だってあなたの後輩ですから
響華
だってあなたの後輩ですから
静かに息を吐く。白い息が風に流されて消える、薄着だったせいで少し肌寒い。
帰ってきたんだな、と。最初に思ったのはそれだった、田舎というほど田舎ではない、けれども都会だとは口が裂けても言えない、家も店もそれなりにある、そんな生まれ故郷。
高校生にもうすぐなれるってくらいの頃、親の都合で俺は遠くへ引越すことになった。中学校の卒業式は出席できてない、親にどうしてもってすがりついて、めちゃくちゃに怒られたのを覚えている。どうしてもって言うなら後で一人で空港に乗りなさいって言われて、泣く泣く諦めたものだ。
「三年、かぁ……」
ぼんやりと空を眺める。あの時とは違って、空港に立つ俺の隣に両親はいない。いや、あの時も両親が隣にいたかといえば違ったけど。
一人暮らしをする上で生まれ故郷に戻ってくることを選んだのは、特に崇高な理念とかがあったからじゃない。ただ、それなりに見知った人がいる方が、いざって時に役立つかもしれないなんて、そんな理由だ。例えば――、
「……おかえりなさい、先輩」
彼女とか。
先輩と呼ばれて、少しむず痒い気持ちになった。何しろ声で言われるのは三年ぶりである。
一つ下の彼女とは、小学生からの付き合いだ。読書が好きで、放課後もギリギリまで図書室に篭っていた俺に話しかけてきたのが彼女。中学校では朝読書なんて習慣があったから、お互い登校時に校門の前に集まって本を交換し、放課後は図書室で感想会をするのが日常になっていた。
「ほか、誰も来てないんですか?」
「うん、まあ、そんなに深い関わりだった訳でもないし、この時期は忙しいでしょ」
久々の会話を交わしながら、俺は彼女と一緒に空港を出る。
「先輩、なにか私のことで気になることでもありますか?」
その途中で、彼女がこちらを覗きこみながら言った。
「ああ、いや……髪、伸びたなって」
めちゃくちゃ頭良さそう。
なんて馬鹿っぽいことを付け足しながら、俺は彼女から目を逸らす。
目立たない感じの髪型から、結構なロングになってる。髪型についてなんて疎くてわかんないけど、なんというか絵に書いたような優等生って感じだ。
「頭はまあ、それなりに」
反応するところそこなんだ。
みないうちに大人になったと思ったけれど、こういう所は以前のままで安心した。
「……先輩は、この髪どう思います?」
「えっ……似合うと思うよ、美人さん。モテるでしょ」
「まあ、はい」
確か、帰る報告をした後に少し話した限りでは、彼女は今も読書をしているらしい、本好きは簡単に変わるものじゃない、俺だってそうだ。
本が好きで、綺麗で長い黒髪の美少女、確か頭もよかったはず。そりゃあモテない理由がない。
彼氏とかいるんだろうか、そう聞こうとして、俺は彼女がじっとこちらを見つめていることに気がついた。
「先輩、どこの大学入るんですか?」
なにか言おうか迷っていると、彼女が不意にそんなことを聞いてきた。ぱっと答えると、彼女が軽いガッツポーズをする。
驚く俺を彼女が覗き込む、いたずらっぽい笑みだ。
「先輩、私、頭がいいんです」
突然の宣言に、おうと相槌を返す。
「しかも、目標もありました。県外……道外? の大学ですから、そりゃあもう頑張って勉強しました」
「んっ……じゃあ、一緒に居られるのは今年だけだったり?」
それは、凄くショックだ。生まれ故郷に戻って来た理由に、彼女が入ってないという嘘はつけない。
「いえ、その必要はもうなくなりました」
そんな俺に、彼女は微笑みながら、
「だって、私はあなたの後輩でいたいですから。来年から、またよろしくお願いしますね、先輩」
そんなことを言うのだった。
だってあなたの後輩ですから 響華 @kyoka_norun
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