Uターンの勧誘

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第2話 Uターンの勧誘

「エリー戻ってこないか?君は優秀だった。君にはまだ聖女として歩んでいける道が残っている。」



 今の私はいかにも悪女のようなのに、聖女だなんて___

 ーーーーーー


「まあ!エリーったら、すごいわ…とっても似合う、本当に。」


「…ありがとう。ローザ。」


「エリー着心地はどう?」

「ロブ…。」


 収穫祭の当日、私はロブが作った一層華やかな衣装を着ていた。ソレにしてもよくここまでのものを仕上げたものだ。

 注文されていたものと平行で進めていたなんて。ロブの集中力ほど恐ろしいものはないな。正直ここまで形になるなんて思わなかった。


「何で私なの?」

「その説明はすでにしたはずだ。君の所作は美しい。ソレを着こなして、しっかりうちの店のアピールをしてきてよ。」


「あら、素敵…。エリー似合ってるわ。」

「アンナ!」


 あのときのこんなことになるなんて…。私はローザの髪結いが終わったアンナにすがるような視線を向けた。


「残念だけど、エリー、私だって仕事があるわ。花を配らなきゃなの。」

「そんなっ、アンナまで…。」

「お互い頑張りましょ?」

「…ええ。」


 そんなアンナだって繊細なレースリボンとユリとベリーのコサージュがついた紫と白の大人っぽい髪飾りで見事な編み込みが実に可愛らしく飾られている。アンナのドレスの雰囲気と合い洗練されたものなっている。

 アンナはやっぱり器用だ。

 そしてそんなアンナの雰囲気にぴったりの繊細な髪飾りを作ったロブだってやはり職人だ。


 一人ウキウキと化粧台で準備を始めたローザだってミントグリーンのシフォンやレース生地をふんだんに使いギャザーが入った柔らかで品のいい可愛らしいデザインでまとめていて、クルリとした愛らしい瞳や甘い顔立ちが際立つ人形のような出で立ちだ。年齢にしては幼くも見えるが、彼女の雰囲気にはひどく合っていて振り返って二度見したくなる。


 二人とも実に天使や女神のようだ。それなのになぜだ私のコレは!?と思い思わずため息を溢しそうになる。


「エリー、いらっしゃいな!仕上げのお化粧よー。」


 化粧台の鏡の前の椅子を引いて、キラキラとした大きな瞳をこちらに向けるローザのもとにとぼとぼと向かいに腰を掛ける。


「ひどいわ。ローザも助けてくれないのね」

「えぇ?似合ってるわよ。そのドレス。」



 私がぐちぐちと未練がましく言う言葉を聞きながらどんどん美しい顔を作っていく。

 ほんとメイクアップ《作り上げる》よね。


 鏡の中の自分を見て思った。




 ーーーー

 辺境伯領 ビードロ・クロスホルム三番街を西に逸れた中央広場ではあちらこちらでそれぞれが様々は楽器で音楽を奏で絶妙に調和を見せていた。

 広場では音楽を奏でる者、聴く者、踊り出す者、歌い出す者、親子で、夫婦で、恋人同士で楽しむ者様々な人で溢れ帰っていた。



 カツカツカツ


 踵の高い靴と地面とがぶつかる音が辺りに響く。


 カツカツカツ、カッ


 ソレに気づかず夢中で広場の中央でガタイの良い体で軽やかにステップを踏む陽気な男に一つの影が近づく。


 ほかの人間は皆、息を止め言葉を失う。


 その存在のためだけに、流れ続ける時がわざわざ足を止めた様だ。静寂が訪れる。“一人の女の時”だけが時を刻み流れて続けていた。



「ねぇ、素敵なステップのミスター。一曲いかがかしら。」







 彼女の言葉を皮切りに止まっていた時が流れ出した。


 広場は途端に彼女の色だ。人々は皆エリーの話題に変える。広場中の視線を絡めとって離さないエリー。


「喜んで…。」


 虚ろにエリーの差し出した手を掴み、踊り出す。

 男は酷く上手にリードして見せた。



“学園で習った社交ダンスとは全然違うけど、楽しいわ”


 リードは荒々しいほど力強く、随分と激しく密着したり離れたり自分も自然と音楽をよく聞いていると体が動く。



 私が来ているのは庶民のウエディングドレスと同じ型に、ロブが裾にボリュームを加えアレンジしたものだ。まず間違いなく次の流行はこれだ!というものを作り出すロブのプロ意識たるものには鬼気迫るものがあった。上半身はピタリと体の線に沿うとてもスレンダーな形。重厚感と高貴さの強い圧力を感じさせる黒と真っ赤も真っ赤美しく品のある色合いのまさに真紅。


 いかにも毒を感じさせるその色合い。

 情熱と影の重なり合い。それでも上品としか言いようがない。


 パニエもコルセットもないなんて普通考えられないが、それに輪をかけて珍しい色使い。

 特にこんなに濃い色合いの赤、まさに真紅なんて。

 ドレス自体は貞淑な淑女のように首まで繊細なレースで覆われている。しかし背中は思いっきり開いていて、ガードが緩いと言うか攻めすぎだ。


 こんなに肌を出していて下品にならないのは、やはり職人による神業とでも呼ぶべきか。恐るべきセンス。完璧に仕事を仕上げてくれた。


 スリットのおかげで過激な振り付けも踊りやすい。社交の場であれば、はしたないと言われるそうなほど足を上げることも出来る。


 指1本、足の先から視線まで気高い品位を感じさせるよう気品を乗せて激しく動く。


 やっぱりこの男の人上手いわね。リードは荒っぽいけど身軽に動けてる。

 ターンをする度にふわりと広がり纒わり付く赤と黒の美しさ。


 惑わせ、狂わせるような、神経に作用する毒のような、そんな彼女の人畜無害とは程遠い美しさには、視界から、彼女の纏う妖艶な色気を孕む芳香に脳味噌から体の内側全てをドロドロに溶かすような猛毒に侵され狂暴な美貌に既に陥落してしまっているのだ。

 気づいてももう遅い、喉の内側から焼け付くような轟々と燃え盛るそれに侵されて苦しんで苦しんで、その苦しみを一生抱え恋い焦がれる。


 真っ赤なルージュの肉厚の唇も艶やかで妖しい魅力を持っていて...。別に何も変なところは見ていない。目に飛び込んでくるだけだ。しかしやけに後ろめたい気持ちになる。彼女から目を逸らして襲いかかる毒から逃げようとしても、彼女の身の内から漂う芳香が鼻腔をくすぐり、思考を侵食される。既に毒は回りきっていた。


「素敵なひとときをありがとう。それでは。」



「あっ。」


 曲が終わり手が離れたあとも名残惜しげに男はそれでもエリーに目が吸い寄せられたまま。

 彼女はゆっくりと周りの出店を見て回る。



「ミス・エリー・グランデ?」


「あら、ごきげんよう?旧友の皆さん。」



 彼女は学園時代の旧友と再会を果たした。



 そして冒頭の言葉がその人々の口からこぼれ落ちる。

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