3 面倒くさい女

 いつもなら、朝起きて適当に顔を洗っておしまいだ。


 けど、今日の俺はちょっとドライヤーで頭を整えてみたりする。


 それからきちんと朝食を食べて、歯を磨いて、制服に腕を通す。


 鏡を見ながらきちんとネクタイを締めた。


「……よし」


 そして、俺は学校に向かった。




      ◇




 今日の俺は少しだけ自信に満ちていた。


 東条と仲良くなってから、その毒舌というかアドバイスを素直に聞き入れた。


 その結果、前よりもしっかりとした男になったのだ。


 これで、東条も口うるさく言うことは……


「……うっ?」


 隣を見ると、何か東条がジーッと俺の方を見ているんだけど。


 いつものように毒舌は出さないけど、何かとても不服そうに俺を睨んでいるんですけど?


 すると、東条は何やらメモ用紙にサラサラとペンを走らせ、サッと俺に寄越す。


『何でちゃんとしちゃうの?』


 改めて顔を見ると、東条はぷくっと頬を膨らませていた。


 え~、可愛いけど。


 ちょっと理不尽すぎやしませんか?


「ねえねえ、桜子ちゃん。この問題が分からないんだけど」


 クラスの女子が東条に話しかける。


「うん、どれかしら?」


「これなんだけど……」


「ああ、これはね。この公式を使えば良いのよ」


「わぁ、本当だ。さすが桜子ちゃん」


「どういたしまして」


 相変わらず、クラスメイトには完璧な笑顔を見せていた。




      ◇




 昼休み。


 今日は少し気を重たくして奴を待っていた。


 ザッと音が鳴る。


「……よ、よう、東条」


 俺はあいさつするも、東条はツンとした顔をしている。


 そのくせ、しっかりと俺の隣にくっつくように座った。


「何で今日はいつもよりちゃんとしているの?」


「いや、お前に言われてから、意識をしているんだよ」


「そうしたら、私の存在意義がなくなるでしょ?」


 東条はまた頬を膨らませる。


「いや、そんなことはないよ。今もこうして、東条の美味しい手作り弁当が食べられると思うと、ウキウキしているし」


「本当に?」


「ほ、本当だよ」


 東条はそのきれいな黒い瞳でじっと俺のことを見つめて来る。


 きれいな女は見ていて癒されるけど、この場合はちょっと怖いな。


「……なら許しましょう」


 東条は少しだけ微笑んだ。


「何かお前ちょっとヤンデレっぽくて怖いな」


「それは思っても口にしない方が良いわよ?」


 笑顔で箸の先端を向けられてゾクリとした。


「私ってそんなに面倒な女かしら?」


 はい、ぶっちゃけ、かなり。


 けど、口にはしません。


 きっと、殺されるから。


「うふふふふ」


 その笑顔、怖いっす。


「なーんてね……さあ、お弁当を食べましょう?」


「あ、ああ」


 今日もまた、校庭にはきれいな桜が咲いている。


「なあ、東条」


「何かしら?」


「俺とお前の関係って何だろうな?」


「将来を約束した仲よ」


「お前が一方的にな」


「え?」


「いや……ほら、今この時における関係だよ」


「それは……何でしょうね?」


「何でしょうねって……ほら、彼氏彼女の関係とか……」


「あ、ああ。あなたのお嫁さんになることばかり考えて、彼女になることなんて頭になかったわ」


「さいですか」


「けど、そうよね。何事も段階を踏むのが大事だし」


 箸を置いた東条は、こほんと咳払いをする。


「春日くん、私を彼女にしなさい」


「上から目線だなぁ」


「何よ、文句あるの?」


 東条はまた頬を膨らませる。


「いや、ないよ。俺には出来過ぎた女だから」


「なっ……もう、バカバカバカ!」


 興奮した東条は箸で俺のふとももをグサグサと刺して来る。


「ちょっ、いた! やめてくれ!」


「あっ、ごめんなさい。好きな人に褒められたから、嬉しくてついやっちゃった」


「そ、そうっすか……」


 こいつ、ナチュラルボーンヤンデレとかじゃないよな?







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る