47 結局、桜子さんは弄ばれる運命

 修学旅行最終日。


 3日目の朝は京都に並ぶ古都、奈良での目覚めだ。


「よーし、桜子。今日も気合を入れて楽しむぞ」


 俺が言うと、


「どうせ、また私に嫌らしいことをするんでしょ?」


「しないよ。今日は前から行ってみたい場所があったんだ」


「どこよ? 大仏でも見たいの?」


「それも良いが……もっと楽しい場所だ。お前もきっと気に入る」


「ふん、どうだか」


「じゃあ、行こうぜ」


 俺は桜子の手を握って歩き出した。




      ◇




「わぁ~……」


 朝は軽く荒んでいた桜子さんの目が、今はとてもキラキラ輝いている。


「か、かわゆい~!」


 目の前には鹿たちがいた。


 そう、奈良と言えば鹿も有名だ。


 そのくりっとした愛らしい瞳に見つめられて、


「きゃううぅ~ん!」


 桜子さんは激しく悶えていた。


「どうだ、癒されるだろ?」


「うん、ダーリン。こんな素敵な場所に連れて来てくれてありがとう♡」


「どういしまして」


 過去最高にハシャぐ桜子さんを見て、俺もニッコリだ。


「な、撫でても良いのかな?」


「ああ、大丈夫だよ。この辺りの鹿は人間慣れしているだろうから」


「う、うん」


 桜子はそばにいた鹿をじっと見つめて、そーっと手を伸ばす。


 そして、頭を撫でた。


「きゃわゆい~!」


「良かったな」


「ああ、幸せ。こんな風に癒されたのは初めてかもしれないわ」


「いつも俺だって癒してやってるだろ?」


「いや、あなたと居ると心が荒む一方よ」


「ひどいな」


 俺は苦笑する。


「桜子、写真を撮ってやるよ」


「本当に?」


 パシャリ。


「やった」


「あ、そうだ。せっかくだから、アレをやりなよ」


「え?」


 俺が指差す先には、『鹿せんべい』と看板を下げた屋台があった。


「わぁ、あげたい、鹿せんべいあげた~い!」


 桜子はスキップしながらその屋台に直行する。


 そして、ホクホク顔で鹿せんべいを持って来た。


「はい、鹿さ~ん。好物のせんべいですよ~」


 桜子はいつになく優しい声でそう呼びかける。


 鹿はトテトテと歩み寄って来て、桜子が差し出すせんべいをパクっと食べた。


「うきゅぅ~ん!」


 鹿よりも桜子が喜んだ。


 目の前で悶える桜子をよそに、鹿はモシャモシャとせんべいを咀嚼している。


「よし、俺もせんべいを買おうかな」


「そうしなさいよ、光一」


 すっかり浮かれ気分の桜子は嬉々として言う。


 俺は屋台で鹿せんべいを買った。


「あなたはどの子が好みなの? 私の見立てだと、あの子なんて良いんじゃないかしら?」


 勝手に鹿ソムリエ気取りの浮かれた桜子さんを前にして、


「いや、せっかくだから、より多くの奴らに味わってもらいたいよ」


 俺は桜子の背後に立つと、せんべいを彼女の頭上に掲げる。


 そして、手でグシャリと潰して粉々にした。


 パラパラと桜子に降りかかる。


「ちょっ、あなた何をしているの!?」


 俺の奇行を見て桜子は怒りと困惑の感情を同時に抱いているようだ。


「なぁに、直に分かるさ」


 俺はニヤリと笑う。


「何を言って……えっ?」


 すると、鹿たちがこちらに歩み寄って来た。


 1頭ならず、2頭、3頭と……群れを成してやって来る。


「桜子、お前はこの鹿たちが本当に可愛いんだよな?」


「え、ええ。そうよ」


「じゃあ、もっと触れ合いたいよな」


 笑顔で肩ポンする俺に桜子はギギギと振り向く。


「あなた、まさか……ひゃんっ!」


 俺を睨みかける桜子だが、急に可愛い声を出した。


「ちょ、ちょっと……」


 鹿の一頭が桜子の服をぺろりと舐める。


 そのお目当てはもちろん、鹿せんべいのかけらだ。


「や、やめて……ひゃん!」


 他の鹿たちも次々と桜子に群がり、せんべいのかけらを求めてペロペロする。


「どうだ、桜子? こんなにたくさんの鹿たちと戯れる気分は」


「あ、あなた、ぶっ殺す……んやぁ!」


 桜子が嬌声を上げる。


「おい、あまり変な声を出すなよ。ここは健全な鹿公園だぞ?」


「だ、誰のせいだと思って……ひゃんっ!」


 尚も鹿たちにペロペロとされて桜子は身悶えする。


「んっ、やっ、あっ……ダ、ダメ、そこは……あんっ!」


 声を出しまくる桜子を見て、


「よし、追加しよう」


「えっ?」


 俺はまた桜子の上で鹿せんべいを砕き、ふりかける。


「ちょ、ちょっと、いい加減にしなさい!」


「とか言って、本当は嬉しいんだろ?」


「そ、そんなことある訳……んひゃあん!」


「うんうん、鹿たちもご満悦だよ。良かったな、桜子さん」


「こ、この鬼畜彼氏め……」


 俺は少し離れたベンチに腰を下ろし、鹿たちに囲まれてひたすらペロペロされる桜子を見物する。


「あ、そうだ。写真を撮っておこう」


「ちょっ、やめなさい!」


 パシャ、パシャ、パシャ。


「撮り過ぎよ!」


「まあまあ、落ち着けって。あまり興奮すると、鹿たちもビックリするだろうが」


「ふざけんじゃないわよ……あんっ、やんっ……ああああああぁん!」


 高らかに声を上げる桜子を見ながら、俺はとても満足していた。


「奈良って地味なイメージだけど、最高のデートスポットだな。またプライベートで来よう」


「も、もう絶対に来ないんだからああああああああぁ!」


 今日の桜子さんはいつになく元気だった。








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