第68話 ポッズと冒険者ギルドとポーション
俺達はポッズの街を探検するための情報を仕入れるために宿のフロントに立ち寄る事にした。
いわゆるコンシェルジェが居たからだ。
「お客様たちが行かれたい場所はどのようなところでしょうか」
髪をぴっしっと整えた中年に掛かるであろう歳に見える男が聞いてくる。
「俺は商人見習いなのでこの街の商業地域を見て回りたいんだ。
それと、ポッズは錬金で有名だから錬金工房も見てみたいな」
「さようでございますか。
まず、商業地域ですが一般市民向けの商品を売っている場所でしょうか?
それとも武器関係を売る場所でしょうか?」
「どちらも見てみたいんだが、別の場所になるのか」
「そうでございますね」
男は机の下から街の地図を取り出してくる。
「ここが、お客様が今いる場所です。
そして目の前の道をこちらに進みますと10分も歩けば一般市民向けの商品を扱う店が連なる場所になります」
「結構近いんだな」
「ハイ、この宿が有る場所も含めまして一般市民の中でも上流に属す人間が住む場所になっていますので、良い物を売る店も集まっているのです」
「一方で、武器関係を売る店が集まっている場所は下町になりますので、少し遠いですね。
巡回している乗合馬車に乗り南門の側で降りて頂けば武器関係を扱う商店が並んでいるエリアは目の前です。
ほとんどの店は街を取り巻く外壁に沿って建てられています」
「市民の居住区域からは遠ざけているってことか」
「そうですね。
一般市民は武器を必要としませんし、多くの場合武器を扱う店は錬金工房も兼ねているのです。
ですから、どうしてもうるさいし、臭いますから、そのような場所に店を構えるのです」
「そうか、でも地図を見るとそんな場所にも宿屋や飯屋は結構ある様だが」
「そちらは主に冒険者向けの宿と飯屋ですね。
冒険者は荒っぽいのが多いので一般市民とは別の宿や飯屋を使う事が多いですから」
「そうか、そしてこの大きな建物が」
「そうです、冒険者ギルドの建物です」
「ここが冒険者ギルドか。
商品を仕入れるのに手持ちの魔物の素材を売りたいんだが冒険者ギルドで買い取ってもらえるのかな」
「もちろんですがお客様は商業ギルドの会員ではありませんか?
それならば、こちらにある商業ギルドで素材を売るのがよろしいのではないでしょうか」
男が指す商業ギルドの建物は貴族エリアと一般市民エリアが接する場所に建っている。
一般市民だけでなく、貴族も立ち寄るのだろう。
「そうだな、私が売りたい素材は値が張るものだから商業ギルドで捌く方が良いんだろうな」
俺はここで古龍の鱗を商品見本として少し売るつもりだ。
なにしろ俺達はポッズの街に伝手が無い。
でも、古龍の鱗を見せれば俺達との伝手を求めてポッズの商人が勝手に近づいてくるだろう。
「ありがとう、助かったよ」
俺は男にチップの大銀貨を握らせて宿屋を出る。
手の中の硬貨の大きさで俺が渡したチップが大銀貨と判ったのだろう。
男は最敬礼をして俺達を見送ってくれる。
「それで、主様どちらに行かれますか」
「そうだな、最初は一般市民向けの商業地域かな。
そこの賑わいで街の景気の善し悪しが見えてくるからな」
「ならば、歩きますか」
一般市民向けの商業地域までは一本道だったので迷うことも無く男の言う通りに10分もあれば着くことができた。
「これは...」
目の前の通りはヨーロッパを彷彿とさせるものだった。
いくつものテラス席がカフェであろう店の前の道に置かれて優雅に朝食を取る市民たちがいる。
その間に点在する店は全て個人商店で大きなガラス越しに商品が並んでいるのが見えるのだ。
あのガラスだけでひと財産だよな。
この世界では透明で大型なガラスは大変貴重なのだ。
それが惜しげもなく使われているのは錬金都市ならではなのだろう。
当然、道は石畳で風で砂ぼこりが舞う事などは無い。
そして広場では色々な楽師や吟遊詩人が音楽や詩を奏でている。
道化や芸人の姿も見える。
「ポッズに来るまでの街道の雰囲気とは隔絶してますね。
この街には戦争に対する不安は少しも無いようです」
本当に驚くべく景色だ。
街から二日分も離れれば老若男女を問わず死体と化した村が有ることが夢の様だ。
「さてと、ポッズは平和で豊かな街の様だな。
ならば、古龍の鱗に群がる金持ちも多そうだ」
「そうですね。それでは商業ギルドに向かいますか?」
「いや、先ずは武器関係を扱っている店を見たいな」
この世界では初めてとなるテラスでお茶にも惹かれたが、先ずは目的を果たさないとな。
俺達は丁度通りかかった乗合馬車に飛び乗ると、30分程度で目的の場所に着く。
馬車を降りると空気の匂いが違う。
この臭いは町工場の中の様だ。
鉄と火花の匂い。
それと、朝の繁華街のようなすえた臭いもする。
「これは同じ街なのでしょうか?」
埃が舞う道の端には酔いつぶれた男も見える。
安い皮鎧を身にまとっているから低級の冒険者なのだろう。
店も庶民的で窓も小さく中はろくに判らない。
看板で何の店か判断するしかない。
「それにしても活気が無いですね」
「そうだな、ちょっと覗いてみるか」
俺達はトニーの武器の店という看板を掲げている店に入ってみる。
中は暗く武器の店という割には余り武器が無い。
というか棚が空だ。
そんな店の様子に呆れていると奥から恰幅の良い男が出てくる。
「わるいな、品切れだ」
ぶっきら棒な男の声。
「店は開いてるんだよな?
奥に商品を仕舞っているのか?」
なんだろう、売り惜しみか?
「いや、売り物は残ってないぞ。
お上が強制的に買い上げていった。
それも、原料代にもならない値段でな。
お陰で、商品は品切れ。
仕入れの金の足りないんで追加の商品も作れない状況だ。
もっとも、素材自体が品薄で仕入れる金が有っても手に入り難い状態だしな」
「それはまた災難だな。
それにしても、素材が手に入り難いのか」
「ああ、災難さ。
素材に関しては冒険者の徴用が公布されて、冒険者たちも依頼を受けるどころじゃなくなっているんだ。
それに王国から流れてきていた素材も止まってる」
「そりゃまた、とんでもないな。
でも、国だって冒険者抜きでは錬金都市が廻らないことぐらい判ってるんじゃないのか」
「どうなんだろうな、?
取り合えず王国と戦うに十分な武器は用意できたってことなんだろうな。
まあ、戦が終われば、戦で失われた武器の補填が必要だろうから、その時は特需になるんじゃないか」
「そうか、俺達はポッズは錬金都市で有名だからなこの街に素材を持ち込んで代わりに製品を仕入れる。
そんな商売がしたくて来たんだが無理そうだな」
「いや、お前が素材を持ち込んでくれるなら、武器は作れるぞ。
俺達は暇なんだ、素材さえあれば仕事ができる。
それに作った武器は市場価格で買い取ってくれるんだろう。
なら、なんの問題も無いな」
急に男の目の色が変わる。
これはチャンスと思ったようだ。
チャンスは俺達にとってもだ。
今なら流通経路を確保すればポッズで伸し上がれそうだ。
「そうか、まあ直ぐには無理だが、素材を持ち込むときには声を掛けるから宜しくな」
「おう、頼むよ、忘れずに声を掛けてくれよな」
凄い食いつきだな。
俺は自分が考えた商売が意外にポッズの実情にマッチしていることに勇気づけられる。
「主様、具体的な話はしないのか」
「それは、ルースで調達可能な素材の目途が付いてからかな。
ルースでポッズに持ってこれそうな素材リストを作ってからポッズで売り込みだな」
「そうか、直ぐにとはいかないものだな」
「そりゃあな、大きな金が動くんだ。
直ぐには無理だ。
大体、ポーションと龍の鱗を売らないと元手も無いしな。
...という事で冒険者ギルドにいこうか」
☆☆☆☆☆
そして、訪れた冒険者ギルドだが意外なことに冒険者で溢れていて喧噪状態だ。
「なんなんだ、この時間は普通であれば冒険者は出払っているはずじゃないのか?」
どうやら、冒険者たちは依頼を受けずに冒険者ギルドに留まっている様だ。
受付に近づいて様子を伺おうとすると、殺気立った男達に行く手を阻まれる。
「おい、割り込む気か、ふざけんじゃない、後ろに並べ」
「後ろか?」
「ああ、お前達もポーションが欲しいんだろう。
だったら、ちゃんと並べ」
そうか、この男達はポーションが欲しいのか。
確かに徴用されて戦場に放り込まれるならポーションは必要だ。
戦場でケガをしてポーションが無ければ死が待っているだろうからな。
「まあ、並んでもポーションが手に入るとは限らんがな」
「おうよ、俺はここで3日粘ってるが、ポーションは入ってこねえ。
このままじゃ、ポーション抜きで徴用されちまう。
やばいぜ」
そうか、ラッキーだな。
俺達が持ち込むポーションは高く売れそうだ。
さて、どうやってギルドに話を通すか?
良く見ると人で溢れているカウンターと人気が無いカウンターがある。
あれだ、人気が無いカウンターは買い取りのカウンターだ。
それでは、冒険者ギルドにポーションを売り込みますか。
俺達は殺気立つ受付を横目で見ながら暇そうにしている買い取りカウンターの職員に近づく。
「素材の持ち込みか、何を持ってきたんだ」
俺は男の問いかけには答えずに紙を見せる。
ポーションを売りたい。
騒ぎになるから声は出すな。
金額と数量はギルドマスターと交渉次第だ。
そう紙には書いてある。
買い取りカウンターの職員は俺の顔と紙を何度も交互に見た後で席を外す。
きっとギルドマスターの所に行ったんだろう。
暫く待っていると買い取りカウンターの職員が戻ってくる。
そして俺達は手招きされて奥へと進む。
少し立派のドアを職員がノックする。
「入れ」
力強い男の声に促されて俺達は部屋へと入ってゆく。
その部屋は武骨な冒険者ギルドに似つかわしくない調度品で飾られていた。
でかい皮張りのソファーがテーブルを挟んで2つ置かれている。
「まあ、座れ」
俺とリンがソファーに座り、後ろに銀とサミーが立つ。
交渉事では貴族としての教育を受けているリンは頼りになるからだ。
そして、向かいのソファーに年齢の割には鍛え上げられれた雰囲気を持つ男が座る。
この男がギルドマスターなんだろう。
「それで、お前達は本当にポーションを持ち込んでいるのか」
挨拶も無く、いきなり本題に切り込んでくるあたりは冒険者上がりなんだろうな。
なら、遠慮はいらないか。
俺は掛け値なしの交渉を始めることにした。
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