第69話 冒険者ギルドと商業ギルド

「それで、お前達は本当にポーションを持ち込んでいるのか?」


俺の向かいのソファーに座るギルドマスターが俺を疑うように聞いてくる。

俺のような小僧が大量のポーションを持っていることが信じられない様だ。


「これが見本だ」


俺は怪我回復用と病気回復用のポーションを3本づつ取り出してソファーの前のテーブルに置いてやる。

実物を見れば信じる気にもなるだろう。


「ふ~ん、こいつがそうか。

おい、品質の確認をしてこい」


ギルドマスターの後ろに立っていた男の一人が俺の出したポーションを持ち部屋を出る。


「それで、どのくらいの量を売りたいんだ」


ポーションの実物を見て態度が明らかに変わる。

そうだよ、お前達は喉から手が出るほどポーションが欲しいはずだ。

だから、良い子にするんだな。


「各五百本、合計で千本だな」


千本のポーション!

その数を聞いてギルマスはポーカーフェースを保とうと努力しているが目が泳いでいるぞ。


「そうか、量的には問題ないな。

それで、値段は幾らで売るんだ」


価格が気になる様だが、ギルマスには買う以外の選択肢はない。


「そうだな、ギルドの標準買取価格の2倍ってとこかな」


だから、俺は多少吹っ掛けてやる。

3倍と言わないことを感謝するんだな。


「おい、あんまり調子こくなよ。

2倍だあ、ふざけんな」


本当は買いますと言いたいんだろうが頑張るね。


「いやあ~、ふざけてはいませんよ。

物の値段は需要と供給で決まるのは常識ですよね」


「ふん、これだから商人てやつは度し難いんだ。

そんなに高くしたら普通の冒険者は手が出ないだろう。

買えない商品は無いのと一緒だ。

普通の冒険者が買える値付けをするんだな」


こいつは判っていないな。

俺が提示しているのは仕入れ値で小売値じゃない。


「度し難いのはどっちでしょうかね?

俺が提示しているのはギルドへの売値だ。

ギルドが冒険者に付ける売値は好きにしてくれて結構なんだが」


「はああ、ギルドが赤字で売れって言うのか」


「赤字、赤字ねえ?

何をもって赤字と思うんですかね」


「そんなのは決まってる、仕入れ値より安く売れば赤字だろう」


この世界には損をして特を取れと言う言葉は無いようだな。

仕方が無い、俺が教えてやろう。


「ギルマスがそんなに近視的な考えではまずいんじゃないですかねえ」


「ああ、喧嘩を売ってんのか」


「ねえ、ギルマス。

ギルドとしては徴用された冒険者が死んだり、ケガをして冒険者を続けられなくなっても問題は無いんですかね」


「問題が無い?

そんな訳無いだろう。

冒険者あってのギルドだ。

戦争なんかで死んだり怪我をされてたまるかよ」


そこが判ってるのならポーションでの多少の逆ザヤなんて飲み込めよ。


「ですよねえ、ポッズの冒険者の生存率がポーションで上がることを考えれば、多少の逆ザヤぐらい安い物じゃないですか?」


おっ、顔色と声のトーンが変わったな。

やっと赤字じゃ無いって言葉の意味が判ったようだな。


「うっ、まあ、そりゃそうだがな」


「それにお売りするポーションの品質ですがね...

ああ、丁度良い、確認が終わったようですね」


そう、扉が開き品質の確認にいった職員が丁度戻ってきたのだ。

その職員に気づいたギルマスが言葉を掛ける。


「おう、それでどうだったんだ」


「ポーションの品質ですが、十分というか十分以上の品質です」


「十分以上って、具体的にはどのくらいだ」


「はい、標準ポーションの二割増しの品質です」


「二割増しねえ」


微妙な顔をしてるよな。

悪いな、本当は中級ポーション並みの性能は有ったんだが水増しさせてもらったんだ。

中級ポーションじゃ高すぎてそれこそ一般冒険者じゃ買えないしな。


「さてと、品質は確認いただけましたよね。

それで、冒険者の命の為にギルドも多少は手当てをしますか?

それとも冒険者の自助努力に任せますか?」


俺の言葉にギルマスはすぐには答えずに腕組みをして考え込んでいる。

無言のギルマスを前に時間だけが過ぎてゆく。

そしてギルマスが口を開く。


「いいだろう、ポーション千本、ギルドの標準買取価格の2倍で全部買おう」


賢明な判断だ。

これで戦争での冒険者の生存率も少しは上がるだろう。


「それでは、夕方には商品をお持ちします。

お支払いはその時に、帝国金貨でお願いします」


「夕方だな、商品の納入は倉庫にしてくれ。

裏口から入ってすぐの所だ」


「買い取りカウンターだと目立ち過ぎますか」


「ああ、冒険者たちが押し寄せてきかねんからな」


ギルマスとの商談が終わってギルドを出る時もまだ多くの冒険者がポーションを求めて並んでいた。


「主様、結構殺気立ってますね。

いつ爆発してもおかしくありませんね」


「そうだな、だからこのギルマスは俺達の条件を飲んだんだろうな」


「十分なポーションが冒険者に行き渡ればギルマスの評判は冒険者の間で上がりますね」


「ギルドの金でギルマスは冒険者の人望を得て盤石の基盤を手に入れられる。

損して特を取れなんての話じゃないよな」


「そうじゃな、人のふんどしで相撲を取る、そんな所じゃな」


今頃はギルマスはいきなり飛び込んできた幸運を喜んでいるだろう。

次は、商業ギルドのギルドマスターに恩を売りに行く番だな。


俺達はコンシェルジェに聞いたとおりに乗合馬車に再度乗り商業ギルドを目指す


「主様、また随分と立派な建物が多い場所ですね」


商業ギルドに近づくにつれて今まで以上に立派な建物が増えてくる。


「商業ギルドがあるだけに大棚が多く集まっているんだろう。

ポッズの金回りの良さを象徴するエリアだよな」


そして乗合馬車を降りると、ひときわ立派な建物がある。


「これが商業ギルドか、儲かってるんだな」


入口にはドアマンが立ち、俺達が近づくと重々しく扉を開けてくれる。

建物の中も落ち着いた調度で冒険者ギルドのような喧噪も無く静かな空間だ。


「いらっしゃいませ、本日はどのような御用でしょうか」


いかにも執事然としたロマンスグレーの男が近づいてきて俺達をサポートしようとする。

半分は牽制かな?


「ああ、ちょっと貴重な物が手に入ったんで売却方法の相談がしたいんだ」


俺は思わせぶりに返事をする。


「貴重な物でございますか?

よろしければ商品をお教えいただければ、商品に見合った対応ができるのですが」


この若造が偉そうに。

少しもそんな気持ちを見せないが、まあ要は偉そうなことを言うなら物を教えろってことだよな。

俺は側に人がいないのを確認して小声で教えてやる。


「物は古龍の鱗です、数は取り合えず5枚ですかね」


俺が古龍の鱗と言った瞬間に執事然とした顔に驚きの色が走る。


「古龍の鱗ですか?

大変失礼とは思いますが、私共に見せていただくことはできますでしょうか」


「もちろん、お見せできますよ。

もっともここではまずいですよね」


「もちろんです、先ずはお部屋にご案内しますので付いてきていただけますでしょうか」


どうやら商談の部屋に案内されるようだ。

さてと、どんなレベルの部屋でどんな奴が対応に来るか?

古龍の鱗の話を信じるなら最上級の対応になるはずだ。


「こちらでお待ちいただけますでしょうか」


案内された部屋は多分このギルドでも最上級の部屋だろう。

調度品や絨毯、ソファーの質が俺にそう教えてくれる。


「お客様、お飲み物をお持ちしました」


ソファーに座る俺達に提供された紅茶も良い物だな。

色と匂いが素晴らしい。


暫く紅茶を楽しんでいると、小太りだが品の良い服を着て不快感の無い男が現れる。

身に着けている装飾品に付いている宝石も随分と大ぶりだ。

これは最低でも幹部が出てきたか。


「お客様、初めまして。

私は当ギルドのギルドマスターをしております、コーンと申します」


どうやら古龍の鱗にはギルマスが出てくるだけのインパクトは有った様だ。


「これはご丁寧に、私は商人見習のオイゲンと申します。

隣に座っているのはリン、後ろに立っていますのは護衛の銀とサミーです」


俺が紹介するとリンが優雅な身のこなしで会釈をする。

この仕草でリンがただの平民で無いと思うだろう。


「オイゲン様ですね。商人見習とおっしゃりますが古龍の鱗を扱うのであれば既に一流の商人の資格もおありです。

いや、素晴らしい」


「そんな、古龍は鱗はたまたま手に入った物で私の力とは言えないのです。。

まあ、まずは見て頂きますか

それでは、あちらのテーブルにお出ししましょうか」


俺は応接スペースの隣にある大ぶりなテーブルを目で追う。


「ハイ、そちらでお願いします。

あっ、少々お待ちください、オイ」


ギルマスの一声で男達がテーブルを布で覆う。


「古龍の鱗が傷付くとも思いませんが作法ですので」


こういう気づかいは流石だな。


「では、出します」


俺は古龍の鱗を亜空間倉庫から取り出してテーブルの上に置く。

一片が1Mはある立派な鱗だ。


「こ、これは!

拝見してよろしいでしょうか」


「もちろんです」


俺の言葉を待ちきれないようにギルマスと一人の男が鱗にとりつく。


「素晴らしい、なんという大きさ、重量感」


「傷ひとつない、まあ、当たり前か、古龍の鱗に傷が付くわけもないか」


「この大きさで5枚もあれば何着の鎧が作れるか、どれほどの銘品になるか」


ひとしきり古龍の鱗を確かめたギルマスが再度ソファーに座る。


「オイゲン様、これは素晴らしい品です、値段の付けようがない位です。

ですので、宜しければ明日開催されるオークションに出品されませんか」


へえ、流石はポッズ、オークションとかやってるんだ。


「オークションですか?

でも今から明日のオークションに出品は可能なのですか」


「それは、もちろん可能です。

それに、明日のオークションは別に目玉が有りまして、それを目指して金持ちが集まりますので古龍の鱗を競らせるには適しているのです」


金持ちが集まるのか。

古龍の鱗を持ち込んだのは俺の名を売るのが目的だからな。

それであれば適しているか。


「それであればお願いしましょう。

ちなみに単なる好奇心なのですが、別の目玉が何か教えていただけますか。

物によっては私もその目玉商品の競に参加したいので」


俺の言葉にギルマスが少し躊躇する。

でも教えてくれるみたいだ。


「龍の鱗をお持ちのお客様でしたら問題なく購入できると思いますが、商品は少し特殊でして。

実は先の政変で失脚した伯爵家の娘とそれに連なる女達一式です」


「伯爵家のご息女ですか」


「ハイ、政変の時にはまだ幼かったのですが、その...処女を散らすに足るまで育ちましたので。

奴隷として一括でオークションにかけることになったのです」


政変、伯爵、連なる一族、その言葉の一つ一つにリンが反応する。


「その、伯爵のお名前は」


「ハイ、リーンバース伯爵家です」


ギルマスが伯爵家の名前を言った瞬間、リンの手が俺の手を握りしめる。

顔色も変わっている。

これは競に参加するしかないか。


「それでは、古龍の鱗は明日のオークションに出すことでお願します。

それと、私も楽しみたいのでオークションの競に参加させてください」


商談は成立だ。

俺は古龍の鱗を1枚だけ預けてギルドをでた。

全部渡してどっかに消えられても困るしね。


そしてギルドの建物を出た瞬間、リンが崩れ落ちそうになったので銀とサミーがリンを支える。

やはり、リンの血縁者が居るのだろう。

頑張って競り落とさざる得ないようだな。

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