彼は瞳に宇宙を、彼女は瞳に深海を飼っている
古鳥
彼は瞳に宇宙を、彼女は瞳に深海を飼っている
一眼レフの硬質なカメラ、ストラップがジャラジャラと付いた派手な携帯、乱雑に散りばめられた数十枚の写真が互いの机には鎮座していた。
宙に透かして写真を眺める、普段の姿からは想像できないその横顔を盗み見る。真っ赤な爪は自分のアイデンティティなのだといつかの彼女は言っていた。
夕暮れが彼女の輪郭を染め上げては曖昧にしていく、その様を、見ていた。
『彼女は瞳に深海を飼っている』
昔手持ち無沙汰にめくった、とある小説の一節だ。清廉さと儚さを併せ持った『彼女』はひどく美しかった。ぬばたまのようなあの瞳に惹かれた男達の末路はあまりに悲惨で思わず口を覆うほどであったが、羨望にも似た何かが自分の胸に去来したこともまた事実だった。
茫然とした思考を掻き消すように、夕闇に溶ける教室に軽快な音が響き渡る。途端、大げさなほどに体を揺らした彼女は迷いなく音の発信源を認めた。鳴り響く携帯に手を伸ばすこともなく、何かに耐えるように彼女はそこを動かなかった。
「ハハオヤ」
自嘲気味に口角を上げる彼女の、携帯をじっと見つめるその瞳には、反抗期と呼ぶにはあまりに複雑過ぎる冷たい色が浮かんでいた。
彼女が憂いているのは、彼女が畏怖しているものは、もちろん小さな機械の箱などではなくてその向こうにある現実だ。
おざなりに貼り付けられた頬のガーゼを隠すように、今日も彼女は人工的な金髪を下ろしていた。
やがてぷつりと音は途切れ、静寂が僕らを優しく包み込んでいく。
僕は。僕達は、互いの孤独を知っていた。
誰とも世界を共有することができず、かと言って自分で自分のことを上手に愛することもできなかった。その深く冷たい孤独に僕と彼女が気付いた時、僕らはこうして互いの世界を見せ合うようになった。それはひどく心地よい傷の舐め合いでもあり、同時に僕達にしか理解できない神聖な儀式のようなものでもあった。
「ねえ、やっぱりあたしさあ、アンタの見てる世界が好きだよ」
ひらりと写真を振りながら、化粧という名の仮面の下で彼女は淡く微笑んだ。
覚えのない感情に胸が詰まる思いがした。僕の表情を見ながら、彼女は満足気にからからと笑い出す。それは嫌いじゃない笑い方だった。
どこか居心地の悪さを感じ、視線は逃げるように机に飾られた一輪の花へと向かう。
僕もまた、こうして現実を確かめる。
がらんどうの空に寂しく輝く一等星が、彼女の手の中で確かに優しく息づいていた。
彼は瞳に宇宙を、彼女は瞳に深海を飼っている 古鳥 @furudori
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