第16話 朝っぱらから、俺ってば……

 瞼の向こうの明るさに、ゆらりゆらりと眠りの底から意識が浮上していく。眠りから波に揺られるように遠ざかりながら、ぼんやりと鳥の声を聞いていた。



 もう、朝か……。


 ほんの直前まで、なんかの夢見てたような気がする。

 俺はまさぐるように夢の余韻を追いかけてみたけど、結局そのまま見失った。


 なんだか眠り足りない気がして、俺はうとうとと夢と覚醒のど真ん中を行ったり来たりしていた。瞼が重くて、開けるのも億劫だし……。


 今日は休みだった。このままもう少し、眠っちまおうかな。


 そしたら、ラオンの夢とか……見れるかな……。



 ラ、オ、ン……!



 俺の意識は、ビンタ食らったみたいに急激に覚醒した。

 あんだけ重かった瞼を、一気にかっ開く。

 俺は跳ね上がるみたいに、ガバッと上体を起こした。硬い床で一晩寝たせいか、背中が痛い。



「おはよう、ソモル」



 俺の右斜め上から、可愛らしい声がした。その声の刺激に、寝惚けた頭が一気に目覚めた。

 窓から射し込む薄い朝の光を受けて、ラオンはにっこりと微笑む。


 まるで、俺の妄想か夢の中のような場面。


 けどこれって、夢じゃねえもんな……。


 ベッドの上に居るのは、確かに現実のラオン。

 俺が貸したTシャツとスエットを着て、ちょっと寝癖のついたままの髪の、正真正銘寝起きのラオン。


 なんだ、これ……。幸せ過ぎる……。


 起きたばっかなのに、俺の全身を幸せモード全開の血流が駆け巡っていく。



 やべえ……、顔、にやけちまう……。



「……ラオン、先起きたんなら、俺の事も起こしてくれてよかったのに」


 照れ隠しに、ボサボサになった髪を手で直しながら呟く。

 ラオン、いつから起きてたんだろ。俺がアホ面して寝てんの、ずっと見られてたのかな。

 昨夜ラオンの寝顔はさんざん見ておきながら、自分の見られんのはやっぱ気恥ずかしい。

 俺、すげえ勝手だよな。



「ソモル、仕事で疲れてるでしょ。だから、起きるまで待ってた」 



 ……ラオン、そんな可愛い顔でモロ刺さる台詞、云うなよ。……思わず……抱き締めちまいたくなるじゃん……。


 体の中心が、たまんねえくらい疼いてくる。

 あんまり、刺激すんなよ。昨夜なんて俺、ほぼ誘惑に負けてたんだぜ。


 お前が寝返りしなかったら、絶対ブレーキ踏めなかったし……。


「ん~……」


 ベッドの上で、ラオンが腕をクーッと上げて伸びをしていた。

 服の下の柔らかくて綺麗な体のラインに、思わず視線が吸い寄せられる。ラオンに気付かれる前に、俺はあわくって眼を逸らした。


 ラオンは朝の習慣なのか、ベッドの上であちこち体を伸ばしていた。体制を変える度に見え隠れする服の下の体のラインに、俺は当然のように眼を奪われていた。


 思春期の女の子だけが持つ、危うさ。繊細な体の線。

 ラオンにバレないように、髪を整えるふりをしてこっそり盗み見る。


 罪悪感をちょっこんと心の片隅に座らせながらも、やっぱりラオンをそういう眼で見てしまう。


 俺、自分がこんなスケベな奴だって、初めて知った。

 結構、硬派な方だと思ってたんだけどな。

 運び屋の兄ちゃんとかが、俺の事からかってその手の話してくる時も、興味ねえってあしらってたのに。結局俺も、あの兄ちゃんたちと同類だ。

 ラオンを前にすると、完全に『男』丸出しじゃん、俺。


 ……全く、狼男か、俺は。



「お腹、空いちゃった」


 ラオンの声に、俺はまとわりついていた煩悩をさっさと振り払う。


「パンとミルクならあるけど、いいか?」


「うん」



 朝飯用の、いつものストック。ギリギリ二人分くらい、確かまだある筈。


 こんな単純なやりとりをしながら、俺はふと思っちまった。

 こういうのって、なんか、恋人同士みたいだな……とか。

 付き合いたての、カップルの朝……。


 一瞬でもそんな事考えちまったせいで、いけない妄想が俺の思考を乗っとり、渦巻いていく。


 ……朝っぱらから、何考えてんだ、俺はっ……!


 真っ赤になった顔をラオンに見られまいと、俺は俯いた。



「……俺、顔洗ってくるからさ、その間に着替え済ませとけよ」


 これは、ほとんどこの場を逃げ出す口実。なんかごまかそうとすると、ぶっきらぼうになっちまう、俺の悪い癖。

 俺はラオンに背中を向けたまま、扉を開けてそそくさと外の水道へ向かった。



            ♡



 のぼせあがった頭を冷やして小屋に戻ると、ラオンは俺に云われた通り、Tシャツとスエットから元の自分の服に着替えて待っていた。昨夜、脱いだ自分の服をきちんと畳んでいたように、俺の貸した服も丁寧に畳んで置いてあった。


 俺の服、さっきまでラオンが着てたんだよな……。


 また良からぬ思考に走らないように、頑張って自分を制御する。


 俺とラオンは、朝飯のパンとミルクを頬張りながら、今日は何処へ行って何しようか、みたいな話をした。そんなやりとりも、俺にとっては嘘みたいに幸せな時間。一日中、こんな話してるだけでも、そんだけで満足かもしんない。


 俺は、ラオンと一緒なら何処でも構わない。むしろ、一日中家でまったりでも全然いいっ!


 ……とかなんとか胸の内側で思いながらも、やっぱせっかくならラオンの行きたいところに連れてってやりたい。


 楽しくて賑やかな処がいい。ラオンの返答。……アバウトすぎだろ。

 楽しくて賑やか。娯楽施設とか、観光スポットだよな、それ。

 

 俺の暮らすサンタルファンの街に、そんな気の利いたもんはない。商店街とか、そんなんばっかだし。ラオンが喜びそうな店もない。

 それに第一、この街には知り合いが多すぎる。配達先の常連さんとかになら、ラオンと二人で歩いてるの見られても、軽く冷やかさるだけだろうけど。むしろ、それはそれでちょっと嬉しい。

 けど、ターサを筆頭にした仲間の連中に見られちまった日には、そんな悠長な事云ってらんねえ。すげえ、厄介過ぎ。


 という事で、ここは無難に首都のファインに行き先決定!

 あそこなら雑誌に載るような洒落た店ばっかだし、女の子の好きそうなスポットもあっちこっちある。ターサに付き合わされて俺も二度ばかし行った事あるから、街の様子も何となく見当がつく。


 そんなプランを頭の中で組み立てながら、俺はふと、気づいてしまった。


 これって、もしかして……デートじゃねえ?




            to be continue


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