異世界Uターン
克全
第1話
「よう、お帰り。
やっぱり戻ってきたな、だがずいぶん時間がかかったじゃないか。
意地を張らずに直ぐに戻ってくりゃよかったのに」
「いやぁ、あれだけ啖呵を切ったのに、おめおめと戻ってくるのが恥ずかしくってさぁ、ちょっと意固地になっていたよ。
でもなぁ、もうあっちじゃ暮らせないよ」
「だから何度も言っただろ。
こっちで得た力も金銀財宝も全てなくして、こっちに来る前のふっつうぅの人間に戻るんだ。
その喪失感ははんぱねぇぇよ。
俺のような並の冒険者にしかなれなかった俺でさえ、一カ月持たずにこっちに戻してくれと神様に泣きついたんだからよ。
勇者英雄とまで言われたあんたが耐えられるわけないのさ」
勝人の言う通りだった。
最初日本に戻れると聞いた時には、何を失っても帰りたいと思った。
こっちには父も母も兄も友達もいない。
そう思ってしまった。
だけど、実際帰ってみたら、正直味気なかった。
いや、さすがに両親や兄貴に会えたのは心底うれしかった。
その気持ちに嘘わないし、こっちに出戻った今でも、三人に対するる想いはある。
だけど、友達に関しては、こっちで懐かしく思っていた気持ちは間違いだった。
単なる幻想でしかなかった。
いや、日本基準ならば、十分友達だよ。
親友といえる奴もいただろう。
こっちでの経験がなければ。
だが、こっちで生死のはざまで戦い、肩を並べて戦った戦友や、背中を預けて戦った親友に比べれば、塵芥も同然だった。
向こうでただの職場仲間や学友のことを、戦友という奴をみて思いっきりぶん殴りたくなった。
戦友という言葉の重みを全然わかっちゃいない!
まぁ、それだけならば、俺も大口叩いた以上、おめおめとこっちに戻って来たりはしなかっただろう。
だけど、命懸けで得たモノ全てを失うには、聞くのと実際に経験するのじゃ大違いだった。
他人の忠告を軽く聞き流してしまっていた。
こっちでは簡単にできたことが、日本では全くできないのだ。
跳び越えた心算の溝に落ちてしまったり、軽く避けられるはずのものにぶつかってしまった。
事前に色々と聞いていたから、車や電車には注意していたので大ケガはしなかったけれど、人や物には結構ぶつかって痛い思いをしてしまった。
そう、その痛い思いが大きいのだ。
こっちの感覚で、これくらいなら大丈夫と受けてしまうことがあるのだ。
こっちの感覚で、まだ時間があるからゆっくり動けばいいと思ってしまうのだ。
視力や聴力、嗅覚や味覚まで強化されていたから、全ての生活が危険だった。
当たり前にできていたことができなくなる。
日本に基準では普通にできているのだけど、俺にとっては障害者になったような喪失感があった。
障害者の人には申し訳ない表現だけれど、正直そう思ってしまった。
よく異世界アニメや異世界小説では、日本の味が懐かしくてしかたがないという表現があるけど、俺にはそんな感覚がない。
味噌汁が恋しいとか、醤油が恋しいとか、寿司が食べたいという感情はない。
それよりも、無性に魔獣の肉を腹一杯食べたくなった。
こっちでは勇者英雄と呼ばれて大富豪だった。
食べたいものを食べ、着たいものを着て、美しい女性にもモテモテだった。
日本に戻ったら庶民も庶民、ド庶民だ。
父さんの給料の範囲で母さんが食費を考える生活だ。
神戸牛や松阪牛のいい所なんか絶対に食べらえない。
まあ、日本でも食べたことなどないから、こっちの魔獣肉と比較するのは難しいけれど、帰る相談を親身に聞いてくれた勝人の話では、こっちの魔獣肉の方が遥かに美味いらしい。
そう考えると自然と唾が湧いだしてきた!
一からやり直しだ!
金を貯めて元の生活を取り戻す!
「ああ、光次様!
よくお戻りくださいました!
光次様の御戻りを一日千秋の想いでお待ちしておりました!」
「レリラ姫?
どうしてこんなところに?!」
「勝人様が光次様が戻られたと知らせてくれたのでございます。
急ぎお迎えに参ったのでございます。
さあ、城に戻りましょう!」
「え、いや、でも。
俺は元の世界に戻るから、離婚して欲しいなんて勝手なことを言ったんだよ。
今更許してもらえるなんて思っていないよ」
「何を情けないことを申されるのですか!
私は光次様の妻です。
夫が遠い異世界に里帰りするのを、五年や十年待てなくてどうするのですか。
それに光次様と私は共に肩を並べて戦った戦友でございますよ。
戦友を見捨てる者は私達の戦闘団には一人もいなかったでしょ?」
「すまん、本当にすまん。
ありがとう!」
異世界Uターン 克全 @dokatu
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