今踏むべきはアクセル
黒味缶
今踏むべきはアクセル
俺には、好きな女の子がいる。高校の3年間同じクラスになりつづけた、鷹山千咲だ。
一年の頃は同じクラスだから会話が発生するという程度だったけど、同じクラスになることが続いた今はそこそこ気楽に軽口叩ける相手になっている……だけど俺は、学外での彼女を知らない。
俺は自転車通学で、彼女は電車通学。高校のすぐ裏手に駅があるのでついて行こうものなら狙っているのがバレバレになりそうで、「駅まで送ろうか?」なんて誘いも恥ずかしさが勝って一度も言えないままだった。
少し良くない話になるけれど、彼女は男子の間で人気があるわけではない。気安く明るいけれど、付き合うなら彼女よりも美人だったり可愛かったり、肉体的にエロい女子はたくさんいる。男子の間での、付き合うならどの子がいいかという話題にも一度ものぼったことはない。
俺にとっては、手を繋いで一緒に歩いたり、抱きしめる事ができたら幸せだろうなと思えるのは彼女だけだった。でも、それをからかわれてしまえば、自分の心の奥側が傷つくような気がして、そのテの馬鹿話のときは同学年の中で一番美人の子や、後輩のかわいい子を「いいよね」と言っていた。
とはいえ、そんな個人的な恥ずかしさで先送りにはもうできない。俺達は、卒業の時期を迎えようとしている。
「大野ー。旧校舎から持ってくる物あるんだけど、男手欲しいからちょっと手伝ってよ」
だから、この誘いに俺は「しょうがねえな」なんて言いながら乗ったのだ。人気の少ない旧校舎なら、気持ちを伝える勇気が出るかもしれない……なんて、思ってしまったから。
俺達は卒業式用の備品があるという部屋に向かいながら、この三年間の事を話していた。他愛もない、ヤマもオチもないけど意味は互いの中にある思い出話の数々を、とりとめもなく。
「旧校舎って言や、山田がケガしたの思い出すんだよな……ここの手すり滑れそうだからって滑り台みたいにやって派手にずっこけたやつ」
「はいはいはい、一年の頃のアレね!男子ってバッカだな~~!!って思ってたけど二年になっても三年になってもなんかしでかしてたしアレはアレで別枠なんだなって思ったわ。クラス別になっても何かしら噂聞くし」
「賑やかで悪いやつじゃないけど、バカなんだよなぁ……」
色々騒ぎを起こしていた友人の話をしていたかと思えば、
「授業参観っていえばさ、大野の保護者毎回別の人来てなかった?」
「うん。なんかこう、ありがた恥ずかしい事なんだけど……家族に変にかわいがられてるからな……小学生のころから授業参観はくじ引きで誰来るか決めてる。」
「えー、愛されてて良いじゃーん?」
「過保護なんだよ。子ども扱いされてるって噂されると恥ずかしいのに、人前でもベタベタしてくるし」
俺の家族の話に飛んで、そこから互いの住む場所の話になって。
「鷹山は電車通学ってそんな遠いのか?近くの神社でやる祭とかでも見ないし、今年とか鷹山と仲いい女子が"ちーちゃん呼びたかったねー"つってたけど」
「うん、結構遠いねー。お祭り、毎年気になってるけど家の手伝いもあるし電車で30分ぐらいだしで毎度早めに帰っちゃってたなあ。折角の青春だし親にもっと迷惑かけても良かったかな~。あ、あとそれ言ってたのみーちゃん……尾方岬ちゃんでしょ?"さき"が一緒だからみーちゃんちーちゃんの仲なのよ」
「そだな、たしかに尾方だっだな。やけにかわいいあだ名で呼ばれてんな思ったけど、そんな理由だったのか」
そこから今度は彼女の友人の話になって、という風にどんどん話が移り変わっていく。
一つ一つは短くても途切れる事は無いのは、彼女のおかげだろう。察しが良くて、話しやすくて……美人とかかわいいとかスケベ目線とかそういうのは置いといて、やっぱり空気が心地良いと思ってしまう。
俺はあまり喋りが上手い方じゃないのに、彼女を前にすると言葉が止まらなくなる。友人に対しても家族に対しても、自分の詳細に触れられるのを嫌だと思うのに、彼女には俺から話してしまう。
やっぱり、ちゃんと言うべきだろう。俺から、彼女に。黙っていたら、高校卒業と共にただの思い出になってしまう。
ただ友人を失って、気まずくなって卒業してしまう可能性もある。それでも、伝えずすべてが終わるよりはずっとましだと思うから。
だから、備品のある教室に入ったら、すぐに言おう。
「あ、ここだ……よし」
三階の廊下の中ほどに差し掛かった時、彼女が教室の戸をあけて一歩踏み入る。俺もそれに続こうとするが、その彼女の手に押しとどめられた。
「あの、怒んないでほしいんだけど……男手要るって言ったの嘘! お、大野のこと、結構前から好きでした!ほ、ほら、もうそろそろ卒業だし?でも、言う機会なんてそうそうないから……だから今のうちに言いたかったの!」
伝えようとしていた気持ちのほぼそのままを相手側からモロに叩きつけられて、俺は混乱してしまった。
「えっ……と?」
状況に思考が追い付かない俺に、彼女はどんどんと洪水のようにまくし立てる。
「ほら、卒業式の日とかさ、互いに友達との時間も欲しいし、そんなホントの最後で気まずくなるの一番イヤでしょ?私も大野も!卒業式までちょっと間あるし、気まずくなってもまあ我慢できるし立て直せるってぐらいの時が一番いいと思ったのよ、ゴメンねつきあわせて!じゃあはい、もうおしまい!変なこと言ってゴメンね?!」
そしてその勢いのままぐいっと押されて俺は一歩下がってしまう。彼女は「じゃあ帰れ」といわんばかりにのぼってきたばかりの階段の方を指し示すと、ぴしゃりと戸を閉じてしまった。
思考が追い付かないままに、示された帰り道の方へと数歩進む。
答えを聞きもしない、というのは、断られると思っていて俺の気持ちを聞くまでもないと思っているんだろうな。
かといって、俺の固めていたはずの気持ちの発動条件である"教室に入ったら"は他ならぬ彼女の手で阻止されてしまったし、彼女が興奮気味というか決して落ち着いた状況ではないのがわかっている。
彼女は自分の考えを滅多に曲げない。自分が全部正しいと思っているわけではないけれど、考えた末に出した結論を曲げたことは見たことが無い。
大抵はきちんと考え、多数派や多数派でなくとも正論と感じる答えを選び取る彼女だが……前提情報を集めて集めて、思考を重ねた結果の考えだと間違っていても曲げきれない。
今の彼女に、俺の気持ちを伝えて通じるだろうか?
ちょっと時間を置いた方が――いや、いやいやいや。だめだ。それはだめだ。この考えはきっと今、一番しちゃいけないやつだ!
俺はのろのろと進めていた歩みをぎゅっと止め、Uターンして彼女が占めた戸の前に立つ。
そして、閉じられていた戸を思いっきり引いて開けた。
「どりゃあ!!」
「ひあっ?!」
戸に背を預けるようにして床に座っていたらしい彼女が、支えを失って後ろ向きに倒れて、俺の足を次の支えにするかのようにぶつかる。
自然と俺を見上げる形になった彼女の鼻は赤いし、握ってるハンカチが濡れてるのもわかる。そんな風に泣くなら、せめて俺の返事を聞いてからでもいいだろ。
「なっ、なに……?」
「考えたこと曲げないのは知ってたけど、だからってそれで俺の気持ちを勝手に決めて言うだけ言ってハイ終わりってのはないだろ」
「な、なによぉ……ひぐっ……ほ、惚れたんなら断られるまでちゃんとしろっての?わ、わかってんのよ、私だってこんな、惚れた腫れた似合うような女じゃないってことぐらい――」
睨みつけながら自虐に入る彼女に、俺は彼女と同じようにすることにした。
「うるせえ!俺だってお前が好きなんだよ!俺だってな、もうチャンスここしかないだろうからって気持ち固めてたのにお前から先に言うだけ言ってしかも返事も待たずに帰れってされたから自重しねえぞ!もうほんと、結構前から好きだ!」
「はぁ?!うそでしょ?アンタ山田とかに生徒会長の染井さんとか良いと思うとか言ってたじゃん!!同じクラスだから聞こえてんのよバーカバーカ!!」
「バカ話の流れで本気で好きな女出すほど心臓強くねえわ!俺の小心者っぷりをなめるなよ?!こちとらお前を駅まで送る言い訳が無いからって一緒に下校するのを一年以上言い出せなくて悶々としてたぐらいチキンだぞ?!お前を好きつって"なんで鷹山なんか"っつわれたら自分を傷つけられたような気になって相手の顔面ぶん殴って騒ぎになるぐらいの自覚あるし言えるわけねえだろ!」
「そんなんわかんないわよ!好きなら好きって伝えなさいよ、ばぁ~~かっ!!」
「俺だってお前が俺のこと好きだってわかんなかったよバーーーッカ!!!……お互い様なんだから、勝手に失恋した気になって泣いてるんじゃねえよ」
「うーーーっ……うぅ~~~~~~っ!!おおののくせにっイケメンみたいなこと言う~~~!!」
座りなおした彼女に、俺のハンカチも貸す。ぐすぐすと泣きながら、遠慮なくそれを使う彼女と同じように廊下に座って、落ち着くのを待つ。
しゃくりがちいさくなって、落ち着いてきた様子だが視線は合わせてくれない。泣いて興奮して顔が赤いのもあるだろうけど、ちゃんと俺の気持ちも伝わっているからだと思う。思いたい。
「……で、さ」
「なによ……」
「卒業してもずっと一緒に居たいから、お付き合いとか……し、しませんか?」
「……ふふっ、何その口調…………うん。する」
気持ちの衝突事故とUターンからの再度の衝突事故を経て、高校三年最後の週、次の春が来るのと同じ時期に俺達に春がやってきた。
今踏むべきはアクセル 黒味缶 @kuroazikan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます