた自転車をUターンさせる。がんばれ、相棒。お前ならできる!


 やっぱり家はそんなに離れていなくて、すぐにつく。でもこれのおかげで少し一緒にいられる時間増えたよね。やった……。


「あの、金崎君。

 後でお礼させてね。

 学校まで乗せていってくれるだけじゃなくて、こうして家に戻ってまでくれて。

 金崎君、少し怖い人かと思っていたんだけれど……。

 すっごく優しいね!」


 ふわりとほほ笑む撫子さん。ああ、この笑顔を見れただけでも俺の判断は間違っていなかった……。遅刻するかもしれないけど、取りに戻ってよかった。俺、自転車通学でよかった。


「金崎君?

 学校行こう?」


「う、うん! 

 じゃあつかまっていてね」


 はっと硬直からとけるとすぐに動き出す。急がないとどんどん遅れる。撫子さんといられる時間は大切だけど、仕方ない。


 そうして一心に学校を目指す。漕いでこいで恋で……。ち、違う! 漕いで!もうすぐで学校につく、急に声をかけられたのはそんな時だった。


「止まりなさい、そこの高校生!」


 あ……、自転車って二人乗り禁止だった……。



「ごめんね、なで、宮原、さん」


「わ、私警官に呼び止められたのって初めて」


 ふふふ、とおかしそうに笑う撫子さん。え、俺は今幻覚を見ている? これ幻覚だよね。だって、警官に呼び止められて、怒られて、遅刻だって確定なのに。


「あ、ごめんね。

 金崎くんにとっては笑い事ではないよね……」


「い、いや! 

 むしろ笑ってくれたほうが!」


「でもそうだよね、自転車って二人乗り禁止だものね」


 とぼとぼと二人で歩いて校門をくぐる。本当に、撫子さんが笑ってくれているのが救いだ。前を歩く撫子さんがふいにくるりと振り返る。ああ、風に揺れる髪も素敵です。


「ね、今度はちゃんと歩こうね、裕翔君」


 へ? 今なんて、と聞き返す間もなく撫子さんは去って行ってしまった。


「な、撫子さん!?」



(ふふ、こんなにうまくいくなんて思わなかった。

 やっぱり裕翔君はやさしいな)

 

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